第7話 お互いに

 今日は1日大変だったな、とふかふかのベッドの上で思う。

 見慣れない天井、嗅ぎ慣れない匂いなのに、自分の家のように住み心地が良い。俺ってば、意外と図太い人間だな。


 ごろんと寝返りを打ってみる。

 うーん、なんだろう。ふわふわした気持ちだ。


「というかあれか、一軒家だから隣の部屋の人とか下の階の人に気を使わなくてもいいんだよな」


 きょろきょろ、と周りを確認して誰もいないことを確かめてから、俺は枕に大きな声で叫んだ。


「ディープキス、やべえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええ!!!!!!」

「どうしたん瑞樹?」

「いや、なんでもないっす」


 俺の声に驚いた母が階段を駆け上ってきたので、知らないふりをした。


「そう? なんか知らんけど、あんた頭悪いわ」

「行きずりに悪口言わないでくれる?」


 頭がおかしいという指摘なら甘んじて受け入れるけど、と思ったがそれを言い返す頃には母はいなくなっていた。


 そう、俺はあれから頭がおかしくなっている。

 初体験というのは見えている世界を変えてくれるものらしい。


 あれから俺の見てる景色はカラフルになった。彩りを取り戻したと言ってもいい。


 かつて感じていたはずの恋心。

 それを中学生ぶりに取り戻した。


「え、なに、草城風寺さんってなにもの?」


 今日1日を通して、草城風寺さんのことばかりを考えていた。

 もちろん初めは警戒心の方が強かったと思う。一目惚れレベルの感情はあったとはいえ、初対面の人に対する感情の方が大きかった。


 でも一緒に親と話をして、引っ越しをして、そして極め付けのプール。

 どんどんどんどん草城風寺さんの引力に惹きつけられていた。たった1日で、突然現れた転校生にぞっこんになっていた。


 時計を見ると夜の10時過ぎ。

 明日になればまた草城風寺さんに会えるのだろうか、なんてガキっぽいことを思った。


「——ちょっと収めてから寝るか」


 それからアダルトなビデオを見て俺は寝た。

 今までは導入のキスの部分を飛ばしていたが、今回はそこばかり見てしまった。


 なるほど、AVというのは童貞のためにあるものではなく、非童貞が行為の気持ちよさを一つ一つ思い出すためにあるんだな、と気づくことに性交した。

 あ、違う、成功した。




 ******



「わ、わ、わ、私、なんてことを……っ!」


 その日、草城風寺紅は布団の中で悶絶していた。


「…………」


 かれこれ2時間この調子。

 部屋で待機している給仕の女性も、最初は「お嬢様ったらウブねぇ」と微笑ましく思っていたが、あまりにも長すぎてだんだん醒めた目になっていた。


 しかしそんな給仕の目を紅が気にした様子はない。


「明日、どんな顔で二上くんに会えば……!」


 紅が気にしているのは、キスをした相手——瑞樹にどう思われているかだった。


 あれは事故だと瑞樹もわかってくれるだろうか。もしかしたら事故に見せかけて強引に迫ったと思われているかもしれない。


 そもそも水中で転ぶなんて話を聞いたことがない。

 大事なタイミングで何をしているんだと自分で自分にツッコミたくなるほどだった。


「お嬢様、はっきり言って狙いましたよね?」

「ね、狙ってません!」


 顔を真っ赤にして否定する紅。

 しかし給仕の女性も疑いの目を向けてくるように、瑞樹からも同じように疑われるかもしれない。


 だって、やっぱり水の中で転ぶなんておかしいから。


 時計を見ると夜の10時。そろそろ寝ないと肌にも悪い時間だ。


「お嬢様、それでは電気を消しますので」

「ええ、ありがとう」


 給仕の女は静かにそう伝える。

 しかし部屋を出る直前に一つだけ言い残した。


「紅様のお父様、つまりご当主様は18で紅様を授かったとお聞きしております。草城風寺家は子供を作ることに関しては寛容なので——グッドラック」

「なんで最後はハリウッドスターみたいな捨て台詞を言うんですか!」


 からかわれていると抗議しようと思った頃には給仕の女性はいなくなっていた。

 行き場のない怒りが紅のこぶしに伝わって、空中を柔らかく泳いだ。


「そうです。明日は何食わぬ顔でいきましょう。なかったことにすればなんとかなります!」


 そしてそのこぶしをもう一度握って、紅は強く頷いた。

 開き直り、というやつである。


「——お嬢様、それはさすがに無理があるかと」

「なななな何で聞いてるんですか!」

「おやすみなさいませ」


 赤っ恥をかいた紅は、その後何時間もうなされることになった。

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独占欲が強すぎるカノジョ 横糸圭 @ke1yokoito

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