1章:名探偵育成高等学校へようこそ
第1話 入学式
不安と期待の入学式。
生徒会長やその他諸々のお偉いさんのお話を聞き流し、オレは教室に向かう。
不安と期待? 冗談じゃない。不安しかないだろ。これから教室に入ればきっと自己紹介が待っている。たかが数秒程度の挨拶だと陽キャと呼ばれる連中は思っているのかもしれないがな。これが上手くいくかどうかで今後の3年間が決まると言っても過言じゃない! オレはコミュニケーションは苦手だが不自由のない程度に友人は数人欲しいと考えている。落ち着くんだオレ……イキりすぎず、つまんなすぎず、だ。
「席自由」と書かれた貼り紙を見て、オレは窓際奥の席に腰かけた。すでに他のクラスメイトは数人のグループに分かれて何やら世間話をしている。
出遅れたのか? 自己紹介は担任が来てからじゃないのか? 脳内をフル回転させ今目の前で起きていつ状況を整理する。
「オレの3年間、オワタ―」
机に突っ伏しながらオレは心の声が漏れてしまっていた。
「独り言かしら。あなた、この学校向いてないんじゃない?」
ドキっと体を起こす。声の方を見ると隣の席の、何やら賢そうな本を手にした女子が冷たい目線だけがオレに向けられていた。
「向いていない?」
「そうね」
「コミュニケーションが苦手な奴はそもそも学校に向いていないと言いたいのか?」
「そう受け取ったということはあなたはコミュニケーション苦手なのね。まあそれは自明だったのだけれども」
「?」
透き通った白い肌、黒髪ショートカットの彼女にどこか懐かしさを感じつつもオレと同等かそれ以上に会話に優しさが無いように思えた。
「名探偵育成高等学校。それがこの学校の名前。知ってた?」
「知ってる。分かってる。探偵を目指すものなら個人情報が洩れるかもしれない独り言は危険。そういうことだろ? オレは
「
彼女は前髪をつまみながら小さな声でそう呟いた。
「ん? 久遠、、なんだ? 下の名前は?」
「一花……。下の名前では絶対呼ばないで。馴れ馴れしいのは勘弁だから」
可愛い……。これからの高校生活、まだ捨てたもんじゃないと思っていると教室前のドアから先生らしき人物が入ってきた。わいわいとしたクラスがまた先ほどの入学式のような緊張感に包まれ、世間話をしていた生徒たちすぐさま席についた。
ボサボサの髪に無精髭、ヨレヨレの服装のその人物は教卓の前に立ち、自らをこの1Dクラスの担任の
「3年間よろしく頼むよ。それと1Aから1Dのクラス分けは入試試験を参考に成績順にはしていない。ま、まだ始まったばかり……気楽にいこうや。前から資料を受け取った者から寮に帰宅。明日からの高校生活を整えろ。必要なものはこの学園内の施設で調達できる。この学生証電子手帳でな」
オレは電子手帳をポケットから取り出して起動させるとそこには「10000」と表示されていた。
「この数字はだな、要は電子マネーだ。今月1万円。これで生活してもらう」
まわりの生徒からは困惑が感じ取れる。
「いいかお前たち、探偵とは何事にも頭を使う生き物だ。よく考えろ。この学園が持つ敷地には政府が用意した様々な施設がある。カジノとかな……ハハッ。運が良ければ増やせるかもナ」
この先生もしかしてヤバいのでは? その格好でその台詞は重度のギャンブラーなのでは? ここは本当に名探偵を育成する学校なのかと全員が疑うと同時にオリエンテーションは早々と終わってしまった。
教室を後にしたオレは寮に戻る前に食材を買いにスーパーへと足を運んだ。どうやら寮には生活用品などは全て揃えてあるらしく、買う必要があるのは食べ物以外ほとんどないらしい。
「1万円生活ってやつか……」
オレは棚に並んでいる中で一番安いものを選んではカゴに詰めていく。
「バカね」
急な久遠の声にまたもや驚かされる。
「久遠……お前ついてきたのか?」
同じようなスーパーは敷地内に数か所ある。そんな中で同じスーパーでこうして出会ったのはたまたまには思えなかった。
