哀悼
心の土に柑橘の樹の根が深いところまで張っていまして、これがまた気力や希望なども吸い取っていくものですから、私はこの根を枯らしてやろうと思い立ちました。柑橘を過去のたった一部に落としてみせようと意気込みました。世には花咲か爺さんなどという話もありますが、私の望みはそこに花ひとつ咲かないように、そのすべてを亡くすことです。
この根を枯らすためには、幹を切って仕舞いましょう。このかたく厄介な幹をボロボロに切って痛めつけましょう。私が今までつけてきた切り傷より、はるかに痛々しく切りつけます。そして幹から枝にかけて実っていた柑橘はこの足で踏みつけましょう。残った枝葉は燃やしましょう。
「お前はひどいやつだ」
と何度も吐き、根を枯らそうとしました、必死でした。それでも腹の虫はおさまりません。根はなかなか枯れません。ああ何と悲しいことですか、柑橘を傷つけるたび自分のなかの大切な何かが滅んでいく心地がしてたまりません。柑橘の方が正しく見える、この複雑な心境を誰に打ち明けることができますか、この柑橘の樹がなかったら、今の私はどうなってしまいましょう。なくなってしまったら、私もそのまま消えてしまうのでしょうか。柑橘が正しいのでしょうか。
涙が止まらなくなります。涙は柑橘の根に落ちて、吸い込まれていきます。止むことを知らない涙は延々と根に降り続けます。涙は海と同じくらいに塩辛いものですし、塩は土や草をも駄目にします。そんなことにも気づかず涙は根や土にどんどん滲み、柑橘の根はゆっくり萎れて、ついには姿を消しました。
根も草も生えなくなったこの地に残るのは私の体躯のみでした。柑橘はきっと私よりかわいそうな人のところに行ったのだと思いました。柑橘は、かわいそうではない私に飽き飽きしたのでしょう。そのかわり私は柑橘に対してかわいそうと言えましょう、これは本当のことだと思っています。かわいそうな土に寄生する樹木は、もうここには生えないことでしょう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます