第50話 九十九ノア
あっという間に今日の練習が終わった。
みんなが汗を流しながら練習している中心でボールをパスするだけの仕事だったが普段やらないことができて満足だ。
「ありがとう天道くん、やっぱりサポートがいるといないとじゃあ練習効率が倍違うよ。俺たちのプレイを見ていて何か気づいたことはあるかい?」
「シュートの精度が上がってきてる。けど、試合はシュートだけじゃないだろうから、ドリブルやパスを混ぜたシュート練習もしてみたらどうだ?」
「なるほど~! それはいいね」
「黒牙、オレの頼みも聞いてくれないか?」
オレは昨夜に決まった休日のお茶会のことを黒牙に話した。
「ああもちろんいいよ、けど俺は彼女たちと接点がない。話のテンポが悪くならないか?」
「1Dリーダーである黒牙がいくことに意味がある」
「そんなリーダーじゃないよ、」
「いや自信を持て。実は、オレの方が気まずいんだ」
弱音をこぼして少し強引に黒牙を誘うことに成功した。
「ちょっといいか天道」
体育館を出ようと外履きに足を伸ばそうとした瞬間に後ろから夏目にワイシャツを掴まれた。
「どうした夏目?」
「俺は黒牙チームで頂点を目指すと言ったのは覚えているか?」
クラス対抗試験終了時、船上での会話を思い出す。
「それがどうかしたのか?」
「練習に手は抜いていないし、山下を含め、チームみんなを信用している……」
下向きな顔。鈍感だと言われがちなオレでも心配事があるということはすぐに分かった。
「なあ、天道。もし俺が上にあがるのが怖いといったら、その……」
「怖いのは普通だろう」
「!」
「みんなで横一列で上に行くわけじゃない。誰かが上に行くということは誰かが下に行くってことだ。それにもし、黒牙チームが勝ち進んだ場合……1Dでゴールドクラスを保有するのは夏目だけになる。全員から狙われる恐怖があるのは当然のことだろう」
「……そうか。そうだよな」
「だが、この学園での頂点はゴールドクラスってわけじゃない。もちろんゴールドクラスは凄いことだがな。ちょうどこの間の改革で生徒全員の目線は十探帝に向いてる。過度な心配は十探帝の上に行ったときにでも考えようぜ」
「ああ!」
らしくないようなことを言ったなと、隣に久遠でもいればそうツッコまれただろうか。
……今は1Dの地を固める必要がある。
ついでだと思い、夏目にこちらの相談も聞いてもらうことにした。
「夏目は好きな人とかいるか?」
「は!?!?」
いつもの3倍は高い声で驚いた顔をしている。
「いやぁすまない、いきなりこんな事聞いて」
「い……いやぁ、珍しいなと思っただけだ。こちらこそすまぬ、女みたいな声を出してしまって」
いや、普通に女の子だろ。
「1Cの九十九ノアってやつのことについて知りたいことがあってな。何か好きなものとか性格とか知ってるか?」
「天道はそいつのことが好きなのか?」
「いや、まだ何も分からない。久遠に頼まれてって言ったら怒られるだろうが、まあ複雑だ」
「そうだったのか……」
「……?」
いまいち会話になっていないような気がしたが、どうやら夏目は九十九ノアのことについては何も知らないらしい。
飾に言われた通りに、お茶会で見極めるしかないかな。
◇
お茶会当日。
寮エントランスから誰かの冷ややかな視線を感じたが、なんとか黒牙と喫茶店前で合流できた。
飾からはメールで既に店内で待っていると送られてきた。
カラン、カラン
奥の席に案内されると、飾と九十九がちょこん座っていた。
「唯人、やはり1Dリーダーの黒牙颯太くんを連れてきたね」
「どうも……クラスのリーダーではないですけど、黒牙です」
「私は1Aリーダーの天道飾。こちらは1Cリーダー、九十九ノアちゃんね。まあ、仲良くしましょ」
柄にもないことを……。まあ、今回ばかりは助かってるが。
「オレは天道唯人。九十九さんはほぼ初対面だな。よろしく」
休みの日もかしこまった服で来るような気がしていたが、九十九はフリルの可愛らしいワンピースを着こなしていた。
「私が選んだの、ノアちゃんの服。可愛いでしょ」
お前の仕業かい! とツッコミを入れそうになったがなんとか堪える。素直に可愛いと思ったからだ。
「緊張してるの? ノアちゃん」
飾が下を向いている九十九の顔を覗き込む。
そういえばまだ今日、一言も声を聞いていない。ワンピースの裾をぎゅっと握りしめている。1Cリーダー兼十探帝ってだけでも凄いプライドの高い者だと勝手に思っていたが、違うのか? 裏切り者の後ろ盾という予測は的を外れたか……。
「飾……」
低く、か細く、そう言うと、今度は飾の耳元でコソコソ話をするようにさらに小声で何やら話している。
「…………って」
「よかったね、唯人」
「?」
今度は黒牙がオレに向けて小声で「俺ここに居るのか?」と心配そうに聞いてきた。
安心しろ黒牙。オレも今この空気が良く分からない。
「まずは紅茶でも頼もうか……?」
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