第12話 僕達は歩き出す


 シエナと本当の夫婦として心を通わせてから、半年が経った。

今日は久しぶりに、シエナとデートの約束をしている。

お互い別々に家を出て街中で合流するらしく、僕は一緒に住んでいるんだから家を出るのも一緒でいいと思っていたんだけど、それをシエナに伝えたら『女心の分からない男』と言われてしまった。


 少しむっとしてしまったけど、とりあえず言われた通りに一人で家を出て待ち合わせ場所へ向かう。

僕たちの家は、歓楽街などがある区域から少しだけ離れているから、久しぶりにゆっくり景色を見ながら歩いていく。


 そういえばシエナとこうして外で待ち合わせをするのは初めてかもしれない……

たまにはこういうのも悪くないなと自然と表情が緩んでいると、あっという間に待ち合わせ場所に着いてしまった。



シエナはどこだろう?



 辺りをキョロキョロと見渡すが、シエナの姿は見当たらない。

寄り道でもしているのかと思って待ち合わせ場所の本屋の前で待っていると、少し離れたところからシエナの姿が見えた。


声をかけようとした僕は、思わずその光景を見て固まってしまった。

知り合いと話しているのかと思ってシエナの横を見ると、知らない男と一緒にいたからだ。


楽しそうに笑うシエナを見て、目の前が真っ赤に染まるのが自分でも分かった。

慌ててシエナの所へ行き、


「シエナ!!」

腕を掴むと、シエナはビックリしたように目を見開いた。

「あ、アーロン!どうしたの?」

ニコッと微笑む彼女に、僕は無性に苛立った。

「遅いから心配したんだよ……その人は知り合い?」

「なんか道が分からないらしくて、教えてほしいっていうから案内してたの!」

ここは歓楽街だ。目的の方向に目印がきちんと出ているし、たとえ他の地区に行きたいとしてもそちらもきちんと目印が出ている。分からないはずがないんだ。


 本当にシエナはお人好しだと思う。本人はなぜか全力で否定してくるんだけど……

僕なんかを見捨てないで、手元に置いてくれた事が何よりの証拠だと思うのに。


 彼女は本当に相手が道が分からず、自分を頼っていると思っている。

でも僕には分かる、あの男は絶対に違う。

同じ男としての勘がそう言ってるし、実際今だってシエナを舐め回すように見てるのに……何で気付かないんだ。



嫉妬も入り混じってどうにもならない僕は、シエナの腰を強引に引き寄せて男に言う。

「道案内なら僕がしますよ。どこに行きたいんですか?」

ひと目で作り笑顔だと分かる顔でそう伝えると、相手の男の顔が分かりやすいくらい引き攣った。

「あ、いやもう目的地に着いたんで大丈夫です」

「そうですか、それはよかったです。では僕たちは用事があるのでここで失礼します」


 そう言ってあの男から少しでも離れた場所に行きたくて、ぐいぐいとシエナを引っ張って歩いた。

「ちょとアーロン!どうしたの!?」

「……」

「なんか言ってよ!」

「……何であんな嘘だって分かるような男に、ホイホイ着いていくんだ」

「嘘……?だってあの人、本当に困ってるって言ってたんだよ?」

「見て分かるだろう!?」

「っ!!」

思わず大きい声を出してしまった僕は、びっくりして目を瞠るシエナを見て激しく後悔した。


違う、本当は違うのに……

シエナを怒るのは間違ってる。だってこれは僕自身の問題だから。


重なってしまったんだ、自分がフローラにしてしまった行動と先ほどの光景が——


 シエナが楽しそうにあの男と話しながら歩いている姿を見て、学園での自分はもしかしてフローラの目にこんな風に映っていたのではないだろうか、と思ったら居ても立っても居られなかった。


