3-4
神の悪意には気が付いた。おそらく、真実らしいところには辿り着いた。ほぼ間違いはない。
自分のことを褒めたくなる。見事だとしか言いようがない。
さて。だから、なんだというのか。
神と人間という立場が入れ替わったわけではない。何をされるのか分かったものではない。今の状況は依然変わりない。
何をするべきか。
私とモチ、そしてアール。三人の未来を守るために必要なことは何なのか。
有利な点はある。
ティクヴィは、資料の紛失をしたのは人間側であり、人間側はその偽りの落ち度を信じ込んでいるはずだと思っている。だからこそ、強気な態度に出ても問題がないはずだと高をくくっている。
そこを突くしかない。
私もモチもアールも、神様が大嫌いだ。横柄で、大雑把で、高飛車で、扱いにくいことこの上ない。しかし、もしかしたら愛せるようになるかもしれない。
ここで、勝つことができるならば。
「ティクヴィ様、すみません。もしかしたら、私はその資料を見たことがあるかもしれません」
ティクヴィが一瞬ひるんだのが分かる。資料など送付していないから想像の範囲外の言葉に驚いたようだ。
モチが顔を輝かせながらこちらを見てくる。
ここが重要だ。
顔は真剣そのものにして、モチの目を見つめて、またすぐに視点をもとに戻す。
気づいてくれ。
この会話の意味に気付いてくれ。
「その転生対象者の特徴について教えて下さいませんか。文言から資料の場所が分かるかもしれません」
「はぁ。いや、お前」
「お願いします。資料の場所を思い出せそうなんです」
「今更、資料の場所を思い出したって、転生できねぇんだからしょうがねぇだろ」
そう、その通りだ。
それが言いたいんだよ。
それをモチに伝えたいんだよ。引っかかったなバカが。
「いえいえ、まだ間に合うかもしれません。もしかしたら誰かが見つけて、渡してくれるかもしれません」
くらって死ね、このクソ乳首神。
ティクヴィが首を傾げて私のことを睨む。
その瞬間。モチが走り出す。
部屋の扉を開けて、廊下へと飛び出していった。
よし、伝わってる。愛してるぞモチ。
私は素早く青いビニールシートへと近づき、一気に取り去る。
アールがそこに現れた。口が少しだけ開いている。覚醒している時よりも愛嬌があるから不思議である。
さて、ここからなのだ。
ここからが本当の正念場だ。
「おいっ、なんだよ急に。とびだしていきやがって」
「こちらがアールです」
私は、まだ寝ているアールを五本の指を揃えて示した。
ティクヴィがアールへと近づく。
「なっ、なんでこんなところにいるんだよ」
「私も誰かいると思ってシートを外しただけなので、分かりません」
「わ、分からないって、そりゃ嘘だろ。お、おぉ。まぁ、いいか。確かに、こいつはアールだな。犯人も見つかったし、これで問題ねぇなぁ」
「今、起こしますね」
私はアールの耳元に口を近づけて、肩を強めに叩いた。なるべく音が出るように、手首のスナップをきかせるような叩き方である。
アールの表情が曇る。瞼が痙攣する。間もなく、開く。
今だ。
「起きるな。顔を右に向けて、気づかれないように署長をここに呼べ」
瞼は開かなかった。
しかし。
目が合った気がした。
私はアールの右手に自分の携帯を乗せた。
アールの手が掴んだのが見えた。
視線の先をアールからティクヴィに変えて立ち上がり、頭を下げる。
「申し訳ありませんでした」
ティクヴィが沈黙する。
状況が分からず、困惑している。
いいんだよ。お前は、それでいいんだ。
そのまま死ね。
「今、思い出しました。アールの机の上にあったティクヴィ様が送付した資料は私がシュレッダーにかけました」
もちろん、嘘だ。
ただし、この時点でティクヴィは、私の嘘を暴くことができない。何故なら、ティクヴィが持っている唯一の手段は、シュレッダーにかける資料などないことを証明する、つまり、そもそも自分は資料など送付していないと告白するしかないからである。
これにより、ここは通過できる。
「おっ、お前っ。シュレッダーにかけたのかっ。てめぇ、ふざけやがって」
「申し訳ありませんでした」
「魂が消失した責任をとらせるからなっ」
そう、ここなのだ。
「そのため、モチには紛失した資料の再送付を天界に依頼しに行ってもらいました」
モチが走って出ていったのは、私の指示の言わんとしているところを理解したためである。
