第3話 無音海岸より遠く
視界がブラックアウトしてから数秒、アラームに意識が揺り戻される田井中。操縦桿を握るフィルは笑顔で言った。
「あなたはサイコーです! タイナカ=サン!」
「……俺、何したんだっけ」
「タイナカ=サン!?」
「ああ、そうだ。チャリでS県から出ようと」
「えっそんな危ない真似を?」
「えっ」
「えっ」
一体、田井中の知らない内にS県の外はどうなってしまったというのか? ちょっと空恐ろしい気持ちになったのだった。フィルはそんな田井中の気も知らず、UFOを飛ばす。お題目はUFOのこいつを。
「……これからどうするよフィルっちゃん」
「なんですかその呼び方……とりあえず、
「灯浜……無音海岸からは遠いけど同じ海側じゃん」
「比較的安全なんです」
「此処危険なん?」
「ええ、とっても」
なんか語尾にハートマークでも付いてそうな言い方だった。田井中の脳内再生的には「ええ~と~っても♡」てな感じだ。文字にすれば簡素に「ええ。とっても」なのだが。ふとコックピットから外を眺める。S県の百万円くらいの夜景が流れていく。いや十万円くらいかな。そんなどうでもいい換算を田井中がしているとフィルの鼻歌が聞こえてきた。
「Far away~♪ Far away~♪」
「随分、流暢な事で」
「そりゃ生まれも育ちも西海岸……ハッ誘導尋も」
「『ハッ』じゃねーよ、このエセ宇宙人」
「ぐぬぬ」
フィルはなんとか田井中の記憶を消せないかと機体を操縦桿で揺さぶるが、田井中のすっからかんな脳みそがちょっとシェイクされただけで終わった。
「なにすんですかこのすっとこどっこい!」
「誰がすっとこどっこいですか! 誰が!」
すると、フッ、と夜景の明かりが消える。暗闇、そうそこは。
「おっとっと、危ない危ない、Uターンしますよタイナカ=サン」
「うん? ああ、海に出たのか」
「このままじゃ撃墜コースです」
「はぁ?」
心底何言ってんだこいつ感を隠そうともしない田井中の声に、すっとこどっこいもといフィルは抗議の声を上げる。
「あのですねー! ちょっと私の事を信じていただきたく!」
「でも宇宙人もUFOも嘘だったじゃん」
「UFOは嘘じゃありませんよ。これはアース産のUFOなんです」
「地球生まれのユーフォー?」
「YES!!」
またフッと夜景の明かりが戻って来る。海からまた陸地に戻ったらしい。
「この夜景をガイドライン代わりにしましょう」
「ていうかもう灯浜なんじゃね?」
「あれ? ごめんなさい私、土地勘無くて……」
「はーん、無音海岸から出なかったクチか」
「そういうあなたはS県から出ていないクチ」
「ぐぬぬ」
西海岸生まれ西海岸育ちに言われては田井中も立つ瀬が無い。
「日本語も流暢なのはなぜ」
「バイリンガルって知りません?」
「簡単に言ってくれるよ」
「ま、私これでも部隊じゃ神童とまで言われましたから~」
「……フェンサー」
「あ、それやめて」
なにが嫌なのだろう。かっこいいのにフェンサー。そんな事を考えて口には出さない田井中は段々と地面が迫っているのを見て取った。
「なんか高度下がってね」
「下げてますから」
「なんで」
「灯浜で受け入れてもらうんですよ!」
「灯浜に何が……? ただの海水浴場だろ……?」
本気で疑問そうに思う田井中を見て呆れるフィルは渋々説明を始める。
「いいですか、灯浜には海上自衛隊の基地が」
「ないない」
「あるんです!!」
「どこに」
「地下です」
「地下、海上自衛隊が地下」
「ええ」
なんかもうどうでもよくなってきた田井中は背をコックピットに預け、舟を漕ぎ始めた。
「ちょっと? タイナカ=サン? 人質役のタイナカ=サン?」
「むにゃ」
「寝ちゃった。豪気というかなんというか」
フィルはそのまま地球産UFOを着陸させる。するとあっという間に海洋迷彩色の隊員達に取り囲まれる。
『ただち投降しなさい! サレンダー! サレンダー!』
「やっぱりこうなりますか……もっとマシな英語が使える人員は……もういないんでしょうね」
やれやれと上司のマイケルの真似をした後に、田井中をひょいと担いで、フィルは海上自衛隊の隊員達へと向かって行った。
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