第4話

――加護。それは神々によって与えられる恩恵スキルの源であり、その種類は多種多様である。


そんな神々によって与えられた加護は、時に人の一生を左右する程重大なものである。それ故に、一般的に邪神とされる神々からの加護はそれだけで差別や迫害の対象となっている。


さて、何故こんな語りをしたかと言うと、終焉意志、と言うか、リリィが今『加護の式典』なるものに出席しているからだ。


ちなみに、『加護の式典』とは、満十四歳になった少年少女が最寄りの教会で恩恵スキル。もとい加護を見る催しだ。何故満十四歳かと言うと、加護の発現が満十歳を迎えてからだからだ。


そして、私は今若干の窮地に陥っていた。何としても今。即座にリリィの精神世界から残留思念を消し去り、離れなければならない。

――それは何故か? それは私が居ることでリリィの加護が、私からの加護になる可能性があるからだ。私は神では無いが、神を超える力を持つ。あらゆる災禍の芽は確実に断っておくべきだ。


それにリリィの加護が『終焉意志の加護』とかになったりしたら目も当てられない。


空間魔法スペースマジック ≪空間跳躍≫スペースリープ


私はそそくさと魔法を発動する。その瞬間、黒色の幾何学模様が描かれた魔法陣が出現し転移する。


おぉ…日光ってこんな感じだったのか…――今までは私がまだ未熟で禍根の制御すら覚束なかったから私が世界に入った途端暗雲が立ち込め、世界に亀裂が入り、凡そ10年たったら崩壊するって感じだったが、この世界の一回目の途中で禍根を制御する技術を覚えたのだ。習得練習時間は約2628000時間。最初は無理だと思っていたが、割と努力すれば出来たな。まだ不完全で少し禍根が漏れてしまうが。


それにしても、戻る前と体の感覚が少し違うな…魔法の精度も何故か上がっているようだし…


――…っとと、日光浴を楽しんでいる場合では無かったな。直ぐに漏れていた残留思念を消し去らねば。


概念魔法ノーションマジック思念抹消ソォートゥディリート≫」


これで大丈夫だろう…私の禍根がリリィに染み込んでいなければ…だが。

まぁ時間的に大丈夫だろう。


ちなみに、私は『加護の式典』が行われている教会の屋根に転移し。その窓から覗いている。


……ん?何だって?傍から見たら完全に不審人物?……チョットナニイッテルカワカラナイ。そ、それに…そう!私は人では無いからセーフだと思う。うん。ダイジョブダイジョブ。


「――次。リリィ・アタランテ!前へ」


白の礼服に身を包んだ初老の神官が言った。リリィの番が回ってきたようだ。害となる加護以外であれば私は基本的にどんなスキルでも良いと思っているが…最悪、害となる加護の場合は私が消すべきだと思っている。


「――加護開示」


初老神官がそう言うと、リリィの名前と加護が表示された。 ここからだと見づらいが、私の視力なら問題ないな。


======================================


名前:リリィ・アタランテ


加護:魔神の加護


======================================


魔神…だと?何だ?その聞くからに悪っぽい神の名前は。

とりあえず、私にこの世界の神に関する知識は少ない…周囲の反応によっては今すぐ加護を消し去る他ないな…


「な…なんだと!?魔神様の…こっ、これはこのイシス魔導王国建国以来の魔神様の加護保持者だぞ!ハハハ、素晴らしい!まさか私が魔神様の加護を持つ者が居る式典で神官を務められるとは!」


リリィの近くで加護を見れた初老神官が驚愕したような、しかし特大の嬉しさが混じった声で叫ぶ。


リリィは初老神官の絶叫に似た声量の大声に呆気に取られている。そりゃ間近であんな大声で話されたら誰だって吃驚する。私とて吃驚する。間違いない。


それにしても…魔神は少なくともこの国では善神と言う事で通っていそうだ。それにどうやら信仰対象らしい。


「おぉ…魔神様ってのは良くわからないですけど、とりあえず良い感じの加護って事はわかりました!見させてもらってありがとうございます!」


そう言って自分の座っていた席に戻るリリィ。


良い加護であるのは喜ばしい事だが、あまり危険が無いと良いが…


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


『加護の式典』が終わり。教会の屋根からも降りて、これからどうしようかと思案を巡らせていると、リリィが遠慮がちに声を掛けてきた。


「あのぉ…貴方って窓から私の事見てました?」


「………」


失敗した。せめて姿を魔法で消すか近くにある森に入れば良かった。どっちもすれば完璧であるが。


どう答えるのが良いのか…リリィから見れば私は完全に不審者だ。現に今も滅茶苦茶訝しげに見られている。何とか答えを捻り出さねば!


