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 偽物の友情は、本物の友情よりも長続きすることが多い。

 そんな言葉がある。

 おそらく損得が明確である方が、お互いが傷つけあわない分、問題が生まれにくいということなのだろう。

 ただ、私は余りこの言葉が好きではない。

 それは、偽物や本物という形で友情の質を評価している点や、長続きという表現で、抽象的な尺度を持ち込んでいる点ではない。

 そもそも、友情などあるのか、ということである。

 そして、もっと言うのであれば。

 友も情けも役に立ったためしがない、ということである。

「まず、先に私から意見を言わせて頂きます。天界からの資料の送付に遅れがでている可能性があると調査依頼を出すべきと考えます。一つは、単純に二十四時間以内に魂が消失してしまった場合は、最悪、懲戒免職も考えられるからです。もちろん、業務を正しく行うという意味でも、そうあるべきだと考えます」

 吐き出す言葉はここまでにしたが、理由は当然もう一つある。

 アールの発言の信憑性である。

 スピード出世、メンバーの選定権限、スタンドプレーのリスクの増大。

 丸々、嘘という可能性が否定できないのだ。

 モチが首を傾げて、小さく唸った。

 何か考えているということなのか、それとも何か考えているふりなのか。

 モチの手が挙がる。

 もう、これは仕組みとして採用されたようである。

 モチがこちらを見る。

 私の役目も私が知らぬ間に決定したようである。

 モチを軽く指さす。

「僕のイメージなんだけどさ。アールって、就職した時、別に出世とか興味なさそうだったよね。それらしく、だらだら仕事ができればそれでいいって感じだったじゃん。確かに、責任感は強かったし、試験も良い得点は取りたいって勉強してたけど、そこまで強い思いがあるようには思えなかったんだよね」

「別に、そんなことないけど」

「そうかなぁ。なんかきっかけがあったんじゃないの」

「誰でも出世したいと思うものでしょ」

「僕だって、最初から出世したいと思っている人なら疑わないよ。アールは、明らかに途中から出世しようとし始めたでしょ。もしかしたら、出世できそうって餌をちらつかされて、それで気持ちが段々と乗って来たってことも考えられるけどさ。なんかちょっと必死な感じもしたんだよね」

「気のせいだって」

「もしかしたら、なんだけどさ。出世したいんじゃなくて、出世しないとヤバい状況に追い込まれてるんじゃないの」

「今、ここで二人を丸め込めなかったら、確かに大変かもね」

「いやいや、そういうごまかしはいいから。僕が言ってるのは、それより前から、おかしくなってたよって言ってるんだよ。そこの話をしてるんだよ」

 さすがヤリモチである。女性の小さな変化に気が付くことにかけては他の追随を許さないのだろう。

 もしかしたら、モチはアールのことを狙っているのかもしれない。モチは昔、アールとするのは流石にないと言っていたし、アールは前にモチはヤリチンのゲス野郎だと言っていた。これでそういう関係に発展すれば、私は二人の関係を一番近くで見ていた観測者になれるだろう。結婚までいけば美談だが、どう考えても無理だろう。いや、結婚して離婚してくれれば、関係性のこじれ具合は最大値まで高められる。二人を死ぬまでいじり倒し、ことあるごとにモチとアールに譲歩させられるカードを手に入れられる可能性だってある。身近に置いておくサンドバッグの数は、多ければ多いほどいい。

 私はアールの瞳を真っすぐに見つめて、できるかぎり真剣な表情をした。

「私とモチは、真実を知りたいんです。そして、アール。あなたのことが心配なんです。同期として、仲間として、いや、共に事件に取り組む戦友として。本当の意味で、あなたの力になりたいんです」

