第11話 恐るべき四足獣

 グモーター達の興奮した息遣いが聞こえる。

 私を囲んだこの魔物たちは今にもとびかかってこようとしている。


 先ほどの投げた技を警戒しているのか、執拗に私を睨むが襲い掛かってこない。

 私の集中が解けるのを待っているのかもしれない。もしそうならかなり頭が良いのだろう。


 今まで魔物を襲っても人間は襲わなかったのも、露見を恐れたの?

 私が見つけてしまったからこうして出てきたという訳、か。


 ゆっくりと後ろに下がる。しかしグモーターは私の逃げ道をふさぐように移動する。


 逃げられない。私を陰ながら見ている公爵家の騎士に助けを求めるのは簡単だ。でも、それなら何のために私は外に出たのか。


 グモーターの歯は鋭い。嚙まれたら肉に食い込んでしまい、力を逃がせない。

 私が出来ることは相手の力を応用することだ。それが出来ないなら、私は只の非力な女に過ぎない。


 考えなければ。

 こんなところで終わる訳にはいかない。


 私の恐怖を嗅ぎつけたのか、グモーター達の貌が嗤うように歪む。

 背後に回っていた一匹が私の右足を狙って噛みついてきた。


 右足を上げて回避する。グモーターの歯と歯がぶつかる鋭い音が響いた。

 そのまま私は右足を下ろし、グモーターを踏みつけた。


 私の体重も乗せて踏み込むが、強靭な筋肉に阻まれて有効打にはならない。

 やはりどうにかしてグモーターの力を使わなければ……。


 ジャケットを脱いで右腕に巻き付ける。

 もう嚙ませるしかない。覚悟を決める。


 ジャケットで補強した右腕を前に出す。来るなら来なさい。


 前に居る一匹と右側にいる一匹が同時に嚙みついて来た。

 前から来た一匹は左手で上から押さえつける。力の方向を変える程度なら簡単だ。

 右側から来たグモーターに右腕を嚙ませた。


 咬合力が強い。牙こそ肉に届かなかったが、痛いほどの力で挟まれる。

 私はその力を使ってグモーターの首をねじる。


 骨が砕ける音の後、私に噛みついたグモーターは動かなくなった。

 首の辺りがねじれて骨が砕けている。

 上手くいくか不安だったが、なんとかなった。


 大丈夫。通用する。


 非力に見えた私が反撃してきて仲間がやられたことに、グモーター達は怯んだ。

 私は変わらず右腕を突き出す。


 何が起きたのかは理解してないだろうけど、もう右腕を噛んでは来ないだろう。


 グモーターと私は長い時間見つめ合う。


 先に引いたのは魔物達だった。仲間の死体に目を向けた後、走り去っていく。

 多分、もう此処には来ないだろう。


 私はグモーター達が見えなくなった後、立っていられずに尻餅をついた。

 精神を激しく消耗している。

 ハーグ先生が実戦を経験しろといった理由が良く分かった。


 四足獣の噛みつきなんて私は想定していなかったし、複数相手なんてもっと考えていなかった。

 本当に危なかったと思う。


 しばらく座ったまま風を受ける。

 汗が乾いていき、体の火照りが冷やされていく。


 右腕に巻き付けていたジャケットをほどく。

 見事に歯形の穴が開いていた。お気に入りだったのだけど……。

 私を助けてくれたことに感謝し、荷物の中に押し込んだ。


 さて、後は動かなくなったグモーターだが、持ち帰った方が良いでしょうね。

 ギルドに持っていけば換金してくれるだろうし、この辺の魔物の事も一緒に伝えよう。


 私はグモーターを背中に括り付け、街へと向かう。

 少しばかり足を延ばしすぎた。ゆっくりしていると日が落ちて街に入れなくなってしまう。野宿用の道具は持ってないし危険だ。


 背中のグモーターは重い。多分私には薬草を摘んでいる方が性に合っている気がするのだけど。


 未だに私は武の極みという言葉と自分を結び付けられない。

 ハーグ先生は褒めてくれたし、ボーテスだって認めてくれたのだけども。


 それでも、私はやり遂げたい。

 聖女として、公爵家の娘として。皆の為。私の為にも。


 気合を入れたのだがやっぱり重い。街につく頃には私はへとへとになってしまった。

 技術を磨けば疲れない、なんて言われた気もするのだけど本当かしら。


 そのままギルドに持っていく。

 グモーターは皮が加工される。肉は食べられない。私も食べたくない。

 体の中に魔石を生成するらしく、それも利用価値がある資源になるらしい。


 どこで見つけたかを聞かれたので状況を伝える。


 グモーターは魔法を使ったりしないが、長く生きているとこの魔石が額に浮き出てきて別の魔物に進化する。そうなると騎士団で対処しなければいけない危険な魔物なのだそうだ。


 だからこの魔物を倒すだけでも報奨金が出ると聞いて、私は少しうれしかった。

 お金もそうだけど、少しは役に立てたという事だから。


 報奨金のついでに冒険者に登録を薦められたので、ただのティアナとして登録することにした。ギルドが持っている詳しい情報も教えてくれるなら致し方ない。

 あまり目立たなければ大丈夫だと思う。


 私はそれを終えると、カーラ達が薬草を売った商人の所へ行き薬草を買い取ってもらう。

 最近は薬草の需要が増えており、いくらでも買い取るとのことだった。

 ついでにダメになったジャケットの代わりと、着替え用に古着を買う。

 古着なんて買うのも着るのも初めてだ。本当に初めてを沢山体験している。


 私の背中にはグモーターの体液が付いていたし、宿に戻ったら着替えて奇麗にしなきゃね。

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