「いやぁ、何…そう!魔神の加護を持つ人が現れたってあの神官が叫んでたから!そう、気になって屋根に上って誰なのか人目見たかったんだ。気分を害したのならすまない。謝罪しよう。」


大慌てで口早にそう言い訳を口にする。見てた事の弁明はもう諦めるしかない。

少しでもダメージを抑える答えを言わなくてはならないのだ。


「…ってあ…やっぱり、アイリス…さん?」


―――ッ!? 何故だ?何故リリィは私の名を知っている?この世界は巻き戻った筈だ。私がこの世界に来る11年前の世界に。平和だったあの頃へと。私がまだリリィと出会っていない時に。


「えぇ…私の名はアイリスだが…ところで何故、何処で私の名を?」


疑問を解消するには当人に聞くのが一番だ――


「えぇっと…前、アイリスさんに直接聞いた…から? でも、何だろな…昔会ったような気もするけど…んぅ?」


――と思っていたが、要領を得ない返答が返ってきた。どうやらリリィも良く分からないらしい。


…となると、自分の頭を使わねばならない。


そもそも、''巻き戻った''と言うこの現象への認識が間違っているのかもしれないな…

例えば、別のよく似た世界――平行世界に転移したという可能性もある。

これが一番可能性のある話だろう。他は全く思いつかない。

平行世界説を前提に考えるなら、どうしてリリィは前の世界を記憶を保持しているのか?それに、仮にこの世界の全員が記憶を保持していたとするのならば、何故あの初老神官はあんなにも驚いたというのか。という疑問が生まれてくる。……判らんな…現段階での情報も何もかもが不足している。


「あの…アイリスさん。大丈夫ですか?何やら難しそうな顔をしていますけど…」


「ん?…あ、えぇ大丈夫ですよ。大事ないです。」



しかし…これからどうするのが最善なのか?前提として私はリリィに降りかかる災厄を全て砕くつもりだが…魔神とか言う大仰な加護を持つリリィは多分平穏には生きられないだろう…これからの事を考えると憂鬱になるな…


◇◇◇◇◇SIDE:リリィ・アタランテ◇◇◇◇◇


今日は神さまからの加護を見てもらう『加護の式典』があるから、教会に居るの。


お母さんと隣の席に座って、自分の名前が呼ばれるのを待つ。


先に加護を知らされた皆は、自分の加護が何の神さまか喋っている。

小声なのは式典中だからか、それとも親に怒られるからなのだろうか。


「――次。リリィ・アタランテ!前へ」


暫くすると、私の名前が呼ばれた。


皆と同じようにして神官さまの前に歩いていく。


「――加護開示」


神官さまが言うと、私の名前と加護を与えてくれる神さまのお名前が見えた。


======================================


名前:リリィ・アタランテ


加護:魔神の加護


======================================


えぇと…なんて読むんだろ…あっ!まじんだ!魔神の加護!


でも、魔神さまって何だっけ…神さまの事は沢山勉強したけど、魔神さまの事は知らない。



「な…なんだと!?魔神様の…こっ、これはこのイシス魔導王国建国以来の魔神様の加護保持者だぞ!ハハハ、素晴らしい!まさか私が魔神様の加護を持つ者が居る式典で神官を務められるとは!」


いつも落ち着いている神官さまが、驚きの声を上げている。


「おぉ…魔神様ってのは良くわからないですけど、とりあえず良い感じの加護って事はわかりました!見させてもらってありがとうございます!」



魔神さまってそんなに凄い神さまだったんだ…と思うと同時に、なんで知らなかったんだろ?とも思った。



神さま達は必ず学校の教科書に出てくる。なのに何でこの国を建国した人に加護を与えた魔神さまが教科書に載ってなかったのか…


暫く驚いていた神官さまだけど、すぐに落ち着きを取り戻して「リリィ・アタランテ。どうぞ、下がりなさい。」と言ったので座っていた席に座りなおす。


「よっリリィちゃん。お前スゲェじゃん。ま、俺は魔神ってのが何なのか良く知らないけどな。へへへ。」


席に座ってたら男の子に喋りかけられた。


誰だっけこの子? 学校にお友達は居るけどこの子は知らない。というより友達は皆離れた場所に座っているから周りの子は知らない人しかいない。


私が喋らずにいると、男の子は「式典中だし静かにしとくか。」と言って黙った。


が、喋りかけられ振り向いた時に見つけた、教会の屋根から覗いている人にしか意識は向かなかった。


あの人は…確かアイリスさん。昔よく遊んでいた。……? あれ? 昔の私は良く一人でいることの方が多かった。学校に行ってから友達は出来たけど。なら何でアイリスさんと一緒に遊んだって思ったの…?


