第2話 俺、ダサっ!

 帰り、クラスのホームルームが終わるとガヤガヤと騒がしくなる。


 そしてそれと合わせるように俺の心臓もバクバクと鳴り出した。


「ではお先に失礼します。正門で待ち合わせましょう」

「は、はい」


 どうやら教室から一緒に校門まで行くわけではなく、校門で待ち合わせをすることにこだわるらしい。

 気持ちの問題なのか、単なる作法の問題なのか。


 でも俺としてもありがたかった。教室から一緒になるよりかは注目も少ないだろうし、緊張して階段を踏み外すかもしれない。


 緊張した時は素数を数えるのが癖になっているので、そこで草城風寺さんに嫌われてしまう恐れもあった。危ない危ない。隣で「2、3、5、7……」とか呟いている奴がいたら、俺は真っ先に距離を取るだろう。


「ふぅ……」


 深呼吸をすること1分。よし、そろそろいいだろう。

 荷物をまとめて、さあいかん。


 ——ダッシュっ。


「うわっ、今の人なに?」

「すごい速さで消えてったけど……」

「家に新作のエ○漫画でも届いたのかな」


 というわけで俺は正門までダッシュした。

 なんか途中で失礼な言葉をかけられた気がしたが、気のせいだろう。


 蝉時雨せみしぐれを浴びて昇降口を出る。

 正門には人だかりができている。その中に彼女が……いなかった。


「こっちです、二上くん」

「ん? って、うげぇっ」


 強引に腕を引っ張られたかと思ったら、次の瞬間には頬に夏とは思えないほどの冷気が吹き付けてきた。


「ここは……って草城風寺さん?」

「それじゃあお願いします」


 外からはなんだあれという喧騒が聞こえてくるが、そんな人混みも置き去りにしていく。

 どうやら俺は車に乗せられているようだった。


「あ、二上くん、ごめんなさい。強引に」

「いえ……それより放してもらえると……」

「え……? あっ、ご、ごめんなさいっ」


 体勢がかなり男に分が悪いものだった俺は草城風寺さんに放すように言う。

 頭になにやら柔らかさを感じるし、俺の股間は彼女のお腹の辺りに押し付けられている。

 もう一歩遅かったら通報されていた。あぶねえ。


 草城風寺さんも気がついたのか、顔を赤らめてパッと手を放した。

 男慣れをしてはなさそうだ。


「ところで、この車は?」


 気まずいので話を変える。


「ああ、えっとこの車はうちの車です。実はそこそこのお金持ちなんですよ、私の家って。どうです、そう見えますか?」


 ちょっと嬉しそうな顔の草城風寺さん。


「見えます見えます、いかにも深窓の御令嬢という感じですもんね」

「それは面と向かって言う言葉じゃないですよ、二上くん。ふふっ」


 なんて言いながらまた笑う。

 なんて幸せな空間なのだろうか。かの藤原道長も「この世は自分のものみたいだ、月も全く欠けてないほどの、な」とかっこつけていたときも同じ気持ちだったに違いない。


「それでこの車はどこに向かっているので?」

「二上さんのお宅……正確に言えばその近くですね」

「俺の家の近く?」


 てっきり草城風寺さんの家に向かっているのかと思った。


「本当は正門の前でお話をしてから行きたかったんですが……あまりにも人が多かったので二上くんを家に送っていきつつの予定変更です」

「なるほど」


 たしかに、俺たちはまだあれから大して話をしていない。

 ラブレターをもらってから返事を待たせたままだ。


「そうだ、手紙の返事……」


 俺は彼女からもらった手紙を取り出した。

 きれいな字で「二上くんへ」と書いてある。


 草城風寺さんはそれを見て緊張した面持ちになった。

 そしてスクールバッグの紐をいじりながら、おずおずと声を出した。


「二上くん……そ、それでお返事の方は……わ、私と付き合っていただけますか……?」


 彼女から改めて告白を受ける。

 その事実だけで俺の頭は沸騰しそうになるほど熱くなった。

 こんなかわいい子に告白を受ける機会なんて、この先の人生であるとは思えない。幸せの絶頂期に違いなかった。


 だけど。


「ごめん、断らせてほしい」

「——っ」


 悲痛な顔をする草城風寺さん。その表情を見ただけで、いま言った言葉を撤回したくなるほどだ。

 しかし男に二言はない。


「いや、あの俺としてはめっちゃくちゃ付き合いたいんですけどね……」


 ——二言はなくても未練はタラタラだった。だ、ださすぎる。

 草城風寺さんは驚いた顔で俺の方を見た。


 俺は続ける。


「……でも付き合うってなったら、その期間は草城風寺さんは他の誰とも付き合えないわけじゃないですか」

「他の方と付き合おうとなんて思いません」


 彼女は目に溜まった涙をハンカチで拭きながら、決意のこもった瞳をこちらに向けてくる。

 くそぅ、なんで俺はこんなかわいい人を振ってしまったんだ。


「そ、それでも自分なんかがその機会を奪ってまで草城風寺さんみたいなかわいい人を拘束するのは、こう、なんというか、ダメな気がするんですよ」


 語気が弱くなってくる俺。どこまでもダサい男だ。

 だが最後まで言い切るしかあるまい。


「それに自分はまだ草城風寺さんのことをよく知らないですし、草城風寺さんも……もしかしたら俺のことを知ってくれてるのかもしれないけど、もっと慎重に決めた方がいいと思うんですよ」


 高校2年生。これから受験勉強がどんどんハードになってくることを考えれば、青春の最後の1年だと言っても過言ではないだろう。

 そんな大切な時期を俺のような人と付き合って棒に振ってしまっては、彼女だって後悔をするに違いないのだ。


 だから俺という人間を知ってから告白してくれるのだったら、俺は両手を上げてバンザイバンザイワッショイワッショイ祭りじゃー、と付き合うことができるし、そうでなければ告白を受けるのは気が引ける話だった。


「わかりました」


 草城風寺さんは俺の言葉を最後まで聞く深く一回だけ頷いた。

 

 そして運転手さんにはっきりと聞こえる声で言った。


「このまま二上さんの家に向かいましょう。私の覚悟を知ってもらうには、そっちの方がいいですね」

「——え?」


 俺のこの行動は、草城風寺さんの決意をさらに強くさせてしまっていたらしかった。

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