雨の日と相合傘

夜桜くらは

私と雨の日

 私は天気予報が雨の日、必ず傘を二本持っていく。天気予報が雨じゃなくても、雨が降りそうな日はそうしている。


 なぜかって……?それは……


「あちゃー……雨降ってきちまったよ……。なぁ、七美。傘持ってない?」


「……あるけど。はい」


「おぉ、さすが!サンキューな!」


 そう言って、私の持ってきた傘をさして走っていくのは『雨池虹輝あまいけこうき』。私の幼馴染みだ。

ちなみに、私の名前は『時雨七美しぐれななみ』。高校一年生だ。



 私と虹輝は家が隣で、幼い頃からよく一緒に遊んだ仲だった。虹輝はいつもドジばっかりで、私はそれに振り回されていた。そしていつも、学校が終わると一緒に帰っていた。


でも、私たちが中学生になった頃、私は虹輝と一緒に帰るのが恥ずかしくて嫌になってた時期があった。だから、別々に帰るようにしていたんだけど……



 そんなある日、学校の帰りに急に雨が降ってきたことがあった。私は傘を持ってきていたから、一人で帰ろうとした。でも、そこで……


「七美、傘持ってきてんの?俺、忘れちまったから、入らせてくれよ」


 そう言って、虹輝が私の傘に入ってきたんだ。


「ちょっと、やめてよ……!」


 私は皆に見られるのが嫌で、抵抗した。でも、その時……


「あれぇ?もしかして二人とも相合傘ですかぁ?」


 そこにいたのは同じクラスの男子たちだった。その声を聞いた他の生徒達も集まってきて、冷やかしてきた。私はすごく恥ずかしかった。なのに虹輝は……


「別にいいだろ。家が近いんだから」


 なんて言って、堂々としていて、全然恥ずかしがっていなかった。逆に私が恥ずかしくなったくらいだ。


 その日から、私は虹輝と相合傘をしなくても済むように、傘を二本持っていくようになったんだ。



 そしてそれは、高校生になった今も続いている。示し合わせた訳でもないのに、同じ高校に通っていて、またクラスも同じという奇跡みたいな偶然が起きた。だから私はいつも、虹輝と一緒にいるところを見られないように気をつけている。


 今日も朝から虹輝と登校したら、「付き合ってるのか?」とか言われそうだと思って、わざと時間差で家を出たのだ。でも結局、途中で虹輝に出会っちゃったんだけどね……。



 それにしても、今日も雨か……。梅雨の時期だから仕方ないけど、やっぱり憂鬱になるよね。早く夏にならないかな〜。そしたら夏休みだし、晴れてる日が多いだろうし。


 そんなことを考えながら歩いているうちに学校に着き、教室に入ると、すぐに担任教師がやってきた。


「みんなおはよう!出席取るぞ〜」


 この人は体育担当の私たちの先生だ。二十代後半の男性教諭だ。

背が高く爽やかな顔立ちをしているため女子生徒たちには人気があるのだが、本人は結婚していないらしく、それが悩みらしい。まあ確かに、こんなイケメンならモテてもおかしくはないと思うけど……。


私はどう思うかって?……私は、先生より……。


「えっと……全員揃ってるか?よし、じゃあホームルーム始めるぞ」


 こうして今日の授業が始まった。



 一限目の授業が終わった休み時間に、私は隣の席に座っている女の子に声をかけられた。


「ねぇ、七美ちゃんってさぁ、雨池君とはどういった関係なわけ?」


 またこれか。最近よく聞かれるようになった気がする。こういう質問をしてくる子は大抵、私と虹輝のことをカップルだと思っている子ばかりだ。


「ただの幼馴染みだよ……」


 私は毎回のように答える。すると決まってこう言われる。


「ふーん……そうなんだ」


 納得してくれたみたいだけど、絶対に信じていないような返事だ。



 正直言うと、私は虹輝のことが好きだったりする。ずっと前から好きだった。

でも……今の関係を壊したくないから告白できないままなんだ……。もし振られてしまったら、きっと今まで通りの関係ではいられないから……怖いんだ。



 キーンコーンカーンコーン……


「はい、それでは終わります!起立!礼!」


「「ありがとうございました!」」


 やっと午前の授業が終わって昼休憩の時間になった。私は鞄の中から弁当箱を取り出した。


「七美、一緒に食べようぜ!」


 虹輝が私のところにやってきた。私はいつも断っているのに、懲りずに毎日誘ってくる。もう諦めればいいのに。


でも……本当は嬉しい。だって……好きな人から誘われたら誰だって嬉しくなるものだと思う。でも素直になれなくて……つい冷たい態度を取ってしまうんだ。


「……私は一人で食べるからいいよ。虹輝は友達と一緒に食べたらいいでしょ」


「俺は七美と一緒がいいんだよ!ほら、行こうぜ」


 ……なんで私なんかがいいの?私は可愛くないし、頭もいい方じゃない。性格は悪いし、運動神経も良くない。虹輝に釣り合う要素なんて何一つ無いのに……どうして?


