第42話 合否発表

それから日曜日、月、火、水、木と初日とさして変わらないプラティカル・エールの日々が続き、天音さんが最初に設けた最終日となった。


「研修中にでかい事件は起きなかったが俺たちにとってはこれ以上ない嬉しいことだ。依頼は助かった。お疲れ様ってやつだ。さて早速だが合格発表と行こうか」

事件も無く、犬の散歩などの軽い依頼をオレと千藤はこなしてきた。

可もなく不可もなしでプラティカル・エールは合格と思っていた……が、


「翼ちゃんは合格! 帰っていいぞ。学校行きのタクシーを呼んである。天道くんは延長ってことでもう少しのお付き合いだ。以上! 合格発表終わり! あっ! 翼ちゃん、表の駄菓子で好きなの持ってっていいぞ」

「え……天道くんは何で延長なんですか……? 天道くんが終わるまで私も一緒に、」

「それはダメだ、ここでは俺がルールなのよ。そう学校から言われてる」

「そんな……」

失格ではなく延期、か。何かが足りなかったのか。オレと翼で何が違う……?

「大丈夫だ、翼。後はオレ1人で頑張るよ」

「そうだ! 安心しろ。悪いようにはしない」


オレはどうしてだろうとこれまでを振り返った。天音さんと会話をしたのはほとんど食事の時と朝か夜かだった。何をもって採点しているんだ。


「何で優秀な俺が……、って顔だな」

天音さんは翼のタクシーを見送り終わったオレの隣に立った。

「オレは何が足りなかったんですか?」

「燈火から聞いたぞ。成りたい探偵像みたいなの?」

「そうですか。オレの掲げる探偵は間違ってるんですか?」

「俺は掲げる探偵はみんなそれぞれでいいと思ってる。ただ奥底にあるモノはみんな同じだとも思ってる。平和が一番、事件がなくなったから探偵はもう要らないと町のみんなに言われたら俺は喜んで探偵を辞められる。天道、お前からはそれが感じられなかった。俺はまだ学生だし、迷いながら自由に考えろって感じだったんだけど燈火がな……」

「ダメって言ったんですか?」

「まあ……何か考えがあるんだろう。必要なのは対話、だろ? 行って来い」


天音さんに背中を押されて2階に居る燈火さんのところに行った。珍しく1人で座ってなにやら紙を見ていた。


「何見てるんですか?」

「ああ、これは爆弾の設計図だよ。時限爆弾の」

「? 冗談ですよね」

「冗談ではない。勘違いしてるようだがこれはいわゆる護身用というやつだ。誰かを傷つけるためのものではない。1週間も優しいお姉さんを装うのは疲れてな。もう素で行こうと思う。生憎ここにはプラティカル・エールを合格できなかった落第生しかいないからな」

「人と関わるのをあまり好まないってことですよね。これまでの振舞いや言葉も噓偽りだったかもしれない……、ならオレも適当に合格させてここから追い出せばよかったんじゃないですか?」

「昔ならそうしただろうが、私も純に毒されたようだ。前にお前は私に似ていると言ったな? あれは本当のことだ」

「人を信用しない、ですか?」

「そうだ。自分だけの技を磨くこと、任務を優先させること、人を信用しないこと、これは私があるに属していた時の三原則だ」

「組織……? それはまさか23区などでよく言われている犯罪組織ですか?」

「詳しくは言えない。今思えば正義を語るだけの犯罪組織だったのかもしれないがな……。私はそこを裏切って駄菓子屋探偵、天音純のところに居候している」

真剣な表情で燈火さんは自分の過去を話してくれた。

「記憶が微かにある。生まれた時から私は組織にいた。どこで生まれたのかも、親すら知らない、自分の名前すらなかった。組織では英才教育を施された、組織に必要な技術を学ばされた。私の場合、爆弾だ。作り方から処理の仕方、人の殺し方まで。様々な任務をこなした。二十歳を超えて自分にはそれしかないことに気づいた。そしてある雨の日。私は組織を抜け出した。自分の未来の空白さを想い、死を選んだ」

「じゃあ、天音さんとはそこで出会ったんですね」

「そうだ、ある事件に巻き込まれた私を体を張って助けてくれた。正義のために作っていた爆弾がその事件の犯人によって使われていた。おそらく闇取引だろう。純からは信じることで湧き上がる生きる希望と燈火という素敵な名前をくれた。人は変われるんだと初めて思った」

「そんなことがあったんですね……」

「悪かったな天道、つまらん過去の話を長々と……そしてこの話するためにお前を呼び止めてしまった。お前も私のようになれとは思っていないし、道は自分で決めるべきだ。ただ誰も信じない道の先には何も残らない。それだけを心にとめておいてほしい」

「ありがとうございます。とても参考になりました」


話を終えたオレは天音さんのところに報告しようと階段を降りると、つけっぱなしのテレビと乱暴に開けられたドアがあった。

後ろから燈火さんがテレビを指さした。




「見なよ、天道。だ――」

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