第10話 本編最終話・シエナ視点③
目の前で崩れ落ちるアーロンを見て、心底鬱陶しくてイライラした。
これだから全て与えられて生きてきたボンボンは困るのよ。
あたしはあんたに騙されたのよ!?
泣きたいのはあたしの方だし、崩れ落ちたいのはあたしなのよ!?
本当にムカつくけど、この男の状況を見るからにもう戻れない事は事実みたいだし、すぐに離婚できるのか分からないから早く調べないといけない。やる事はいっぱいあるのに。
「ちょっと!いつまでベソベソしてんのよ!男なら覚悟を決めなさいよ!本当に鬱陶しいわね」
何も答えないアーロンに、面倒臭くなったあたしはアーロンを放っておいて外に出てみる事にした。
全く知らない土地に置き去りにされたのか、見た事のない景色が広がっていた。
さらにイライラする。
とりあえず急いで働き口を探して働かないと。
あたしはここで野垂れ死ぬ気は更々ない。
ひとまずあの男を放って出て行く訳にもいかないから、小屋に戻ってアーロンに声をかけた。
「あたしはここを出て仕事を探すけど、あんたはどうするわけ?まさかその絶望ボーズで一生いるわけ?」
「……君には分からないだろう……僕は全部失ったんだぞ!?」
あぁこういう奴、本当にイライラするわ。
「だから?自分には一切非はなかったわけ?自分だけ被害者面とか気持ち悪すぎ。もう現実はどう足掻いたって変えられないじゃない!あんたもあたしも貴族じゃなくなった。これは変えられない事実なの。だったらこれから平民として、どうやって生きていくか考えた方がよっぽど有意義。ベソベソする暇があるなら仕事探して働きなさいよ!!」
あまりにイライラして、思わず捲し立てたらアーロンは黙っちゃった。
あー本当にどうするのよこれ……
しばらく様子を見てたけど、動く気配がなかったからとりあえず働き口を探す為に、場所を移動しようと思い立ち上がると、アーロンがボソボソとだけど話し始めた。
「分かってる……本当は分かってるんだ。もう戻れない現実なら受け入れないといけないのは分かるけど、突然すぎて受け入れられないんだ。シエナの言っている事もちゃんと理解してる……だけど心がついていかない」
「……だったら尚更、しっかりしなさいよ。今は前見て現実生きなきゃ。今のまま立ち止まってちゃ反省なんて出来ない。ずっとずっと後悔して生きていくだけなのよ。アーロンも、あたしもきちんと前見て現実を見るのよ。逃げちゃダメなのよ……アーロン、行くの?行かないの?」
何でこんなボンボン置いていけばいいのに、さっきから踏みとどまってるんだろう?
放っておいてもあたしには関係ないのに。
そう思いながらも、気づけばアーロンに手を差し伸べていた。
アーロンはおずおずと手を伸ばしてくる。
「シエナ……君は強いな。僕は男なのに全然ダメだ」
「ボンボンとして生きてきたんだから、平民に落とされて不安にならない方がおかしいでしょ。いいわ、あたしが平民の生き方を教えてあげる」
玉の輿目当てで近づいただけなのに、平民になったこの男をあたしは見捨てる事が出来なかった。
いや違う。見捨てちゃいけない気がしたの。だってそれがあたしに出来る唯一の償いのような気がしたから……
だけど本当は泣き叫びたい。
どうしてこうなったんだ!ってこの男に掴みかかりたい。
だけど本当は分かってる自分もいる。アーロンのせいじゃない、これは人のものを欲しがったあたしが全部悪いんだって。
叫び出しそうな自分を、歯を食いしばってグッと堪える。
どれだけ後悔してももう遅い。
失ったものはもう二度と戻らない。
あたしはこの日、自分の罪の重さを知った——
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