 シエナは本当に相手が困っていると思って親切心で動いているのは分かってる。

きちんと理解して信頼できるくらいシエナと共に過ごしてきたんだ。

でも、重なってしまった……


 フローラは学園での僕の行動をどんな思いで見ていたんだろう。

僕とフローラは、恋人の空気には一度もならなかった。ずっと幼馴染で親友という感じだったから。

たとえお互いに恋愛感情がなくても、やってはいけない最低の行動だった。今なら痛いほど分かる。


 あの頃フローラが話し合いたいと何度も僕の元を訪ねてくれた時に、鬱陶しくて何度も邪険に扱った。

その度に、傷ついたフローラの表情を僕は見ていたのに……


 あの頃は、それすらも鬱陶しくてキツくフローラにあたった。

僕はなんて事をフローラにしてしまったんだろう……


愛してるシエナが僕じゃない別の男と楽しそうに話しているのを見て、それだけでこんなにも心がぐちゃぐちゃになるのに。

婚約者という立場にあったフローラは貴族の世界で、小さな社交場であった学園での心無い噂話と僕の不誠実な行動にどれほど傷ついて苦しかったんだろう。

現に学園でのフローラの言われようは、今思い返してみると本当に酷かった。

不貞が美談になって、正当な婚約者のフローラが悪者になるなんて今思い返すと本当に狂ってる。

だけどあの時は、自分の行動は間違っていないと思っていた。



僕はなんて事をフローラにしてしまったんだ……



 後悔と絶望で目の前が真っ暗になるけど、ここでそのまま絶望に浸ってちゃいけない。

僕はこの事実を生涯背負って生きていかないといけない、逃げちゃダメなんだ。



ふとシエナを見る。まずは目の前の事を解決しないと。

さっきから固まってしまっている僕に、必死で呼びかけているシエナに深呼吸をしてからゆっくり話しかける。


「ごめん、怒鳴ったりして……怖かったんだ、シエナがあの男を選んだら僕は捨てられるのかなって」

「は?捨てるわけないでしょう!こんなにアーロンの事好きなのに」

「僕は自分に自信がない。あの頃、婚約者だったフローラを裏切って悪者にした。その僕が捨てられないという保証はないだろう?」

「!?」

「それに、僕はフローラを悪者にして不誠実な事をしたんだ。さっきシエナとあの男が楽しそうに話しているのを見て、以前の自分と重なったんだよ。シエナが不貞を働いているとは思ってないよ。そこは誤解しないでほしい」

「……アーロン」

「僕はずるいんだ。フローラを傷つけたくせに自分が傷つく事を恐れてる。僕はフローラになんて事をしてしまったんだろう。フローラに謝りたい」

そう言った僕を、シエナは優しく抱きしめてくれた。


どうしてシエナはこんな僕を見捨てないでくれるんだろう


「……アーロン聞いてくれる?私もね、アーロンが近所の主婦さん達と楽しそうに話してるのを見た時、同じように思った事あるの。その時ね、今のアーロンと同じ事考えたんだよ。私がフローラ様にした事……なんであんな酷い事したんだろうって」


だからね、例え私はこの先どんな事が起きても受け入れるつもりでいるんだよ——


そう言って顔を上げたシエナは、苦しそうに泣いていた。


その時、僕はハッとした。

そうだ……確かに僕はフローラを傷つけ悪者にした。

フローラを直接傷つけたのは僕だけど、フローラからしたらシエナも同じだったのではないだろうか。

シエナはその事をきちんと理解していて、ずっと一人で苦しんでいたのか……?


一体、僕は何度間違えれば学習するんだろう。

初めてあの頃の話をシエナとしたけど、そんな風に思っていたなんて……



「……シエナ、半年前約束した事を覚えてる?」

「……?」

「僕たち、気持ちを伝え合おうって約束しただろう?僕も伝えるし、シエナも伝えてって」

「もちろんちゃんと覚えてるよ」

「僕たちがフローラにしてしまった事、ちゃんと話し合おう。このままじゃダメだ。前に進む為にも、過去を過去にしちゃいけない。きちんと向き合っていこう」

シエナの目を見てはっきり伝えると、シエナは泣きながら何度も頷いた。


「今から言う事だけは忘れないで。僕がシエナを捨てるなんて事は絶対にない、約束するよ。何もかも自業自得で失くした僕を見捨てないで、側に置いてくれたシエナを捨てるなんてあり得ない。だから何度だって伝えるよ。シエナ愛してる」


シエナは僕の話を、何度も頷きながら聞いてくれている。

「私達ちゃんと向き合いましょう。してしまった事から目を逸らしちゃダメよね。きちんと向き合って前を向こう」

そう言ってシエナは、僕に手を差し出してくれた。


そう言えば、あの捨てられた日もこうして手を差し出してくれたなと思う。

やっぱり僕はシエナには一生頭が上がらない。

そんな事を考えながら、シエナの手にそっと自分の手を重ねる。




僕たちは2年半という長い時間がかかったけど、ようやく現実と向き合う為に歩き出すんだ。

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