第3話 家庭訪問
「本当に家に来るんですね……」
「私、言ったことは必ずやりますので」
黒塗りの高級車から下ろされた先は、毎日見ている我が家だった。
見慣れているとは言っても、今日は隣に人がいるのだが。
「ま、まあ一応案内しますか」
「では」
道案内のために俺は歩き出す。しかし草城風寺さんは動く気配がない。
代わりにその真っ白な手が俺の方に伸ばされている。
え、えーっと?
「エスコート、していただきたいです」
「そんな無理な話があるか!」
女性と手を握ったことがない俺には無理だ、と断ると彼女はしゅんとした顔で言う。
「振った女の手を握るのは難しいですか?」
「惚れかけてる女の子の手を握るのが難しいって話です」
「同じ意味じゃないですか」
ぷくーと頬を膨らませる草城風寺さん。
そして俺よりも前に歩き出してしまった。
「あっ、ちょっと待ってください」
俺が慌てて走ると彼女はずんずんとさらに歩を早める。
まるで家の場所がわかっているかのようだ。迷いがない。
「というか、俺の家に来てなにをしたいんですか」
「挨拶です」
「誰に?」
「二上くんのご両親です」
Oh……ジーザス。彼女の行動力は俺の想像のはるか上をいくらしい。
未来を全て見通すと言われるラプラスの悪魔がいたとしても、彼女の行動は予測できないに違いない。
俺なんかでは彼女がとった行動の意味をひとつひとつ遅れて考えることしかできなかった。
「まあ、他にも用事はありますが、来てもらえればわかります」
「行く前に教えてくださるととてもありがたいんですけどね」
不安から俺はそんなことを口にしたが、彼女はにこりと微笑むだけだ。
さらに不安が増大する。
「ここ、で合ってますよね」
やがて、あっさりと俺の家に着いてしまった。
ただの賃貸マンション。家賃は一月10万円。
「でも俺の親がいるかわかんないですよ? 母は専業主婦ですけど、父はなにしてるかよくわからないんで」
「大丈夫です、既に確認してますので」
何か不穏なことを言いながら玄関に向かう草城風寺さん。
姿だけを切り取ると、上品な高校生という感じにしか見えない。スクールバッグを前に持った姿は疑いようもなくただの高校生だ。
しかし実態はただの高校生ではなさそうだ。
「さすがに鍵を持ってるとかはないですよね?」
「やろうと思えば」
「じ、自分が開けますね」
草城風寺という家はどれほどのお金持ちなのか。
考えるのも怖いので、さっさとマンションの入り口を開ける。
そして自分の家の番号のところまでやってくると、同じ鍵を使って開けた。
「ただいま」
「あらおかえり〜早かったわね〜」
「
母と父の声が迎えてくれる。たしかに両方とも家に居たようだ。草城風寺さんの言った通りである。
そして先に姿を現したのは母の方だった。
「おかえりおかえり、今日は早いけどどうしたの……って」
母の挙動が止まる。
視線は俺の後ろに向かっていた。
「初めまして、草城風寺紅と申します」
「……瑞樹、あんた人の道を踏み外しちゃダメって言ったでしょ!」
「一体どんな想像したんだよ!」
「弱みを握って女の子を連れ込むなんて、最低よ! そんな子に育てた覚えはないわ!」
俺だってそんな風に育った覚えはないし育てられた覚えもねーよ。
あと親なんだから真っ先に最悪な想像をするな。もっと好意的に解釈するように頑張って欲しい。
「母さん、違うんだ。彼女は転校生で」
「おーい、どしたー」
玄関の前で一悶着していると、奥からさらに厄介な奴がやってきた。
親父である。
「……っておいおい、瑞樹。お前のどこにそんなお金があったんだ」
「もう大体想像してることが分かるな! ちくしょう!」
「お金で仲良くしてもらってもむなしいだけだぞ。それに初めては恋人とした方が」
「あーもう最悪だなこの家族!」
親父に至っては初対面の女子に対してセクハラ発言。
もうこいつは一生刑務所にいた方がいいんじゃねえかな。ノンデリカシーってレベルじゃないぞ。
「草城風寺さん、やっぱり帰りましょう。こいつら、どう考えても人間じゃないんで」
「ご両親に対してどんな感情を抱いてるんですか二上くんは……」
草城風寺さんも親父たちのぶっ飛んだ会話に面食らっているようだった。
そういえば下ネタ系は苦手そうにしていたしな。そう考えるとマジで親父罪深すぎるじゃねえか。
「……ってあれ? もしかして」
親父に厳重注意をしているかたわらで、うちの母が草城風寺さんの顔をじっと見つめる。そして何かに気がついた様子。
そしてそれに続いて草城風寺さんもちらりと目配せをする。
「……たぶんお母様の思っている通りの人間です」
「あ〜ら、そうなのねえ。お久しぶり〜」
どうやら母と面識があるらしい。
父はなにもピンときてないらしいので、母だけ個別に面識があるらしい。
もしかしたら草城風寺さんが俺のことを知っている素振りを見せているのは、うちの母経由で何かを知ったからなのだろうか。
まあ考えてもわからないことはそのままにしておこう。
「その、なんだ。とりあえず立ち話もなんなので、リビングで話しましょう」
それよりも、草城風寺さんが家に来た理由がわからないことの方が気がかりだった。
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