白鶏冠(しろとさか)
北緒りお
白鶏冠(しろとさか)
むかしむかし、さらにそのむかし、鳥といえば、皆同じ格好で羽の色も鳴き声もまったく同じなのでした。
けれども、果物や木の実がだんだんとと増えていく中で、甘い実が好きな鳥、堅い実が好きな鳥、甘い蜜が好きな鳥、とだんだんと分かれていき、高いところに実を付ける果物が好きな鳥は高く飛べるようになり、花の蜜が好きな鳥は蜜を舐めすぎないように体が小さくなったりとして住むところも分かれていったのでした。
鶏もそうやって分かれていった鳥の仲間で、はじめは木の上に暮らして、けれども食べ物は地面に探していくという暮らしをしていました。
鶏は他の鳥達が高く飛んだり、他の鳥は鮮やかな青や赤、ふわふわの飾り羽を付けたり、尻尾の羽を長く伸ばして見たりするのを横目に、目立たないように土や木の幹と同じような色にし、そして静かに毎日を過ごせるようにとしていたのでした。朝は早くから起きて、食餌も地面をつついて出てきた虫や芽吹いたばかりに柔らかい葉っぱを食べ、太陽がすっかり昇る頃には木の上の休めるところに登り、静かに夜が来るのを待ち、そして夜明けの気配がすると同時に起きだすのでした。体型も地面と木の上を行き来するだけなのでだんだんとずんぐりとし、でも地面の上を歩きやすいように足は太くたくましくなっていったのでした。
鶏が目立たないようにしているのには訳があります。水辺の周りには鰐(わに)がいるのです。しかも、その鰐は鶏が大好物で、どんなにおなかいっぱいでも鶏を見つけると見境なしに食べてしまうのでした。
鶏が水を飲みに行く水場があります。そこで鰐が待ちかまえているのでした。
水の中から飛び出してくる鰐に何羽もの鶏がやられています。いったん水から出てしまえば体の大きい鰐は動きがゆっくりとなり、鶏達は走って逃げてしまえば追いつかれることはほとんどありません。
それでも、真夜中に鶏達が寝ているところに鰐がこっそりと近づいてきて、何羽もやられたことがありました。鰐は足をめいいっぱい伸ばしておなかが地面にこすれないようにし、長くて大きい尻尾も自分の背中に乗せるようにして、音を立てないようにして寝ている鶏を襲ったのでした。大人の鶏は肥えていておいしい、雛であれば肉が軟らかくおいしい。どちらにしても鰐の好物で、昼も夜も関係なく、どんなにおなかが膨れていようと襲ってくるのでした。
それ以来、地面で寝るのは怖くなって木の上で寝るようになったのでした。昼になってもその恐怖はなくならず、鰐に見つからないように過ごすようになったのでした。
静かにしていてもおなかは空きます。それにのども渇きます。水場は新鮮な水が流れ込み、その周りには草花も生い茂り、草や花に集まる虫もいっぱいいます。
鶏質はその生活の中で毎日のように空腹と喉の乾きを我慢して、時折降る雨の日を楽しみにしていました。
雨が降ると思う存分水が飲めるようになるのと、雨の降り始めの頃には土の中の虫達が驚いて土から顔を出すので、食べる物もたくさん見つかるのでした。
その日は、一年を通して一番雨が降る頃だというのに全く雨が降る気配がなく、地面は乾き、草木の元気はなくなり、鶏達も水が満足に飲めなくなっていたのでした。
それでも水場は雨は全く降らないのに少し水が減っただけで、いっぱいの水があったのでした。
水の周りに生い茂る草花は生き生きとし、水辺の柔らかな湿り気のある香りが鶏を誘うのでした。
水場には鰐がいます。水を飲みたたさに近づくと一口で食べられてしまうのです。
水場は小川から流れ込む水がたまってできたものです。けれども、この天気でか細く流れていたのもほとんど見えなくなりました。かろうじて、少しだけ水の流れがあるのか、小川の泥は少しだけ湿っていて、その周りには草花も咲いていたのでした。
青年の鶏は我慢の限界でした。危ないのはわかっていても、少しでも多く水を飲みたい、少しでも食べ物を多く食べたいと思ったのです。
できるだけ水場から離れた、けれども泥の湿り気があり、草花が元気にしているところで、地面をつついてみたのでした。