「そんなわけないでしょ、私達のクラスの寮から一番近いところを選んだだけよ。そんなことよりそれ、やめた方が良いわよ? ジャガイモの芽が出てる」
「あっ……ほんとだ。ありがとう久遠」
「いっ、いちいち名前呼ばないで良いから!」
「苗字だぞ?」
「うるさい」
照れてる表情もなかなか可愛い。
「にしても変ね、この学校設備はどれも最新、施設も娯楽を含めて充実しすぎている。なのに月に1万は割に合わないわ」
「黒澤先生が言ってたろ? 考えて使うってのが探偵には大切みたいなことを」
久遠はその場の棚に沿うように歩いて、何かを探しているように見えた。
「このスーパーもか」
オレは久遠の行動を真似るようにそのスーパーの違和感を探していると肩が頭に当たってしまった。
「ちょっと、気を付けなさい……」
「わるい。教えてくれ。何が変なんだ? このスーパーもって」
彼女は指を目の前の商品を指した。
「全ての商品に値段が書かれていない」
オレはその言葉を聞き、他の棚も全て確認したが言う通り値札がなかった。最新の自動会計機に循環ロボット、自動空調システム。さらにこのスーパーには店員も居ないことに2人は気づいた。
まじか……。見たことないメーカー……。いや、この学園独自のもの。しかし、これまでの経験上、だいたいの値段は分かる。
だが、ここは名探偵育成高等学校。考えなければならない。深く。鋭く。
「久遠、まだ何も会計通してないよな?」
「ええ。まさか、何か1つ実験的に会計するつもり?」
「ああ、なるべく一番安いものをな」
「危険よ! もしそれが異常な価格設定だったりしたら……。それに価格がバラバラでそれを基準にできないかもしれない……」
「そうだな。だからオレはやらない」
「!?」
「誰かがやるまで待つか何か条件を交換して無理やりやらせる」
「なるほど、それで入学したばかりの私達が誰にそれを? 見たところ天道くん、私以外と話している様子はなかったようだけれど」
オレは先ほど受け取った資料をめくり、あるページを見せた。
担任の連絡先。生徒が困った時は先生に助けを求める。それはこの学校でも通じるのか分からないが試してみるか。
連絡は繋がり、黒澤に資料で分からない事があると伝え、オレと久遠は教室に向かうことになった。
「失礼します。天道唯人と久遠一花です」
久遠は自分の名前もオレに言われたことに怒ったのか肘で横腹につついてきた。
「天道、それに久遠か。俺もお前ら以上に新学期始まったばかりで忙しいんだ。質問は? さっさと答えてやる」
「スーパーやその他の店で値札が無いのは何故?」
「黙秘させてもらう」
久遠の質問に黒澤は薄ら笑いを浮かべて答えなかった。
「では取引をしませんか?」
「……ほう、気づいたか」
オレは電子手帳に書かれたルールを黒澤に見せた。
金額は増やすことも可能であり、受け渡しも可能。
「一番下に書かれたこれはつまりそういうことですよね? オレはその情報開示にこのマネーを使います」
「それは取引ではなく、理想だ。先生のオレが同意すると思ったのか?」
「お金、欲しくないんですか? ギャンブラーなんですよね。そしておそらくですが、先生たちもこの電子マネーで政府から給料が支給されている。この学園施設はいわば鎖国状態の上に現金は使えない」
「ああその通り。だが、俺がいつ金に困っていると? どういった推理だ?」
「推理するまでもない……。ギャンブラーは儲からないですよ……」
黒澤は目を丸く、初めて知ったかのような驚き方をした。
この先生……本当に探偵か? 動揺が顔に出すぎだろ……。だからギャンブル負けるんだよ。
「ま、入学初日だ。可愛い生徒の要件を呑んでやるよ」
「じゃあ、500円でお願いします」
「3000円だ」
「1000円」
「2500でどうだ!!」
「1500円」
「2000!!!!」
「いいでしょう、買います」
「ケバブの買い方か……」
久遠は隣でと呆れていた。
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