第11話 アーロン・シエナのその後

 僕が平民になって、二年という時が過ぎた。

最初は本当に何も出来なくて、僕が全く使い物にならないからシエナがメインで働いてくれていた。


 そして仕事が終わってからや、休日に平民としての生き方、生活の仕方を教えてくれた。

本当に彼女には感謝してもしきれない。

あの日、小屋で目覚めた時はかなり恨んだけど、こんな僕を見捨てず根気強く支えてくれる彼女にいつしか本当の意味で恋に落ちていた。


 学園にいた時は、物珍しさからだった。

でも今は違う。彼女の優しさや、強さに心底惚れている。

僕はもう彼女なしでは生きていけないだろう。この二年、必死で平民の生活を覚えた。


 一年が過ぎた頃、元々計算が得意だったという事もあり、近所の役所勤めの人の口利きで、経理としてこの町の役所で働かせてもらえることになった。僕にもできる事があったのだとようやく自信が持てた瞬間だった。

僕とシエナは書類上夫婦だけど、夫婦らしい事は何一つない。そもそもこの二年は、お互い生きる事に必死で夫婦という事も忘れていたぐらいだった。


 一緒に生活していても部屋は別だし、シエナは毎日遅くまで働いてくれている。

この二年、本当に彼女には世話になった。だから今日は彼女に自分で働いたお給料で、初めてプレゼントを買ってみた。

以前より随分伸びたシエナの髪を纏めるのにいいだろうと髪留めを買ったのだが、シエナは喜んでくれるだろうか……

そんな事を考えながら帰路に就くと、自宅に明かりが灯っていた。


シエナがこんなに早く帰ってくるなんて珍しい。


 急いで家に入ると、笑顔のシエナがこちらへ駆けてくる。

「あ、アーロンおかえり!今日ね、仕事が珍しく早く終わったからあたしがご飯作ろうと思って!ってどうしたの?そんなだらしない顔して」


相変わらず辛辣だけど、そんな所も愛おしいと思う僕は重症なんだろうか?

「ただいまシエナ。そうだったのか、なら一緒に作ろう?あ、その前に渡したい物があるんだ」

そう言ってプレゼントを差し出した。

「君に似合うと思って選んだんだ。気に入るといいんだけど……」


シエナは相当驚いたのか、普段も大きい瞳をこれでもかと見開いている。

そんな所も可愛い。


「はぇ?え!アーロンが!?」

そんな風に叫びながらも、恐る恐る包みを受け取っている。

「この二年、君にはたくさん世話になっただろう?きちんと前を向けるようになったのもシエナのお陰なんだ。本当にありがとう」

心からの感謝を伝えると、シエナにしては珍しいくらい動揺していた。


包みを開けたシエナが固まってしまっている。

「これ……」

シエナに選んだのは、僕の瞳の色の緑の石が嵌め込まれている髪留めだ。

本当は本物の宝石を使った髪留めをプレゼントしたかったんだけど、高くて手が出せなかった。



そんな事を考えていると、急にシエナが俯いてしまった。

「シエナ気に入らなかった?もし気に入らないなら気に入るデザインの物を買い直そう?」

焦ってそう言う僕の胸に、思いきりシエナが抱きついてきて思わず動揺してしまった。

「シ、シエナ!?」

「この髪留め、アーロンの瞳の色だよね……あたし期待してもいいの?」

泣きそうな顔で僕を見上げてきたシエナを見て、僕はこの二年をふと思い出した。


 シエナに世話になるばかりで二度目の恋に落ちてからも、一度もシエナに対して好きだと言った事がなかった事に。


 この二年でシエナも僕に対して態度が軟化していたし(辛辣さは変わらないけど)、なんなら好意も垣間見えていた。

だから僕は両思いなのだと勝手に思い込んで、きちんと気持ちを伝える事をしていなかった。


 なんて事だ……もしかしてずっと不安にさせていたのではないだろうか。

僕はいつも間違えてしまう。フローラに対してもそうだった。いつも気持ちを伝えず心の中で思ってるだけ。

結局それで平民になったのに、まだ学習していない自分に嫌気が差す。

でもここで自己嫌悪に陥っているだけでは進まない、今度こそきちんと自分で伝えるんだ……


「ごめん。今まできちんと想いを伝えてこなくて。シエナ、僕は君が好きだよ。あの日、僕を見捨てないでくれて本当にありがとう。この二年で君に、もう一度恋をしたんだ。今も夫婦だけど、これからも夫婦として僕と歩んでくれる?」


あまりに不安になって、最後の方はまたボソボソした話し方になってしまったけど、こんなに緊張したのも生まれて初めてだったんだ。

だけどシエナは、

「あ、あたしだってアーロンの事大好きだけど!?確かに最初はお金目当てだったし、小屋に捨てられた時は本当にムカついたし殺意も湧いたけど。この二年一緒に過ごしてアーロンのいい所も悪い所もいっぱい知ったの。だからこそアーロンを愛してる。でも……何も言ってくれなかったでしょ?私も言わなかったけど……だからあたし不安で」

そう言って泣いてしまった彼女を、優しく抱きしめる。

そういえば、シエナを抱き締めたのもこれが初めてだった。

「シエナ、僕たち一から夫婦としてやり直そう。僕もこれからはきちんと気持ちを伝えるよ。不安にさせないように努力する。だからこれからも僕に対して思う事があったら教えてほしい。一緒に歩んでいこう」

「っ!あたしに対して言いたい事もちゃんと言ってよ。あたしこんな性格だからアーロンに酷い事言っちゃう事もあるから」

「あぁ、二人で成長していこう」

「……アーロン愛してる」

「僕も愛してるよシエナ」


こうして重なった初めてのキスは涙の味がした——

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