8月25日

 8月25日、今日はシゲの誕生日だ。すでにケーキは近くのケーキ屋に予約した。シゲが帰ってくる1時間前に取りに来て、病院から帰ってきた時に祝おう。


 3人は2階から下りてきた。みんな眠たい目をこすっている。おとといと昨日、思いっきり遊んで疲れているようだ。


「おはよう」


 シゲが振り向いた。シゲは朝から出かける支度をしている。もう病院に行くと思われる。


「おじいちゃん、朝から医者に行ってくるから」

「そう」


 だが、和夫は心配そうな表情を見せない。今日はシゲの誕生日だ。おそらく最後の誕生日になるだろう。盛大に祝いたいな。


「じゃあ、行ってくるからな。ご飯はもう作ってあるからね」

「いってらっしゃい」


 シゲは出かけようとした。だが、和夫が引き止めた。何だろう。


「おじいちゃん、今日、誕生日だったよね」

「あっ、そうだね」


 シゲは驚いた。誕生日だという事をすっかり忘れていたようだ。最後の誕生日になるだろうというのに、忘れるとは。気を付けないと。


「誕生日ケーキ買ってきておじいちゃんとみんなで食べようよ」

「いいね」


 シゲは笑みを浮かべた。恐らくこれが最後の誕生日ケーキだろう。じっくり味わいたいな。


「じゃあ、行ってくるからね」

「いってらっしゃい」


 シゲは玄関を出て行った。和夫はその様子をじっと見ている。1日も長くシゲのこんな姿が見られるといいな。


「さて、早く宿題終わらせようぜ!」

「うん」


 3人は2階に戻り、残った宿題を始めようと思った。今日で終わらせるつもりだ。そして、明日から29日まで、やりたい事をやって夏休みを思う存分楽しむんだ。




 昼下がりになって、翔太がやって来た。地区水泳だったり、勉強だったりでなかなかできずに、ドラゴンクエストをあまり進めていないようだ。


 翔太はすぐにドラゴンクエストを始めた。30日の朝に和夫が帰る。だから、29日までに終わらせなければならない。


「おっ、けっこう進んでるじゃん!」


 翔太が振り向くと、そこには優太がいる。優太もドラゴンクエストをしたことがあり、すでにクリアしていた。


「メルキドの前にいるゴーレムが倒せないんだよー」


 メルキドの入口にはゴーレムがいて、とても強くて倒せないそうだ。これまでに何度も倒され、何度も王様に怒られているという。


「ある物を使わないと倒せないんだなー」


 優太は笑みを浮かべた。優太は知っている。だが、初めてやった人はわからない人が多い。


「何だろう」

「ゴーレムの弱点って、何だったけ?」


 翔太は首をかしげた。弱点はあるんだろうか? どんな呪文だろうか? どの呪文も聞かなかったように見える。


「うーん、わからないけど、これかな?」


 翔太は道具の中にあった妖精の笛を使った。マイラの町で偶然手に入れたものだ。妖精の笛を使うと、ゴーレムが眠った。


「おっ、眠らせた!」

「よし、その間に倒せ!」


 優太は笑みを浮かべた。それを見て、翔太はようやくわかったと思った。しばらくすると起きてくるけど、その時はまた妖精の笛を使おう。


 しばらくそれを繰り返していると、ゴーレムを倒す事ができた。これでメルキドに入れる。


「よっしゃ勝ったー」


 倒したとわかると、翔太はガッツポーズをした。優太はその様子を嬉しそうに見ている。自分はプレイヤーじゃないのに、自分がプレイしているかのように共感してしまう。


「おめでとう!」


 優太は翔太の頭を撫でた。翔太は笑みを浮かべた。褒められて嬉しそうだ。


 そこに、和夫がやって来た。予約したケーキを取りに来ていて、少し家を出ていた。和夫は右手に袋を持っている。この中にケーキが入っているようだ。


「買ってきたよー」


