全てを間違えた令嬢は

おもち。

第1話 ある令嬢の懺悔

 幼い頃に引き合わされた彼に、私は一目惚れをしたの。

初めて会った彼は、本当に絵本の中から出てきたような王子様みたいだった。

彼が自分の婚約者だと、将来結婚する相手なのだと紹介された時に、この人はずっと一緒に自分と居てくれるのだと、愚かにも私は何をしても許される相手だと認識してしまった。

それがどんな結果を生むかも考えずに——



 緊張しているのかぎこちない挨拶の後、恐る恐る手を差し伸べてくれた彼の事を、私は一生涯忘れる事はないだろう。

あの時確かに感じたのは、幸せな気持ちだけだった。でも、本当に嬉しくて舞い上がっているはずの私の口から出てきた言葉は、

「これが私の婚約者?どうしてもと言うのなら仲良くしてあげるわ」

などと傲慢以外何でもないセリフを吐いた私を見て、貴方は一瞬困ったような表情で、でも笑顔で

「初めまして、ルーファスと申します。シャルロッテ様、これからどうぞ宜しくお願いします」

と丁寧な挨拶をしてくれたわ。



 彼が挨拶してくれた事が嬉しかったのに、素直になれずにそっぽを向く私を見て、大人達は照れているのね~なんて笑って見ていたけれど、当事者の彼はどんな思いだったのかしら。




 相手が大人の対応をしてくれたのに、傲慢な私はそれが当たり前として、貴方を見下したような態度を改める事はなかったわ。

顔合わせの後に両親には軽く注意されたけれど、溺愛している私に本気で怒る事はなかったから、余計に己の行動、言動を間違っているなんて思わなかったし振り返りもしなかった。




 私は侯爵家の一人娘、彼は伯爵家の次男で将来婿を必要としていた侯爵家からの打診で、今回の縁組がなされたと後から知ったわ。

幼いながらも傲慢な私は彼は私のもの、私の方が偉いのだと本気でそう思っていた。

爵位的には我が家の方が上なのは確かだけれど、いずれ夫婦になる私たちに、上も下もないのにそんな事も愚かな私は理解していなかった。



 それから何度も婚約者としての交流で、お茶会をしたりお出掛けをしたわ。

でも、一度も貴方からの好意を素直に受け取る事のなかった私は、一体貴方から見てどんな風に映っていたのかしら。



 会う度に嫌味と見下した態度しか取らない私に、いつも貴方は困ったように、でも穏やかな笑顔を向けてくれていたわ。

本当はすごく嬉しかったの。

会う前日は楽しみで上手く寝れなくて、当日もいつもより早起きして支度を済ませたりして……

待ち合わせ時間はまだなのに、ソワソワしたり綺麗だと褒めてもらえるのかドキドキしていたわ。

貴方と共に過ごせる事が私の喜びであり幸せだったのに、どうしてあんなに酷い態度を取り続ける事が出来たのかしら……



 夜会に二人で出た時も、エスコートで重なる手がどれほど嬉しかったか……その当時を思い出すと未だに胸がドキドキするの。

貴方に綺麗だと褒めてもらう為だけに、嫌いな野菜も克服しダンスも一生懸命練習したわ。

ダンスは嫌いだけど、貴方と踊る時間だけは本当に幸せで、いっそ時間が止まればいいのにと何度も願ったわ。



 夜会では将来侯爵になる私を支えるために、一生懸命人脈作りをしていた貴方を、私は自慢に思っていたし心から尊敬していたのに、その思いを貴方に伝えた事は一度だってなかった。

そう、たったの一度もなかったのよ。口を開けば傲慢で貴方を見下すセリフしか出てこない私に、貴方はそれでも手を差し伸べてくれていたのにね……



 あの日、夜会でご令嬢たちと楽しそうに笑う貴方を見て、私は酷く嫉妬してしまった。

正直に言えば良かったのに、結局一度も貴方に対して素直になった事のない私の口から出た言葉は、今思い返しても菊に絶えない酷い言葉だった。

「他の女に愛想を振りまくなんて、何て節操のない男なの?婚約者である私のご機嫌取りすら出来ない貴方が、他人のご機嫌取りなんて出来るわけないでしょう?貴方の顔なんて見たくもないから消えてくださる?」


その日、酷く苛立っていた私はいつも以上を貴方に口撃したの。言ってから言い過ぎたと思ったけれど、直後に貴方の顔色を失くした表情を見て、私は言葉を失ってしまった。



あの時見た貴方を、私は一生忘れる事は出来ない。



「っ……ご不快な思いをさせてしまい、大変申し訳ありません……これにで下がらせていただきます」



 震える声で必死に言葉を紡ぐ貴方に、その言葉を言わせてしまった罪悪感はあったけれど、後できちんと説明すればいい。いつものように何も無かったように笑って許してくれる。なんて、何の確証もないのにそんな事を思って、貴方を追いかけなかった事を今でも後悔してる。



