独占欲が強すぎるカノジョ

横糸圭

第1話 やばいやつが転校してきた

 うちの高校は偏差値が高い。

 血を吐くようなレベルの努力をして入ってきた俺が言うんだから間違いない。


 だから転校生なんて滅多なことがない限り来ない。

 編入試験はレベルが高く、それを突破できるだけの学力がある人間は高校入試の時点でうちを受けるか、あるいは元から学力の高い高校に行っている。


 しかしもうすぐ夏休みに入ろうとする高校2年生の時期に——やつはやってきた。


「東京から来ました、草城風寺そうじょうふうじべにと申します。草城風寺が苗字で名前が紅です。苗字は長いので、みなさん気軽に紅と呼んでください」


 第一印象で感じたのは、その気品。

 生後1秒で礼がなんたるかを熟知したのではないかと思うほどの丁寧なお辞儀。


 それから見た目の美しさも目に留まる。

 鳳凰のように長く広がった黒髪は一本一本がエリクサーの原料になりそうだ。

 化学式はU2Cu4Iだと思う。きっとそうだ。


「お、おお……」

「なんつーか、美人……」


 クラスメイトが彼女のことを美人だと形容する。

 たしかに、美少女というよりは美人と言われた方がしっくりくるな。というかもっと端的にモデルと言っても差し支えない。


「じゃあ草城風寺はあそこの席な」

「はい」


 彼女が動き出すとそれだけで周りの時間が止まったような錯覚を受ける。

 そして近くに来ると、さらに顔の細部まで見えてくる。が、どこにも歪みは見当たらず、シミも一つだってない。


 さらに近くになるとその切れ長のまつ毛が……って近く?


「お隣よろしくね、二上にかみくん」

「えっ、ああ」


 がらっと俺の隣の席に座る草城風寺。こちらににこりと微笑みかけて、綺麗な所作で椅子に座った。


「……」


 思わず呆気に取られる。

 骨抜きにされたというのは、まさにこのことだ。


 え、なにこの人めちゃくちゃ可愛いんですけど。隣の席からとんでもなくいい匂いがするんですけどふわふわするんですけど。


「あ、そういえば」

「ん?」


 俺が下品レベルの感想を抱いていると、ふと彼女から声をかけられた。


 何かと思ってじっと観察していると、草城風寺は慌ただしく鞄を探る。

 と思ったら、中からピンク色の封筒が出てきた。


「これ、受け取っていただけますか?」

「————え」


 まだクラスメイトの注目が集まっているところだ。

 そんなところで、ら、ラブレターを……。


「駄目……ですか?」

「いや、え、あの」


 頭の中は混乱パニックだ。かの日本史で有名な平沼騏一郎という総理大臣も、ドイツとソ連が独ソ不可侵条約を結んだと聞いた時は同じように混乱したに違いない。

 女子の心は複雑怪奇である。


「嫌でなければどうぞ受け取ってください」

「あ、えっと、気持ちだけでも……」


 テンパって変なことを言ってしまった。ラブレターは気持ちを受け取るためだけのなのに。

 しかし草城風寺さんはふふふっと笑う。


「本当に面白い人ですね」

「いや、えっと、それほどでも……」


 そして俺はおずおずと彼女からのラブレターを受け取った。


 まさか人生初のラブレターがこんな美人からもらえるとは思ってもいなかった。

 俺の生涯で一番幸せな瞬間ではないだろうか。


「中身を見ても?」

「もちろんです」

「それじゃあ失礼します……。えっと……」


 閉じ口のシールを丁寧に剥がすと、中からは白地の紙が一枚。


『放課後、正門でお待ちしております』


「うっひょぉぉぉおおおおっっっっっ!」

「二上うるさい!」

「あ、すんません」


 間違いなくテンションが一番上がったのは、この瞬間だっただろう。

 あとになって、間違いなくそう思った。


「——そういや、なんで俺の名前を知ってたんだろ」


 細かい疑問は浮かんだが、それを吹き飛ばすくらいの興奮が俺を支配していた。

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