 それを聞いて、優太はテーブルに向かった。和夫は袋をケーキに置いた。優太は中身を見た。ショートケーキが入っている。


「ショートケーキじゃん!」


 そこに、ドラゴンクエストをしていた翔太がやって来た。ショートケーキの甘い香りに反応したようだ。


「おいしそう!」


 翔太は思わずよだれを垂らしてしまった。ケーキなんて、誕生日化クリスマスでしか食べる機会がない。


「冷蔵庫で冷やしておくね」

「ああ」


 和夫はショートケーキを冷蔵庫に入れた。和夫と優太は嬉しそうな表情だ。帰ってきて、ショートケーキを見たシゲの表情が楽しみだ。


「帰ってくるのが楽しみだね」

「うん」


 と、自動車の音が聞こえた。もうシゲが帰ってきたんだろうか? 和夫は玄関を飛び出した。だが、そこには鈴木の車がある。来たのはどうやらシゲではなく鈴木のようだ。


 すぐに、鈴木が車から出てきた。鈴木も誕生日会に来るようだ。


「あっ、鈴木のおじさん」

「今日、おじいちゃんの誕生日だよね」


 鈴木も笑みを浮かべている。今日はおそらくシゲの最後の誕生日になるだろう。思いっきり楽しもう。


「うん」


 鈴木はシゲの家に入った。和夫は冷蔵庫を指さした。その中にショートケーキがある。


「ケーキ買ってきたんだよ。一緒に食べる?」

「うん」


 鈴木が来たのは、誕生日会に参加するためだし、ショートケーキを食べるためだ。鈴木もケーキを食べる機会が少ない。


 和夫は冷蔵庫を開けた。そこにはショートケーキがある。鈴木はうっとりとした。


「ショートケーキか。おいしそうだなー」

「帰ってくるのが楽しみだ」


 その時、また車の音がした。今度こそシゲが来たんだろうか?和夫は再び玄関から外に出た。そこには軽トラックがある。シゲだ。


 シゲが軽トラックから出てきた。今日の主役だ。シゲは嬉しそうな表情だ。今日はケーキが食べられるから笑みを浮かべているんだろうか?


「ただいまー」

「おかえりー」


 シゲが玄関にやってくると、優太や智也、鈴木が迎えてくれた。誕生日会でこんなに人が集まるなんて、何年ぶりだろう。


「おじいちゃん、誕生日おめでとう!」

「ありがとう」


 和夫は冷蔵庫からケーキを取り出した。ケーキはすでに6等分されている。ショートケーキは美しい盛り付けだ。


「来年も迎えられたらいいね」

「うん」


 だが、シゲは心配そうな表情だ。もう半年しか生きられないと言っている。本当に来年も誕生日を迎える事ができるんだろうか? だが、がんは消える時もあるという。奇跡を信じよう。


「おい、翔太も来いよ!」


 その声を聞いて、ドラゴンクエストをしていた翔太もやって来た。翔太は5人同様椅子に座った。


「まさか、ケーキが食べられるとは」


 和夫は6等分になってるショートケーキを皿に盛り、1人1人に渡した。そして、自分の席の前のテーブルにもショートケーキを置いた。


「病気の事はいいから、今日は楽しもうよ!」

「そうだね」


 6人はケーキを食べ始めた。みんな楽しそうだ。それを見て、シゲは嬉しそうな表情を見せた。これは最後の誕生日になるだろう。しっかりと思い出に刻んでおこう。


「今日の誕生日の事、絶対に忘れないよ」


 普段は盆休みに帰って来るだけなのに、今年は夏休み中ずっといてくれる。だから、一緒に迎える事ができた。こんなに嬉しい事はない。


「おじいちゃんと過ごした夏休み、忘れないよ」

「ありがとう」


 シゲは和夫がおいしそうにショートケーキを食べる様子を見ている。それだけで嬉しくなる。どうしてだろう。でももうすぐこれも見られなくなる。寂しいけど、いつかは見られなくなるんだ。

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