これだけ重要度の高い業務なのだから、再送付の依頼を出せばすぐに行ってくれるだろう。
「この業務は重要度が高いからな。俺が天界に居ない今でも、俺の部下が代わりに新しい資料を作って、すぐに送付してくれるだろう」
ティクヴィは焦っていない。
それも、そうだ。
天界側に、資料を送付し忘れているのではないか、と調査を依頼するのとは違い、資料の再送付依頼は、資料を失くしたのでもう一度下さい、と依頼するだけである。決して、承認経路の確認などをするわけではない。ティクヴィのミスが表に出ることはない。
「ていうか、もう、四時間以上過ぎてるんだから意味ねぇだろ」
そう、その通り。
依然、私とアールとモチが劣勢の状況。
だとティクヴィは思っている。
バカが。ここまでいったら、お前、もう詰んでるんだよ。
喰らって、死ね。
「あの資料には、四時間以内に処理しなければならない、という文言はなかったので、私たちは通常業務と同じ二十四時間以内を目安に進めています」
これが正解。
ティクヴィが目を大きく開き、私を見つめる。
私の意図を分かりかねている。
だろうな。
お前じゃ、すぐには分からないよ。
「俺はあの資料に四時間以内と書いたって言ってんだろ、バカがっ」
「私は見ていません」
「証拠を出せよ」
「シュレッダーにかけてしまったので分かりません」
「じゃあ、嘘だな」
「嘘ではありません」
「確認できる証拠があるなら、依頼でも要請でもして持って来てみろよ」
「では、ティクヴィ様がアールの元に送った資料が通っている承認経路に記録があるので、そこから四時間以内と書かれているか、二十四時間以内と書かれているか文章を確認しましょう」
承認経路を通っているということは、どんな資料があったのか記録があるということだ。それに、天界から来た資料であるからして、承認を行う神様たちは一度でも内容を見ているはずなのである。
しかし、資料は送付されていない。
つまり、文章の内容以前に記録なんてあるわけがない。
今から、承認経路にいる他の神様と口裏を合わせるか。いや、無理だ。ティクヴィは月刊神様の表紙になったせいで他の神様に嫉妬されて面倒だと口にするくらいに鼻につく性格をしている。他の神様が全員、ティクヴィに協力するとは思えない。それに、そもそも神様という存在は、自分勝手で、わがままで、言うことなど聞かないのだ。それは身内に対しても同じである。足並みなど揃うわけもない。
そのことをティクヴィもよく分かっているのだろう。だからこそ、私を見つめたまま沈黙していた。
仮に、ティクヴィが協力しなかったとしても、この問題が大きくなれば調査は行われるのである。もはや、待ったなしの状況。
ここから先のティクヴィの選択肢は二つである。
私の意見を受け入れるか。
私の意見に反論するか。
私の意見を受け入れるなら、私たちが二十四時間以内を目安に業務を処理しようとしていたことに問題がないと認めることになる。
逆に反論をすれば、資料に四時間以内という表記があったことを証明するために、承認経路の調査を受けなければならない。
アールの手が大きく挙がる。
私はアールの発言を促すように手を動かした。
「署長、あとちょっとで来るってさ」
完璧だ。
あちらは神様が一柱。
こちらは、その神様の不正の証拠をつかみかけている三人と、神様が責任を押し付けようとしたら反発すること間違いなしの署長が一人。
最後に神という権力だけでひっくり返されることだけは避けなければならない。そのためにも、精神的優位性を保ち、そして、分かりやすくこの場で示す必要がある。
神は、落下した。
もはや、人間以下である。
ティクヴィが腰に手を当てて、俯いた後に少しだけ顔を上げた。表情は見えたが、どんな感情を示しているのかは分からなかった。
すると、何かが振動する音がした。アールではない、私でもない。
ティクヴィが私を見つめたまま、携帯を取り出すと通話ボタンを押して耳に近づける。
それから三十秒後。
通話終了。
ティクヴィが携帯をしまいながら、出入口に向かって歩き出す。
「たった今、調査部隊が消失したと思っていた、勇者に転生予定の魂を見つけたらしい。せいぜい四時間が限界だと思っていたから、皆、驚いているそうだ。お前ら、命拾いしたな」
私は鼻で笑った。
「お前もだろうがよ」
こうして、すべては終わった。
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