「七美?行くぞ?」


 そう言って虹輝が私の手を引いて歩き出した。その瞬間、私はドキッとしてしまった。虹輝の手……あったかい……。



 私たちは屋上に向かった。そこは私たちのお気に入りの場所でもある。扉を開けるとそこには誰もいなかった。


「よっしゃ、ラッキー!」


 そう言って虹輝が私の手を離した。私は少し残念に思った。


 そして、二人で並んで座る。……というより、私の隣に虹輝が座ってくるんだ。私はいつもドキドキしている。それを悟られるのが嫌で、私はいつも無表情で黙々とお弁当を食べている。


「なぁ、今日の小テストどうだった?俺全然ダメでさ〜。勉強してなかったからヤバかったよ」


「……そう」


 私はあまり興味が無かったけど、とりあえず相槌を打っておいた。


「七美は?結構自信ある?」


「……普通かな。あんまり出来てないと思う」


「マジかよ!?すげぇなぁ。俺ももっと頑張らないとなぁ」


 虹輝は本当に感心していた。


「……そんなことないよ。虹輝の方がすごいよ。いつも成績上位にいるじゃん」


「まぁ、一応頑張ってるからなぁ。でも、まだまだだよ。もっと上を目指すんだ」


 虹輝は昔から努力家だ。でも、そのおかげで成績は学年トップクラスだし、スポーツも得意だ。だから私は、虹輝のことがすごく羨ましい。


「……虹輝はすごいね」


「そんなことないよ。俺なんて全然大したことないって」


 虹輝は謙遜するけど、私は虹輝がすごくカッコよくて、すごく素敵な人だと思っている。だから……いつか虹輝と恋人になりたいなって思うんだ。


 でも……その気持ちは伝えられないまま、今日も過ぎていくんだろう。



 午後の授業が終わり、放課後になった。私は帰宅部なので、すぐに帰ろうとしていた。


「じゃあ、また明日な」


 虹輝が挨拶してきたので、私は軽く会釈をした。


「うん……バイバイ」


 私は一人で教室を出て、下駄箱へと向かった。

 靴を履き替えて外に出ると、空が曇っていた。雨が降りそうだ。私は傘を持ってきていたので問題ないけど、虹輝は持ってきてるかな……。



 虹輝は陸上部だ。雨が降ったら練習が出来なくなるから、傘を持ってきてるか心配だ。


学校から少し歩いたところで、私はやっぱり気になってしまった。今日も、私は傘を二本持ってきてるから、貸してあげようかな……。仕方ないなぁ……なんて考えて、戻ることにした。



 私は校門まで来たところで虹輝の姿を見つけた。良かった、まだいたんだ。私は虹輝に話しかけようとした。


「虹輝、傘持って来て―――」



 その時、私は見てしまった。虹輝が女の子と楽しそうに話しながら帰っていく姿を。


「……え?」


 私は頭が真っ白になった。そして、その場に立ち尽くした。


 あの子……確か、二組の子だよね。名前は知らないけど、可愛いって評判の女の子だ。虹輝はその子と相合傘をしていた。しかも、すごく親しそうに……。


 私はその場に立ち尽くしたまま動けなくなった。そして、気づいた時には涙を流していた。


「うっ……ぐす……」


 私はしばらく泣き続けた。そして、そのまま家に帰った。



 家に帰ると、お母さんにどうしたのかと聞かれた。でも、私は何も答えられなかった。言えるわけがない。虹輝に彼女がいたことにショックを受けたなんて。私は部屋に戻ってベッドに倒れ込んだ。