足の先に感じる泥は、乾いて粉みたいになっている地面とは別物で、そのしっとりと足にまとわりつく感覚も特別で、なにやらうれしく感じたでした。まだ芽吹いたばかりの草をつつくと、柔らかで薫り高く、嘴の中に広がる草の香りが鼻に抜ける瞬間まで、体中の集中力を全部集めて楽しんだのでした。すっかりと平らげ、何となく地面をつつくと虫が出てきます。ミミズもよく太っていて自分の足の指よりも太く、いくらついばんでもなくならないのじゃないかと思ったほどでした。
そして、鶏の頭ぐらいの大きさの小さな水たまりもできていました。そこで喉を潤すと、もう、止まらなくなって次から次へと食べ物を探して進んでいったのでした。
気付けば水場の近くです。
はたと気づいて首を上げると、そのまま水場から離れようとしたのでした。
そのときです。水を持ち上げる大きな音がザンと響くと、なにやら大きな固まりが鶏のすぐ側にのしかかるように出てきたのでした。
鰐です。
水場にやってきた鶏を食べようと、水場の中から勢いよく飛び出してきたのでした。けれども、水の量が減っているからか、目算を誤って鶏にもう少しの所で届かず、尾の羽を少しかすったぐらいで終わってしまったのでした。
鶏は固まっています。逃げようと思っても、体がこわばって動けずにいるのです。
鰐はその様子を察したのか、食べるために大きな口を開け鶏を食べようとします。
そこで鶏を口をついて、鰐に言ったのでした。
「君は鰐の仲間の鶏を食べるのかい?」
今度は鰐の方が固まる番でした。何を言われているのかわからなかったのです。
鶏は鰐の動きを止めることができたものの、恐怖で全身の羽毛が逆立っています。
鰐は聞きます。
「仲間、なのか?」
鶏は質問されると思わなかったので、たいそう驚きました。喉はからからに乾き、体中から血の気の引くような気分がしています。
「鶏と鰐は仲間に決まってるじゃないか」
鰐はまた考えているようです。鶏のことを食べようとして大きく開けた口を閉じて、空を眺めるようにして思索しているようでした。やっと口を開いたかと思うと鶏に聞きます。
「本当か?」
鶏の真横で大きな顎が動き、そのたびに鋭い歯が見え隠れしています。
歯が見える度に全身の羽という羽に緊張と恐怖の波が起きるようでした。いままで地面と同じような煤けた色だった羽が、いつの間にやら真っ白になっていたのでした。
喉はからからに乾いて、声を出すだけでもやっとなのでしたそれでも何でもないようなふりをして応えます。
「鶏も鰐も卵を生むじゃないか。卵を生んで育てていくんだから仲間に決まってるよ」
鰐はまた考えてます。目玉だけを動かしてあちこちをみたり、まだ水場から出きってない尻尾の先をぴちゃぴちゃと音を立ててみたりして、考えをまとめようとしているようでした。
鰐が何か言おうと口を開くと、鶏の羽にその吐息がかかり、羽先がかすかになびきます。
「そうか、仲間だったのか」
納得したのかはわかりません。けれども、鶏にそう言い残すと水場の中に戻っていったのでした。
鶏は頭の先から尻尾の先まで、それどころか鶏冠まで真っ白になってしまってます。それに喉がからからなのにも関わらず鰐と話していたものだから声だって甲高くなってます。
鶏達が住む所にやっとのことで戻ると、すっかり変わった姿を見て皆は驚いたのでした。
木の幹のような色だったのが、まるで百合の花のようにきれいな白になっています。
やっと落ち着いて皆にこのことを話そうと口を開くと、喉からは今まで上げたことのない声が出たのでした。
コケッコッコー、という声に、その声を出した自分ですら驚きます。
鰐をやりこめたという話を聞くと、皆はまた驚き、そしてその勇気と行動に賞賛したのでした。
ある物は、とっておきの木の実を持って差しだし、あるものは、木の根本で見つけた虫の幼虫を差しだしとしています。
恐怖ですっかりと体中の力を使い果たしていたところだったので、持ってきてくれたご馳走をどんどん食べていきました。
木苺もご馳走の中にあり、その柔らかい果実をつつくと甘い果汁が嘴の中に流れ込んでくるのでした。
あまりのおいしさに出された木苺を全部食べきったときです。すっかりと鶏冠が赤く染まっていたのでした。
それからと言うもの、鰐は鶏を襲わなくなり、鰐をやりこめた鶏は英雄として赤い鶏冠を誇り、勝ったことを毎朝のように思い出しては大きな声で鳴くようになったのでした。
白鶏冠(しろとさか) 北緒りお @kitaorio
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