 夜会の会場には私の両親も貴方の両親もいたけれど、その場で何も言われなかったから私はそれで良しとしてしまったの。本当に愚かよね……



 夜会から半月程経った頃、お父様に呼び出され執務室に行くと、険しい表情のお父様とお母様がいて何かあったのかしら?なんて能天気な事を考えていると、

お父様から、彼との婚約は解消になった事を伝えられ、一瞬何を言われているのか理解ができなかった。



 先日の夜会の私の態度に、彼の両親がこれ以上は見ていられないと婚約解消を申し出てきたと言われ、頭が真っ白になった。

今まで似たような事があっても、一度も婚約を解消なんて言われた事などなかったのに、どうして今回はそんな話になったのか全く理解出来なかった。



 だからお父様に聞くと、彼の両親が何度も婚約解消を申し出ていた事を、その時私は初めて知った。

でもお父様は、娘は素直になれないだけだから、結婚したらいい加減素直になると思うからと、婚約解消を良しとしなかったと聞かされた。




 彼の両親は婚約解消を望んでいたけれど、侯爵家が認めていない事と、彼自身が最後まで首を縦に振らなかったそうだ。

初めて会った時から大好きだからと、自分は彼女を愛している、自分の努力が足らないからもっと歩み寄れるように今以上に努力するから、彼女の横に堂々と立てるように頑張ると言っていたそうだ。




 その話しをお父様から聞いて、私は涙がとまらなかった。

彼はずっと努力していたわ。

私は婚約者として、ずっと近くでその努力を見ていたのに……

その姿を見て、いつも誇らしい気持ちになったし、さらに彼の事が好きな気持ちが大きくなっていったのに。



 彼が恥じらいながらも、そっと手を差し伸べてくれた事。毎回私好みの贈り物をしてくれた時も。飛び上がるほど嬉しかった……でも心の中だけで舞い上がっていて、彼に対してかける言葉は正反対のものだけだった。

どうしてそれでずっと一緒にいられると思っていたのだろう……



 彼を失うかもしれない恐怖に、お父様に婚約解消は嫌だと泣きついても、いつもは私に甘いお父様とお母様でも婚約解消は決定事項だと仰った。

そこでようやく、自分のしてしまった罪の大きさを知った。

気づく機会は沢山あったのに……

改めるチャンスは何度もあったのに……



 どうしても嫌だと泣く私に、お父様が搾り出すように話し始めた。

「……彼は先日の一件が引き金となり、心を壊してしまったんだ。療養をする為に遠くに行ったそうだが、場所までは教えてもらっていない。シャルの態度に年長耐えていた彼の心,はもう限界だったんだ……」

「……」

「シャルの態度も、彼を好きなあまり素直になれないだけなのは分かっていたから、伯爵や彼には結婚したら落ち着くだろうからと伝えていたが……私たちもお前可愛さに、彼にばかり我慢させていた。本当に取り返しのつかない事をしてしまったんだよ……」


 お父様の話を聞き、あの日の夜会で見た彼を思い出した。

以前よりも、いくらか痩せてしまって顔色も良くなかった。

体調管理も出来ないなんて、成人男性としてどうなのかしらと言い放った私に、あの日の彼はぎこちない笑みを浮かべていた。



 顔色はともかく、だんだん痩せてきた彼を見て、もうすぐ婿入りするのから不安なのかしら?と全く見当違いな事を考えていた自分に、生まれて初めて嫌悪感を抱いた。

お父様の横で啜り泣くお母様を見ながら、もう戻れない事を悟った。



 せめて伯爵家に謝罪に行きたいと何度言っても、お父様から許可が降りる事は最後までなかった。

伯爵家として、もう関わりたくないと言われたそうだ。

彼も家族に愛されていた。

その大事な彼の心を壊した私を、いや侯爵家を彼らは許しはしないだろう。











 あの婚約解消から、沢山の時間が流れた。

あれから私の新たな婚約者選びが行われたが、私の婚約者に対する態度はほとんどの貴族が知っていたから、例え侯爵家に婿入りと言えど、誰も希望する男性はいなかった。


 “あの令嬢と婚約したら、今度は自分があの元婚約者のようになる”


 夜会に出ても、表立っては誰も言ってこなかったけれど、そのように囁かれているのは嫌でも耳に入ってきた。

お父様も最後まで婚約者をと、必死で相手を探してくれていた。でも最終的に、私から両親に修道院に行く事を告げた。


 後継は遠縁から養子を取ってほしい事。修道院に入る事。籍を抜いてほしい事を伝えると、すまないと両親は何度も私に謝罪していたけれど、私のした事の結果なのだから謝らないでほしいと伝えた事が、家族としての最後の会話だった。


 あれから修道院に入った私に、彼のその後の話は一切入ってこない。

彼が今どうしているのか、少しでも元気になれたのか知りたいけれど、修道院にいる私では知る術はない。



あの日、もっと彼を労わる言葉をかけていたら……

いいえ、あの日だけじゃない。もっと素直に嬉しい気持ち、大好きな気持ちを伝えていたら……

自分のくだらないプライドなんて、何の価値もなかったのに。




どんなに願って、悔やんでも、あの時あの瞬間はもう二度と戻らない。

彼に微笑んでもらう事も、彼に素直な気持ちを伝える事も、もう二度と叶う事はない。




“どうか、彼の傷が癒えますように……”

“どうか、彼が幸せになれますように……”


 どうか……

 どうか……



彼を壊した私に、幸せを願う事資格すらないけれど、それでも願わずにはいられない。




だって私には、この先彼を支える事も、共に歩む事も。もう二度と出来ないのだから……








end.

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全てを間違えた令嬢は おもち。 @motimoti2323

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