「あーあ、やっぱり虹輝には敵わないや……」


 私は虹輝が好きだった。でも、虹輝は私なんかより、彼女の方が好きなんだろうな。その現実を受け入れられず、私は泣いた。



 次の日の朝、目が覚めると外は快晴で、とてもいい天気になっていた。昨日の雨が嘘みたいだ。でも……私の心はとてもどんよりと沈んでいた。


 学校に着くと、やっぱり虹輝と彼女の噂で持ちきりだった。


「ねぇねぇ、知ってる?雨池君と二組の子の噂!」


「聞いた聞いた!相合傘してるの見たって子がいたらしいね」


「え〜、本当だったんだ〜。ショック〜」


「でも、お似合いだよね〜」


 皆、口々にそう言っていた。



 そこへ、私が時間をずらしたから、少し遅れて虹輝が来た。


「おはよう、七美」


 でも、私はまともに顔を合わせられなくて、目を逸らしてしまった。


「おはよう……」


 私は小さな声で言った。


「どうかしたのか?元気ないみたいだけど……」


「別に……。何でもない」


 私はそれだけ言うと、自分の席に着いた。


「……七美、何かあったのか?」


 虹輝が私に声をかけてきたけど、私は無視した。


 それからというもの、私は虹輝と一言も喋らず、昼休憩の時も一人で弁当を食べ、授業が終わるとさっさと帰った。そして、家ではずっと泣いていた。



 そんな日が一週間ほど続いたある日のことだった。私はいつものように一人、屋上に来ていた。すると、そこに誰かがやってきた。


「あれ?先客がいるのか……?」


 声の主は、なんと虹輝だった。


「……」


 私は虹輝を無視して、黙ったままお弁当を食べていると、虹輝が隣に座ってきた。


「……七美、最近どうしちゃったんだよ?ずっと様子がおかしいぞ?」


「……うるさいな」


 私は苛立っていた。今更優しくしないでほしい。惨めになるだけだ。


「……え?」



「もう放っておいてよ!どうせ私は虹輝にとって邪魔な存在なだけでしょ!付き合ってる女の子もいるくせに、幼馴染みにまで構ってこないでよ!」


 私は思わず叫んでしまった。すると、虹輝は真剣な眼差しで私を見つめてきた。


「……七美、お前勘違いしてないか?」


「え?」


「俺は確かに、彼女と相合傘をして帰るところを見られた。でもそれは、たまたま傘を忘れて困ってたところを、彼女に助けてもらっただけなんだ」


 それを聞いて私は驚いた。じゃあ……私の早とちりだったということ?


「でも……どうしてその子と相合傘なんてしてたの?」


「ああ、実は俺が傘忘れてどうしようか考えてたら、彼女が帰り道が同じ方向だって言うから、傘に入れてもらったんだ」


「そっか……」


 私はホッとした。それと同時に、自分が恥ずかしくなった。勝手に嫉妬したり、虹輝に八つ当たりしたりしたから……嫌われたかもしれない。そう思った私は謝ることにした。


「ごめんなさい!私、虹輝に酷いことを言って……!」


「い、いや、気にしてないから大丈夫だよ」


 虹輝はそう言ってくれたけど、私は罪悪感でいっぱいだった。


「本当にごめんね……虹輝」


「いいよ、もう。それよりさ、七美に一つ聞きたいことがあるんだけど」


「何?」



「七美は……俺のことどう思ってるんだ?」


「……!」


 私はドキッとした。まさかそんな質問をされるとは思っていなかったからだ。


「ど、どう思うかなんて……そんなの言えないよ」


 私は顔を赤らめて俯いた。


「どうして?」


「……虹輝は鈍感だから気づいてないと思うけど、私にとっては大切な人なんだよ?そんな人に告白するなんて無理だよ」


「……どういうことだ?」


 本当にこの人は鈍感だ。普通なら気づくはずなのに……。でも、そんなところが虹輝の良いところでもあるんだよね。



「……好きだよ、虹輝。小さい頃からずっと好きだった」


 私は勇気を出して想いを伝えた。これで振られたとしても悔いはない。



 すると、虹輝は私の頭を撫でてくれた。


「ありがとう、嬉しいよ」


「じゃあ……私のこと、嫌いじゃないの?迷惑とかじゃなかったの……?」


「当たり前だろ。むしろ俺の方こそごめんな。七美の気持ちに気づいてあげられなくって」


「ううん、全然良いよ」


 私は嬉しくなって笑ってしまった。


「なぁ、七美は俺のどこが好きなんだ?」


「全部かな」


「おい、即答かよ」


 虹輝は苦笑いしていたけど、どこか楽しそうだった。



「虹輝は?虹輝は私をどう想っているの?」


「俺か……。そうだなぁ……。七美は俺のことを一番理解してくれているから、一緒にいると落ち着くっていうか……」


 虹輝は照れ臭そうにそう答えた。私もすごくドキドキしている。


「それに……七美は優しいから。いつも傍に居てくれるし、たまに見せる笑顔がすごく可愛いんだ」


 私はさらに胸の鼓動が激しくなった。


「だから、これからも俺のそばに居てほしい」


「……うん」


 こうして、私たちは晴れて恋人同士になった。



 それからというもの、私は天気予報が雨でも、傘は一本しか持って行かなくなった。

その理由は……


「七美!俺、傘忘れちまって……」


「仕方ないなぁ……ほら、入っていいよ」


「サンキュー」


 そう言って虹輝は傘の中に入ってくる。そして、肩を寄せてくる。


「ちょっと……虹輝、近いよ」


「いいだろ?俺たち恋人同士だし」


「……うん」


 私は頬が熱くなるのを感じた。


「じゃあ、帰ろうぜ」


「うん」



 私たちの家は隣同士だ。だから、二人で一緒に帰ることがほとんどだ。今では、私はそれが幸せだと感じていた。


「明日は雨が降らないといいな」


「そうだね」


 でも、もし雨が降ったら……その時はこうやって二人仲良く一つの傘に入って帰ろうかな。

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