第45話 これまでとこれから
父親の姿と同時に決して楽しいとは感じられない、過去の断片的な記憶が蘇った。
「もう反抗期は終わりにしてくれ」
「オレはまだここに用がある」
この学校に入学する前、簡単な別れの手紙を置いたつもりだったのだが……あれだけでは説明がついていなかったらしい。
『春から事務所を離れて、名探偵育成高等学校に入学する。あんたの探偵を否定するつもりはないが、他の探偵がどんなものなのかを知るためにそうすることにした。このまま世界を知らずに跡取りになることはできない。』
「もう結論は出ただろ? 探偵は絶対悪に勝たなければならない。勝つためには私の教育、やり方が最適解だということに。聞いたぞ? 現にお前は私の教えどおりに勝ち抜いてきたらしいな」
「聞いた? 先生にか?」
「すぐに知りたい情報を求めるなと言っただろ。名探偵ならば自分で求める真実に辿り着けと」
悔しいことにこの人にはそれなりの権力がある。オレの行動は全て学校を通じて把握していても何らおかしくない。
だが、こちらにもまだ使える手札は残ってる……。
「天道家も必死だな、オレが跡取りにならないという情報が大目付にでもバレたか? 影武者……いや、養子として強引にあいつを立てたんだろ? そして、オレこそが
今の言葉で上から押しつぶされるような圧が少し和らぐかと少し期待したが、一切の曇った表情を表に出さなかった。
「何を勘違いしている唯人。飾はお前と同じ、例の育成の生き残りだ」
この人の名探偵教育は人が侵してはいけない領域にある……。オレのほかにもまだ生き残りがいたのか。
「あの腕や足のケガは何だ?」
天道飾は出会った時からずっと腕や足に注射痕や痣のようなものが多数存在していた。人の体のことを気安く聞くのはどうかと躊躇したが、因果関係が必ずあるはずだ。
少しの沈黙の後、ゆっくりと口を開いてこう言った。
「最高傑作だよ、彼女は」
普段見せない不気味な笑顔が手の届かない心の奥底にグサりと刺さった。
「もう帰ってくれ、あなたの話にはいつも人権が感じられない。オレは新しいやり方で、この学校で勝ち続ける」
「必ず限界が来るぞ。飾と対する時、お前の奥に眠るモノは私の探偵理念を呼び起こす。幼い頃に形成された人格は100%揺るがない」
「ッ―――――――」
…………。
「揺るぎますよ、お父さん」
振り向くとそこには黒澤先生の姿があった。
「唯人の担任の先生か……探偵を辞めて学校の先生などになった君がこの私に意見するか」
「俺のクラスでは生徒一人一人の意見を大切にしてるもんでして……。高校生なんてまだまだ子供、幼いでしょう? 探偵ってのはひとまず置いといて…………将来どんな大人になるのか、どんな意見を貫くのか、夢は? 目標は? そーゆーの全部考えるのが学校なんですよ。揺るいで、迷って、間違って……人ってのは成長するんです」
いつものだらけきった黒澤先生とは打って変わって、ここぞとばかりは頼れるかっこいい先生そのものだった。
これ以上の議論や説得は無意味だと悟ったのか、荷物を持って教室を去っていった。
難は重なるとよく聞くが、今回は本当にそうだった。
借りがまだあったとはいえ、今回は黒澤先生に感謝だな。あのままだとオレは退学を強制させられていたかもしれない……。
「あぁ~~~、気まずかった……」
黒澤先生は父の姿が見えなくなったと同時に疲れた表情を見せた。
「すみません。家の問題を学校に持ち込んでしまい」
「それはいい、話は最初から聞いてた。1Aの天道飾のこと、どうするつもりだ?」
「また考えておきます。今は1D……チームのことですね」
「……そうだな」
◇
遠い昔、成長とは何かを考えたことがある。
人は皆、例外なく成長をしているが、自身が成長していると実感する為には周りの誰かを自分以下の成長だと決めつける必要があり、その錯乱した成長で人は自信に充ち、生きる糧とする。
当時のオレはこれが世の、自分の真実として答えを見出した。
そして、父さんは『成長とは一喜一憂。完璧を目指せない敗者の言い訳』とオレに話した。
おそらくこれからの言動に特に大きな変わりはないが、理念が固まった。
オレは過去の自分とは違う感情を心に宿した瞬間を成長というのだと思う。
そう。成長無き未来に、名探偵の影はないと―――
(5章終わり)
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すみません、これが5章最後の話としました。話的にお父さんのキリが悪いと思ったので、。
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