第5話 MADEInEARTH


 フィルは機体の設計を行っていた。多くの技術者達が彼女の設計を賛美し、その機能美を褒め称えた。


「こんなもの、解剖の結果に過ぎないのに」


 そう独り言ちる銀髪のよく似あう少女は歳上の女性、アンナからこんなアドバイスを受けた。


「あんなものトマトを潰したんだと思いなさい

「トマト……ああ、解剖の事ですか」

「そう、気に病む事じゃないわ」

「トマトをつぶす事が?」

「そう、トマトを潰す事が」


 なんと中身の無い会話だろう。フィルは思う。此処には秀才、天才、奇才が集まっているが。アンナはそのどれでもない。ただのカウンセラーだった。UFO研究の最前線に立たされている者達のストレスを少しでも緩和しようと奮起する人だ。フィルは特にストレスを抱え込みやすいらしく、常に彼女にアンナは付きまとっていた。


「それがストレスなんですけどね……」

「なにか言った?」

「いえ」


 分かっているのかこいつはと思いつつ。自分が作った設計図を見やる。いやこれは解剖図だ。生命の神秘を詰め込んだ断面だ。フィルはまじまじとソレを見ておぞましく思う。アレを解剖した結果がコレだ。。そう呼称されたモノを死ぬ気で鹵獲した国連の組織した特殊部隊はほぼ半壊状態だったという。世界各地の精鋭を集めたのにも関わらず、だ。それほどの高難易度ミッション。最新鋭機まで導入されて行われたそのは見事に成功した。敵の偵察機を鹵獲したのだ。それがこの解剖図の元。原案。肉塊に等しいそれは一つの生命だった。それを機械に落とし込むのにフィルはとても苦労させられた。血濡れた自分の手を見やって、これがトマトなものか、と回想する。血濡れの幻想は消え去り、綺麗な白磁の手がフィルの視界に戻って来る。


「でもこれで私の仕事も終わりですね」

「そうね、私もお役御免かしら」

「今度はコレに乗るパイロットのカウンセリングをしてあげてくださいよ」

「えー」

「なんで!?」


 やる気の無さそうなアンナをフィルは呆れ顔で眺める。黙っていれば美人なのにと。どうしてそこまで残念なのだろうと。思って言うのはやめた。人間みんなそんなものだと諦める。往々にして理想は現実と乖離するものだと知っていたから。


「通告だ諸君」

「マイケル副長官!」

「副長官だ」

「わざわざ副長官が」


 影から唐突に現れたのはフィル達の上司、マイケル・クリストフ。弱冠二十歳で米海軍の士官に任命されたエリートだ。今、こうして国連の特殊組織の上層部に食い込んでいる事からその才能は明らかだった。


「呼称『試作第十三号』のパイロットが決まった。フィル・エバートゥモロー」

「はい?」

「今日から君は軍曹だ。戦場でもその才気を振るってほしい」

「……すみません、もう一度」

「戦場で戦ってくれ、これに乗って」


 設計図を指さすマイケルにフィルは青ざめた顔で返した。


「む――」


 返そうとした。が遮られる。


「無理というワードは禁物だフィル軍曹。君はもう軍の一員なのだから」


 そこで隣に居たアンナが一言こんな事をフィルに言った。


「カウンセリング、いる?」


 そして時は今に至る――田井中はどこか憐れみを、草凪は苦笑を浮かべていた。

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