 アールが俯いたまま動かなくなってしまった。

 アールの表情が見えない状態で二分間ほど沈黙が流れた。私もモチも身動きできずに、ただ見守ることしかできない。

 すると、アールの顔から、大粒の涙が零れ落ちていくのが見えた。

 私とモチは驚き、目と目を合わせた。

 この女、泣き落としに来やがった。

「実はさ。さっき、あたし、今度、結婚するって言ってたでしょ。あれ、さぁ」

 お、嘘か。

「結婚相手が無職なの」

 うっわ、ヘビー。

 モチが目を瞑る。

 私は、何度か頷きながら椅子をもって、アールに少しばかり近づいた。

「まぁ、最近はブラック企業に勤めたせいで心を病んでしまう方もいらっしゃいますからね。次の仕事を見つけるまでのリフレッシュ期間だと思えば」

「あっ、あ、あたしの相手、働いたことないの」

 あぁ、そういう系ね。

 はいはい、はい。

 結構、ヤバい奴ね。オッケーオッケー。

「大学の時の御友人であると聞きました。就職活動に失敗して心を病んでしまったとか」

「ざ、在学中は、ず、ずっとパチンコばっかりやっててさぁ。あたしが言っても動いてくれないし。就職活動なんて一回もしたことない」

 ほうほう。そりゃ中々のエリートですね。

 将来有望だ。

「でも、良い所もあるんですよね」

「借金は、二千万くらいあるし。うっ、う、浮気も何度も」

 いやぁ、もう自分の人生じゃないと思うと笑いそうになるな。

「その方と結婚をされるんですね」

「あたしがいないと、駄目な人だから」

 ははっ。

 お前は、駄目な男に引っかかる幸の薄い女の典型的な人生を歩んでるんだな。

 もう、雑な絵でも描いて余白多めのエッセイ漫画とか出せよ。

「あたしが出世しないと、借金も返せないし、将来子どもができた時の養育費も貯められないし、それに」

「それに、なんですか」

「あの人に渡すギャンブルの軍資金もないし」

「それは、別にいいんじゃないですか」

「そしたら、お金をくれる他の女のところにいっちゃうのっ」

 家庭内ホストかよ。

 お前は自分の幸せを諦める根性はあるくせに、不幸の原因を捨てる勇気はないんだな。

「正直、私としてはアールの今後の幸せのために、その方との関係を絶つ、そして、出世に取りつかれた人生もやめるべきかと」

「でもっ、あの人はっ、めっちゃ良い所もあるし」

「例えば、どのようなところでしょうか」

「どうって言われるとあれだけど。その、ほらっ、モチっ、モチなんかよりもよっぽどまともで、ちゃんとしてて、モチと違って清潔感があって、モチよりも女の子の気持ちが分かっててっ、モチみたいに女を舐め腐ってなくてっ、モチみたいに女を論破するのに必死になっちゃうような男じゃなくてっ、モチみたいに女を性欲のはけ口だと思ってなくてっ、あたしが追い込まれてる時はちゃんと味方になってくれてっ、いつもは駄目だけど、ここぞって時は力を発揮して助けてくれてっ、あたしのために体を張ってくれるような、カッコいい人なのっ。モチとは全然違うっ」

 モチが目を瞑った状態のまま口を結ぶ。腕を組んでおり、耐えているというよりかは受け止めているように見えた。

 アールがモチを指さす。

「モチっ、あんたも黙ってないでっ、あたしになんか言いたいんでしょっ。なんとか言いなさいよっ」

「僕ばっかりに言ってるけどさ、ウメハラはどうなの」

「あっちはもっとどうしようもない、クズ人間でしょうがっ」

 あぁ、飛び火してきた。

「私はさきほどの会話でもアールを追い詰めたり、していないのですが」

「あんたは、口よりもっ、目が言ってるのっ」

 うわー、バレてた。

 ははっ。

「そんなことないですよ。一旦、落ち着きましょう。私たちは仲間なんですから」

「あんたが一番、思ってないでしょうがぁっ」

 アールが三回連続で机を強く叩く。見ていて気持ちが良いほどである。

 モチが両手を前に出して目を開き、アールを見つめる。落ち着こうという意味のジェスチャーだろう。

 アールがモチを睨む。

「実は、今まで秘密にしてたんだけどさ。僕は、アールの彼氏さん、いや、アールの旦那さんになる人、知ってるんだよね」

 アールの動きが止まる。

「僕の知ってる限りだと。身長は百八十くらいで、元バンドマンで、フットサルが趣味だったかな。意外と少女漫画が好きで、アオトソラっていう、作者が急逝して打ち切りになった漫画を全巻持ってるはずだよ。料理好きで、パスタとかよく作ってるはず。得意なのはカルボナーラだけど、お店で注文するのは、決まってボロネーゼ。好きなブランドは@GIRDEN」

 アールの瞳が僅かだが揺れている。

「ね、合ってるでしょ」

 嫌な予感がする。

「覚えてるかな。最初の話し合いで、僕には女の子遊びの師匠がいるって言ってたと思うんだけど。実はアールが付き合ってるその人っていうのが、僕の師匠なんだよ。あぁ、その年齢とかは僕と近いんだけど、スキルが高いから周りの人たちは師匠って呼ばれてて、僕もそう呼んでるんだ。で、その人にさ、アールの画像を見せられたことがあったんだよ。もちろん、知り合いだとは言わなかったよ。二人の関係がこじれるといけないから」

 結果、こじれてはいるけどな。

「アールのことATMって呼んでたよ」

 一般的なこじれの三乗くらいになったかな。

「僕、思うんだけど。その結婚もさぁ、色々理由付けて何度も何度も延期してるんじゃないの。もう二回とか三回じゃないでしょ。たぶん、師匠はアールと結婚する気なんて最初からないと思うよ。だから、アールが幸せになる未来なんて一生来ないよ」

 時間ではない、時代ではない、時空が止まるような感覚。

 アールが白目を向きながら、椅子から転げ落ちていく。

 モチが椅子から立ち上がり、アールに駆け寄る。

「うっ、ウメハラ。たっ、大変だ」

 おっとー、ここでレフェリーストップ。

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