第4話 過去のことは覚えていない

「それで、話というのはなんでしょうか。草城風寺さん」


 場所を変え、俺たちはダイニングにやってきた。


 俺と草城風寺さんが同じ辺に、向かい側に父と母が座っている。

 母はにっこりと笑っており、父は両腕を組んで威厳を見せようとしていた。


「はい。まずは二上くんの……瑞樹くんのご両親にお伝えしたいことがあります」


 草城風寺さんは少し緊張した様子だったが、実際に話してみるとそうは見えない。

 非常に堂々としている。


 そして発言も堂々たるものだった。


「私は……瑞樹くんのことが好きです」

「まあっ」


 母が反応して口を押さえて喜んでいる。

 まさかうちのバカ息子がこんなかわいい女性を口説き落とすとは思ってもいなかったのだろう。ちなみに口説き落としてはいない。


「えっ、失礼だけど……うちの息子のどこがよかったの? 勉強バカでそのくせそこまで頭も良くないうちの子だけど。顔も別によくないうちの子だけど」

「ねえ、親の愛情を感じないんだけど?」


 これを言っているのが親だというのだからひどい話である。


「いえいえ、そんなことないです」


 しかし母の言葉に対して、草城風寺さんが首をふるふると横に振った。


「二上く……瑞樹くんはすごくかっこいいですよ。どこまでも真っ直ぐですし、すごく純粋であんまりいないタイプだと思います」

「だって、瑞樹」

「どうなのかねえ」


 母に茶化されるが、俺は素直にそうだと頷く気にはなれなかった。


 もちろん草城風寺さんの言葉に嘘があるとは思っていないけど。 

 過大評価されている、というのが率直な感想だった。


「瑞樹は中学2年生の頃まで、超がつくほどのバカだった」


 とその中、突然沈黙を貫いていた父が口を開いた。


「急にどうしたの、あなた」


 いきなり昔話の導入みたいなセリフを吐くものだから、母も心配して尋ねる。

 そんな母に父はうんうんと頷いてから、気まずそうに言った。


「…………いや、言ってみたかっただけだ」

「なんの脈絡もなく息子をバカにしたくなるの? どういう人間なのうちの親父?」


 父はやはり黙っていた方が良さそうだ。

 母も草城風寺さんもめちゃくちゃ冷めた目で見ている。赤の他人に冷めた目をされるというのはなかなかの才能だ。是非とも発揮しないでいただきたい。


「でもその話なんだけどさ、瑞樹ってその頃に急に勉強をし始めたのよ」

「そうなんですか?」


 父の代わりに母が話を続ける。


「瑞樹が勉強バカなのは知ってる?」

「知ってます!」

「なんで勉強を始めたのか知ってる?」

「いえっ、それは知らなかったです。知りたいです」


 草城風寺さんが体を乗り出して聞く。

 母はそんな彼女を微笑ましく見ながら答えた。


「好きな子ができたっていうのよ」

「そ、そうなんですか。ちゅ、中学2年生……へ、へー」


 彼女は意味ありげに『中学2年生』というワードを繰り返すと、顔を赤らめた。


「そ、それでそのことが勉強にどう関係が?」

「その時に流行ってた漫画で頭のいいキャラが主人公だったの。それでかっこいいって思ったらしく、そこからはバカみたいに勉強漬け。理由がおバカでしょ?」

「なんだか瑞樹くんらしいですね」


 草城風寺さんがこちらを見てにこっと笑う。

 なんだか恥ずかしくて俺は顔を背けてしまった。


「部活にすごくのめり込んでたのに、あっさりと。まだ部活が原因でできた骨折も完治しないうちに、ずーっとずーっと勉強よ」

「病院であんなに元気な人は初めて見ました」


 そこに草城風寺さんが初出しの情報を出してくる。

 俺は思わずその言葉の意味を尋ねた。


「見たってことは、俺が骨折で入院してたとき草城風寺さんもいたってこと?」


 ただこれはまずかったらしい。

 草城風寺さんは悲しそうにうなだれて声を絞り出した。


「やっぱり、覚えてない……ですよね」

「す、すまん……」


 どうやら彼女との初対面はそこらしい。

 一方的に覚えていないとなるととても申し訳なくなる。


 しかし落ち込んでいた草城風寺さんはふと何かに気がついたのか、パッと顔を上げて母の方を見る。


「それで、その好きだった女の子とはうまくいったんでしょうか!」

「ま、当然気になるわよね、そこ」


 母が得意げに笑う。一方で草城風寺さんの顔は真剣そのものだ。


「でも安心して。このバカ、勉強に夢中になりすぎてそれどころじゃなかったみたい。入院中の記憶がないのも、新しい知識を詰め込みすぎて脳の容量がいっぱいになったんじゃないかってうちではなってるから」

「へ?」


 草城風寺さんがポカンという顔をそのまま俺に向けてきた。

 ちくしょう、話さないといけないのか……。


「勉強しすぎてて気がついた頃には居なくなってたんだよ……その子。こちとら今まで勉強してこなかったツケが回ってきて、その子の顔を覚える余裕すらなくて探せないまま今に至るってわけ」

「な、なる……ほど?」


 こんなこと口にするのも恥ずかしい話だ。

 結局なんのために勉強をしていたのかもわからないまま、今では勉強がただ好きな彼女のいない高校生になったわけだからな。


「まあそんなバカな息子だからさ。紅ちゃんも気長に接してあげて。どうせ今の様子を見るにまだ付き合ってないんでしょう?」

「えっ、あっ、はい」

「あーほんとうちの息子ってバカねぇ……頭が痛くなってくるわ……」

「ほっとけ」


 そこで俺の話はおしまい。


 ここからは草城風寺さんの話だ。


「それで、草城風寺さんはうちの親になにを言いたかったの? 挨拶だけじゃないって言ってたけど」

「ああ、そうでした」


 ついつい夢中になりすぎてしまいました、と彼女は居住まいを正す。


 そしてとんでもなく大きな爆弾を投下した。


「みなさんには引っ越しをしていただきたいんです」

「——どゆこと?」


 俺は戦国時代に一方的に守られるタイプの大名かな、と思った。

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