今まで知らなかった記憶が、思い出が、景色が脳裏に駆け巡った。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


ようやく式典が終わった。お母さんは他のお母さんと一緒に喋っている。


今なら少し外に行ってアイリスさんを探して喋りかけても大丈夫かな。


教会の外に行ってアイリスさんが居た窓の方に歩を進める。そしたら簡単にそれらしき人を見つけられた。


私に背を向けて何か考えているようだけど、話しかけるなら今だろう。


「あのぉ…貴方って窓から私の事見てました?」


えぇ…何でこんな事言っちゃうんだろう…こんな事言ったら逃げられちゃうかもしれないのに。というより、もし違ったらどうしよう…


「いやぁ、何…そう!魔神の加護を持つ人が現れたってあの神官が叫んでたから!そう、気になって屋根に上って誰なのか人目見たかったんだ。気分を害したのならすまない。謝罪する。」


久しぶりに見た気がするアイリスさんは整った顔立ちをしていて、可愛いというより綺麗な人と言う印象だ。そして相変わらず真っ黒な外套を纏っている。


そして、黒曜石のような腰まで伸びた黒い髪に、淡い黄色の目が、とても綺麗で好きだったのを覚えている。


「…ってあ…やっぱり、アイリス…さん?」


人違いじゃなくてよかった。もし間違えていたら居ずらくなるから。



「えぇ…私の名はアイリスだが…ところで何故、何処で私の名を?」


どこででアイリスさんの名前を知っているか聞かれた。


「えぇっと…前、アイリスさんに直接聞いた…から? でも、何だろな…私、アイリスさんに会うの初めての筈なのに…あれぇ?」


私にとっても何で知ってるかはナゾなんだぁ…ただ、何したかはちゃんと覚えてるんだけどな…


質問に答えた(返答になってない)。そしたら、アイリスさんは何やら難しそうな顔をしていた。


「あの…アイリスさん。大丈夫ですか?何やら難しそうな顔をしていますけど…」


「ん?…あ、えぇ大丈夫ですよ。大事ないです。」


そうは言ってるけど、大丈夫じゃなさそうだ。そういえばアイリスさんが家に帰ってる所は見たことがない。家は遠いのかな?それなら、私の家に泊まるか提案してみようかな。


「良かったら私の家に泊まります?家が遠かったらですけど。」


「え?」


「あ、それと敬語は良いよ!私も止めるから。」


「あっうん。」



それにしても、久しぶりに喋ったアイリスさんは何だか落ち着いたような、しかし感情豊かになった気がする。



◇◇◇◇◇SIDE:アイリス◇◇◇◇◇


あー…突然家に泊まっていかないかと誘われた訳だが…なるべく一緒に居た方が私的には良いし、了承したいんだが…家族はどうなんだろうか?


「誘いは嬉しいんだが…その、家族とかは何も言わないのか?」


「あぁ…それは大丈夫だと思うよ。私の部屋なら何しても良いって言われてるから!」


…少しばかり不安は残るが、まぁリリィが大丈夫と言うなら大丈夫なのだろう。


「なら、甘えるとしよう。」


「…?急に笑ってどうしたの?何か面白い事でもあった?」


リリィに言われて自覚したが、私は微笑みを湛えていたらしい。


「そうだな…そういえば、私は人の家に誘われるのが初めてだったなと…そう思ってな。柄にも無くソワソワしている…んだと思う。」


私はリリィ以外に友と言えるような人が居なかった…まぁ、終焉意志と話したり仲良くしようとするリリィの方が可笑しいのかも知れないな…そんなリリィとも、一回目では家に行かなかったがな…誘ってはくれたが、前にも言ったように一回目は禍根の制御技術が全然ダメだったからな…だからこそ、初めての事だからソワソワしているんだろうな。


「はぇ…アイリスさんでもそんな事あるんですねぇ…」


「ん…?いや、私にだって人並みの情緒はあるぞ?」


「フフフ…だって、アイリスさんって前は何か諦観してるって感じで感情が薄いような気がしましたからね。」


ん…?前?いや…私と初対面でなさそうな振る舞いから記憶は恐らくあるのだろうとは思っていたが…私と同じレベルで記憶を保っているのか?


「前?リリィは前の記憶があるのか?」


「あぁ…そういえば言ってませんでしたね。なんかアイリスさんとの記憶があったり、既視感があったりするんですよね。」


「へぇ…実は私もあるんだよな。前の記憶が。」


「おっ!同じって事ですか!うふふ。何か嬉しいですね。」


他愛も無い会話をしながらリリィの家に向かう。


思えば、こうやって落ち着いて誰かと話すのも初めてかもしれないな…まさか、終わった筈の世界が戻って、リリィは記憶が在って、オマケに魔神の加護を授かっている。今回の世界は波乱万丈だ。


だが、リリィの安全と幸福は、我が終焉の全能を以って守らねばならない。

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