役割
其処は野戦場だった。
尖端な街並みは崩れ、新しく居座るは、瓦礫の山。昼夜を問わず、銃弾が飛散し、赤黒い模様がそこらに。首領交代以降、軍警により組織犯罪防止法が強化されたお陰か、舞台は主に裏路地や倉庫街だった。
「却説、可愛い人。生温い子たちに、この世界の摂理を教えてあげようか」
「あれ使って善い?」
「構わないよ。君は私の手足だ」長い黒の外套を揺らしながら、私に近づく。「身も心も私の物、そうだろう?」背後から、絡みつくような距離で囁かれた言葉は、鼓膜を揺らし、身体中へと甘い疼きを呼ぶ。化粧着から仕事着へ着替える手が思わず止まった。
「御呪い」
項の少し下に、執着の痕。
それを付けると、白虎の少年を招集した。彼の可愛い部下が到着する前に、着替えを済ませようと、釦を掛ける手を早めた。
首領を隠すように閉ざされた部屋を唯一照らす光の中、身支度を整える。身体に極限まで添うワンピースは、裾だけがふわり、軽やかに。頂いた時よりも、少し成長したのかしら。苦しい胸元は、一つ、肌蹴て。闇に紛れる黒を纏い、差し色は紅の色で。
紅を引き終えると、見計らったかのように、部屋の扉が、コツ、と二回鳴った。
「入り給え」
「首領、参上致しました」
毛皮を首元に纏った虎の少年。開いた扉の向こうに、雪兎のような女の子も見えた。少年は女の子に、待ってて、と告げ、部屋に入ってきた。私はそれを帰り支度をする情婦の様な面持ちで眺めた。
「敦くんは、彼女と仕事をするのは初めてだったかな?」名前を呼ばれた私は、手鏡に映る少年から、首領へと視線を移した。「おいで」
手招きに従い、主人の隣に立つ。
「可憐だろう?愛らしいだろう?この可愛い子はね、それは艶やかな毒花なんだ。敦くん、君の任務は、彼女を護ることだ。決して彼女を落命させる事の無いように。この花を枯らすのは、私の役目なのだから。彼女を投入して、この抗争を一気に終わらせる」
「太宰さん、でしたら僕が凡てを片づけます」
「敦くん、これ以上戦力を無駄にすることは許さないよ。私の想定した負債を僅かだが超えている。これでは今後の計画に狂いが出てしまう。若し彼女が此処に戻らなかった場合、君の喉元の其れを更に締め上げねばならなくなるね」
凍てつく声に跪き、冷や汗もそのまま、頭を垂れた虎の子。下で御待ちしています、とだけ云って、拝した任務を背負いながら出て行った。
「まだ駄目なのね、“治さん”」
「嗚呼、勿論。まだ許しはしないさ。君は私の最期の女性で居てもらわなくてはならないのだからね」
私とは反対に、太宰さんは楽しそうだった。
玄関間には、敦くんと和装の少女、広津さん率いる黒蜥蜴が待っていた。
「卯羅様、外は冷えますので此れを」
広津さんが長外套を肩に掛けてくれた。「ありがとう」
車窓から見る街は明るくも平坦で、詰まらなかった。楼閣の外に出るのは何年ぶりだろうか。敦くん達が来る前は、中也さんと共に、首領を狙った暗殺者を始末するため、外へ出ていた。前首領が君臨していた頃は、どうだったかしら。
でもそれだけ。
服も、化粧品も、宝飾も、凡て太宰さんが見繕ってくれる。食事も、首領の執務室で共に。彼の求めに応じ、満足させ、隣に備品として添う。それで満足なの。
「敵本拠地は、この三百米先の様です」
「ならこの辺で善いわ。終わったら迎えに来て」
「畏まりました」
車を降り、敦くんを先頭にして、倉庫を模した牙城へ突入する。
「ポートマフィアの白い死神だ!」
「さ、三十五人殺しも居るぞ!」
皆思い思いに銃火器を持ち、私達へと口を向ける。
抵抗したところで。
何も変わらないのに。
「もう終わりにしましょう」手には柔らかな雪柳。ふうっと吹けば、残酷な花吹雪。
それを皮切りに、銃弾が一斉に放たれる。中には此方へ突撃する者も。私も舞う花を増やし、盾にする。見せしめてあげないと、思い出せないのかしら。
飛び掛かるように特攻してきた男の腹部目掛け、足で柘榴を植える。一気に成長したそれは、容易く貫き、赤い花弁を、艶の緑を黒く染める。
それを見て、何故か弾丸は威力を増して降り注ぐ。致命傷にならなきゃ善いの。勝手に撃ちなさいな。その方が、あの人は怒るわ。
「卯羅さん、下がってください。後は僕と鏡花ちゃんが殺ります」
「駄目よ敦くん」漸くね、待ち焦がれたわ。身体を這う蔦。ようこそ御夫人。「折角、夫人が来てくださったんですもの」
毒々しい吾亦紅が足元に咲く。地を割る様に茨が、不憫にも銃弾に反応して伸びる。
「これじゃあ詰まらないじゃないの」
茨を導に、月下香を振るえば、ぼたん、水が弾ける音。それを何度も繰り返し。「貴方は此処に飾りましょうか」
倉庫の入口の真正面。首領格であろう男を鉄パイプで、空間の奥に積まれた木箱に縫い留めた。
歩く度に咲く花が、足元を照らす。近くに残る僅かばかりの命を吸い取る様に咲いていく。
「広津さん、終わりました」
「ご苦労様です。車内で首領が御待ちです」
呆けたような敦くんを無視して、車へ向かう。行きよりも広い車内で、首領が足を組み、笑っていた。足元に傅き、何時ものように靴に口付ける。
「やあ、饗応夫人。見ないうちに随分と残忍で婀娜めいたじゃないか」
唇が靴に触れ、夫人とはお別れ。疲労感が一気に襲い、その場で倒れるように、横へ転がった。
「車を出せ」座る気力もない私を拾いながら、首領が命じた。車が揺れる度に銃創から流血する。
「帰ったら手当だね。今回は輸血もしてやらないとだ。お花に水やりだね」
「太宰さん、愛して」
楽しそうに軽やかにお喋りする太宰さんに、要望を呈した。「お花ちゃんは愛でて欲しいの?」
「御傍において」
「云ったじゃないか、私の最期の女性だって。矢張、花は囲って愛でているのが一番善いね」
求めて。
それだけが理由だから。何故貴方が私に執着するのかは解らないけど、置いてくださるのなら、凡てを捧げます。
それはあの日から決まっていた事だから。
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