第26話 期待していたら……

 分からない部分が多いせいか、もっぱら妄想に花が咲いてしまうんだけど、最近の妄想では、有り得なそうなのも勝手に思い描いてしまっている。


 もしも、この高校に在学中に、志原君の喘息が完治したり、お父さんの転勤でまた戻って来たりなんかしたらって……

 その時は、私と岸沼君のどちらが、彼の『微笑み係』になるのかなって!


 そんな事考えながら、不気味に思われてそうだけど、1人でニヤけながら教室移動していると、後ろからポンと背中を叩かれた。

 

 この、かなり手の平の重みを感じさせられる叩き方って……

 もしかして……


「綿中、今度の週末の都合の良い時でいいから、家に来てもらえないか?」


「えっ……!?」


 ウソみたい……

 岸沼君から直々にお誘いなんて!


 1人舞い上がりそうな気持ちでいると……


光昭みつあきに、いつ連れて来るのかって、ずっとせがまれているから、頼む」


 そうだった!!

 幸い過ぎる事に、私には光昭みつあき君との約束が有った!!


 決して、岸沼君に望まれてというわけではなく、光昭みつあき君の遊び相手にって事だけど……


 でもまあ、岸沼君だって私達と一緒の空間にいるわけだし、こうして着々と近付いていくのも有りだよね!


「モチロン、OK!」


 時間は、食事時間を避けて、土曜日のお昼過ぎからになった。


 嬉しくなっちゃって、つい、ふたつ返事で引き受けちゃったけど……

 光昭みつあき君って、どんな遊びが好きなんだろう?


 小学校低学年くらいだったら、もうゲーマーになってる?

 私はゲーム系は、全く分からないから、遊び相手になれるかな?


 そして、その当日……

 期待外れだった感じに思われそうと心配しながら、岸沼君の家を訪れた。


「待っていたよ、綿中! 俺、出かけて来るから、光昭みつあきの相手、よろしく!」


 名前を呼んでくれたのは嬉しかったけど……

 ドアを開けるなり、私と入れ替わるように、出て行ってしまった岸沼君。


 えっ、そんなの聞いてない!!


 岸沼君、自分に用事が有るから、私を光昭みつあき君のベビーシッターのように家に呼んだの?


 なんか、ヒド過ぎる扱いなんだけど……


 光昭みつあき君に呼んでもらえるくらい気に入られているって、他の女子に比べて、勝手に優位に立ったつもりでいた私って、バカみたい……

 岸沼君にとって、私は所詮、子守り程度にだけ利用価値の有る女子としてしかみなされていなかったんだ……

 

 「あっ、綿中のお姉ちゃんいらっしゃい!」


 岸沼が行ってしまったショックは大きかったけど、 光昭みつあき君が発した、私の呼び方に吹き出してしまった。


「こんにちは、光昭みつあき君。なんか、その呼び方、長いし、面白いよね」


「うん、少し呼び難かった。お姉ちゃん、下の名前はなんていうの?」


 光昭みつあき君に聞かれたけど、あまり無い名前だから、子供相手には余計に言い難い。


季里きりっていうの」


「キリ? 何だかチーズみたいな名前だね」


 小中学校の給食で、そういう名前のクリームチーズが出て、その度にからかわれていたのを思い出す。


「うん、変わっているでしょう? だから、ホントは名前言いたくなかったんだけどね……」


 それでも、岸沼君の幼い頃を連想させるような顔立ちをした光昭みつあき君と話していると、何だか、その時代に岸沼君と同級生だったら、そんな反応をしてそうな想像が出来て楽しい。


「でも、僕は好きだな、その響き! お姉ちゃんのこと、キリちゃんって、呼んでいい?」


「うん、いいよ!」


 そんな風に呼ばれるのって、久しぶり。

 光昭みつあき君が、そう呼び続けてくれているうちに、岸沼君も、弾みでもいいから呼んでくれると嬉しいんだけど……


「キリちゃんは、やっぱり、みよしさんとは違ったんだね」


「えっ……? うん、みよしさんは、もう転校してしまったから」


 今もまだ、光昭みつあき君の口から志原君の名前が出て来るなんて思わなかった。


「でも、お兄ちゃんとはよく電話で話しているよ」


 そうだったんだ……


 転校したら自然消滅かなって思っていたのに、連絡取り合っているんだね。


 光昭みつあき君を通じて、こんな事を知らされて……

 嬉しいんだけど、なんか複雑……

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