第7話 全てはインストーラーが見せた夢


 田井中は学校の教室に居た。S県立山村高等学校。その教室に。席は窓側の一番後ろ。サボっててもバレないので田井中のお気に入りの場所だった。


「えーでは転校生を紹介します。入って来て」


 がららっ。扉が開き、ちんまい銀色が入って来る。みんなが注目する。


「なんだ?」

「迷子?」

「外国人?」

「はい静かにー。自己紹介、出来る?」


 ざわつく教室内を前に少女は言葉を紡ぐ。


「飛び級で入学しましたが定義上、転校という事になりました! フィル・エバートゥモローです! よろしくお願いします!」


 銀髪がよく似あう少女が頭を下げる。その様を金髪の似合わない少年は別次元の事のように見ていた。彼女は先生に言われるがまま、田井中の隣の席に座った。次元の壁が田井中を押し潰す。ハッと意識が明確になる。


「あ、あのこれから一年間よろしくお願いします!」

「あ、ああ」


 先生がHRを終わらせると、入れ代わり立ち代わりで別の先生が授業を始める。黒板には


『――さん、――さん!』

「ノート、取らなきゃ」


 夢遊病者の様な仕草で黒板の文字をノートに書き写す田井中をフィルは羨望の眼差しで見た。


「すごいですね! 一回も手元を見ずに黒板に集中して!」

「……え? だってそうしないと覚えられないし」

「ですよね、失礼しました」

「ああ……」


 授業は続く――誰かが呼んでいる?――黒板がびっちりと計算式で埋め尽くされる。

 鈴の音が響いた。次の授業だ――休みは?――入れ代わり立ち代わり次の先生が黒板から数式を消し去り、理論で埋め尽くしていく。それをトレースするように田井中の手は動く。ノートが黒で埋まっていく。字。字、字、字字字字字字字字字字字字字字字字字字字字字字字字字字字字――『今すぐやめさせてください!』――その声はとても聞き覚えがあって。思わず隣を見やる。


「呼んだ?」

「私ですか? いえ」


 フィルはかぶりを振る。銀髪が揺れて眩しい。思わず目を細めると、そこにフィルがダブって見えた。学制服の少女と軍服の少女。片やセーラー服で片や対Gスーツだ。


「あれ、なんだ今の」

「どうかしましたか?」

「ああ、いや、なんでもない。授業に集中しないと」

「そうですよ、もう可笑しい人」


 彼女には不釣り合いな笑い方をする。大人びたの少女は不思議の国に田井中の意識を連れ去った。お茶会に招かれた少年はカップを割ってしまい赤の女王に処刑される段になる。トランプ兵に連れられて処刑台に立つと、そこは小高い山の上だった。気持ちのいい風が吹く綺麗な山だった。遠くに黒い点が見える――此処まで乗って来た試作第十三号だ――それに向かって飛ぶ。少女と共に。思い切り足をぶつけて痛みで――目を覚ましそうになる――それをグッと堪えて、耐えて、噛みしめて、少女の案内でコックピットへと乗り込む。操作方法なら頭に叩き込んである。の少女に向かって――『意識が停止する前に強制終了します!』――声を。声を、かけようと。田井中は、したんだ。


「だけど、だけど、だけど、此処じゃない」


 そう。


「俺が居るべき場所は此処じゃない」


 海の向こう、敵宇宙人の戦闘機の母艦。それを叩かねば。


「もう終わりでいい」

『タイナカ=サン!』

「ああ、今、行くよ」


 意識が――現実へと――引き戻される。田井中は目を開ける。各種コード類が血管のように自分へと繋がった椅子に座らされ、頭には四角いヘッドマウントディスプレイが備え付けられていた。それを外し、コード類を自分から引っこ抜く。目の前にフィルが居て抱き着いて来た。


「うおっ」

「もう! 死んじゃうかと思ったんですからね!!」

「ありがとう、フィルのおかげで助かった」


 フィルの頭を撫でる田井中。


「ひゅー、見せつけてくれるねぇお二人さん。で? 脳みその調子はどうだ田井中」

「ばっちりだ草凪」

「オーケー、じゃあ出撃と行こうか、任務開始時刻は早朝マルゴーマルマル。その前に飯でも食っておけ。腹が減っては」

「戦は出来ぬ」


 田井中がにやりと笑う。


「分かってるじゃないか、それも脳内学習装置のおかげか?」

「いいや、ネット知識さ」

「タイナカ=サン……」

「ははは! そりゃ装置より便利だわな! んじゃ行って来いお前ら、成功した暁には身の安全を絶対に保障しよう。海自の、日本の総力を使ってな」


 フィルが俯きながら言葉を紡ぐ。田井中は静かに耳を傾ける。


「……タイナカ=サン、これは分の悪い賭けです」

「分かってる」

「母艦に勝てない。撃墜されて死ぬかもしれません」

「分かってる、でも違う」

「え?」

「絶対、勝つんだ」


 田井中は握り拳をそっとフィルの前に差し出す。フィルはそれをおずおずと見やり首を傾げる。


「拳、出して」

「は、はい」


 そして二人は拳と拳を突き合わせた。


「勝とう」

「――! はい!」


 試作第十三号が格納されているドックへと向かう――食事は済ませた。海自のカレーは美味しいというのは本当だった――角ばった黒い機体の前へ立つ。


「行こう、俺達は死んだりしない」

「はい、一緒に帰って来ましょう」


 二人はコックピットに乗り込んだ。

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