第6話 新居と隣人とプール

「広いな……」

「広いわね」

「so big」


 荷解きを軽く終えた俺たち二上家はダイニングで食事をとりながら、新居の感想を漏らし合っていた。


「廊下を通るときに二人まとめて通れるってすごいな」

「2階だてなんて、私の実家ぶりだわ」

「American」


 どの場所を取っても以前のマンションに比べて大きいし快適だ。

 たとえばリビングにはソファとテレビの間に大の大人が筋トレできるくらいのスペースがある。


 トイレも2つに増えたので、トイレ戦争——我が家ではウォー戦争シュレット戦争と呼んでいるが——も必要がなくなってしまった。


「草城風寺家、ぱねえな」

「紅ちゃん普通にかわいいから未来のお嫁さんにしたいわね。私の」

「haha itterukoto okasii」


 ——バチーンと父が叩かれる音が、新居によく響いた。


 とそのタイミングで家のインターホンが鳴る。


「あ、草城風寺です。家族の団らん中にお邪魔してすみません!」

「どうぞどうぞ〜」


 草城風寺さんが初めての我が家訪問だ。

 ちなみにうちの家の隣には、とてつもない広さの豪邸が立っている。


「お食事中でしたか」


 草城風寺さんは私服に着替えている。

 ちょっと無防備にも見えるショートパンツに上は襟付きのTシャツ。

 真っ白で肉付きの良い太ももがあらわになっているので、俺の目線は思わずそこに釘付けになってしまった。


「おい、息子よ」

「なんだ父」

「女性は意外と視線に敏感だ。あまりジロジロと見るものではない」

「なぬっ」


 父からすごくためになることを聞いた。

 さすが人生経験が違う。


「ちなみに親父はなんでそれを?」

「若い頃、母さんのおっぱいをジロジロ見てたら普通に蹴られたからだ」

「よく恥ずかしげもなく言えるねそんなこと?」


 そんな馬鹿話をしていると草城風寺さんがこちらにとてとてと走ってきた。

 手にはなにやらプールの授業の日に見かけるようなバッグを持っている。


「二上くんっ、お久しぶり……ですね!」

「再会に3時間くらいしかかかってないと思いますけど……」

「細かいことは気にしないでください!」


 彼女はこうして見ると俺よりも背が低くて、普通の女の子なんだなあと思う。

 あまりの気品とお金持ちっぷりとぶっ飛んだ性格のせいで忘れてしまうけど。


「そんなことより、その手に持ってるものはなんです?」

「ああ、これですか?」


 引っ越し祝いとかかな、と推測してみると彼女はにこっと笑ってから言う。


「水着です!」

「水着?」


 プールのうんぬんという説明は的外れではなかったらしい。

 いや……待てよ。ここで大事なのはそこじゃない。なぜ彼女が水着を持っているか、だ。


 もう夜も遅い。プール施設なんてどこもやっていない。

 となると結論は一つ。たまに水着を着ていくところといえば、すなわちお風r……!


「うちにプールがあるので一緒に行きませんか!」

「ああ、うん、そうだよね」


 混浴できるんじゃねとか思った自分が馬鹿でした。

 お金持ちは自分の家にプールがあることを忘れていた。




 草城風寺家の豪邸の屋上の一つ下にプールはあった。

 まるでイタリアにありそうなだだっ広い屋内プール。温水なので夜でも気持ちがいい。


 そこかしこに使用人らしき方がいたので体も肩肘も硬くなってしまったが、プールは開放感があって気持ちよかった。


「あ、二上くんっ!」

「草城風寺さ——ぶふっ」


 プールサイドを走ってくる草城風寺さんを見て、俺は思わず鼻血を出してしまった。


 ライトに照らされて映える彼女の肢体。

 真っ白な水着からこぼれおちそうになっているその大きな果実。水気で頬に張り付いている横髪もすごく色気がむんむんだった。


 別のところが固くなってしまうところだったぜ。

 小学生がミロのヴィーナスを見たときみたいな反応をしてしまった。


「どうですか、うちのプールは」


 しかし俺のそんな邪な思いとは裏腹に、彼女は子供っぽく笑う。

 本気で楽しませようとしている気持ちが見てとれて、なんだか嬉しくなった。


「楽しいですよ。プールに入ったのはすごく久しぶりなんで、めちゃくちゃ気持ちいです」

「それはよかったです!」


 彼女もプールの壁についている銀色のはしごを使って、恐る恐る降りてくる。

 彼女は平均的な女性の身長なので、プールに着くと胸のあたりまで沈んでしまった。


「大丈夫ですか、草城風寺さん。足は付きます?」

「馬鹿にしないでください! そこまでチビじゃありませんからっ」


 そう言ってこっちにゆっくりとやってくる彼女。

 しかしあと少しで俺のところまで着くと言うところで、事件は起きた。


「あっ」

「あぶな——っ」


 目の前で足を滑らせた草城風寺さん。

 その体はそのまま俺のところまでやってきて。


「「んんっ——⁉︎」」


 全くの偶然で、そのまま唇が重なってしまった。

 しかもお互いに驚いて口が空いていたので、舌が思わず入ってしまうほどの。


 そしてほんの数秒だったと思う。そのまま俺たちは動けずに密着したままで……。


「あひゃっ、あ、へっ、へっ、ほっ、本当にすみませんっっっっっ!」


 ようやく立ち直った草城風寺さんは、脱兎のごとき勢いでプールを後にしてしまった。


「…………ノーカン、だよな」


 俺は唇の感触を思い出していた。

 なんだかいい匂いがした。

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