虚勢
私、何も知らなかった。気づけなかった。雪那はずっと私のそばにいるって思ってた、この6年間思いこんでいた。雪那も同じだと思っていたのに、私何もわかっていなかった。
ある夢を見た。数日前に雪那が私に笑いかけた。
「結局、貴女は僕が好きなんだね」
悪い微笑みと妖艶な仕草、私に「こっちへおいで」と唆す彼は本当に悪魔だった。抱き寄せられたときの甘い匂いは、確かに私のあげたフレグランスの香りじゃなかった。
その肌は、今誰が触れているんだろう。雪那は誰のものになるんだろう。いつ帰ってくるんだろう。
誰といても忘れられないなら、そのままでいいの。きっと私、忘れたくないんだと思う。この穴を隙間なく埋めてくれるのは多分、この先も雪那しか現れないから。きっとそうよ、これだけ大きくて深い穴、他の誰にも埋められない。
でも多分、雪那はもう帰ってこないし、忘れた頃に連絡がくるだなんていうこともないと思う。女の勘は意外と当たるもの。私がここでお座りしていても、飼い主“だった”人は、私につながっている赤いリードを、もう手に持つことはない。それでいいの。鳴いて鳴いて、喉が枯れるまで鳴いても、その声は彼に届かないから、彼のために鳴くのもやめる。
もう夢に出てこないでほしい。私の生活の中に、思い出したように顔を出すのはやめてほしいの。前を向いて歩きたいのに、前を向くと雪那がいる。目を瞑っても夢の中で私を悪い方に唆して、私のすべてをかき乱すの。悪夢にうなされた後、いやな汗と涙のせいでペタペタと肌に張り付くシーツが、痛いほど悲しくさせる。こんな朝を何度も迎えるのはもう嫌なの。
私、もし他の誰かに恋をしたらどうなっちゃうんだろう。雪那を思い出さないでいられるのかな。重ねてしまったりするのかな。それもまた苦しいから、まともに付き合える日はきっとまだこないんじゃないかな。
貸していたバスタオルを見たとき、今は必要のない長方形の箱を適当なところに隠したとき、通販サイトの購入履歴にあるペアリングが光るとき、私は蛹の中でもがき苦しんでる。この場所で前を向いて歩けないから、違うところに行くわ。蛹の中、蝶になれずもがき苦しんでいる今のこの辛さ、これを栄養分としてすべて取り込んだら、美しくて醜い、真っ黒な蝶が翅を広げて、貴方の知らない誰かの蜜を吸う。それでいいの。それしかできないから。
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