8月26日

 8月26日、暇になった和夫は鈴木の家の近くで川を見ている。川は今日も清らかに流れている。川床ではキャンプをする人がいる。だが、先日に比べて少ない。夏休みの終わりが近づいているためだろうか? そう考えると、あと少しで夏休みが終わってしまう。シゲと会える日も少しずつ少なくなってくると感じる。


 その時、鈴木の家で鈴木が騒いでいる。一体何だろう。和夫は気になり、家に入った。幸いにも玄関は開いている。


 座敷から声はしてる。だが、そこ以外は誰もいない。和夫は座敷の前から壁ごしにその話に聞き耳した。


「廃止になるって本当なんか?」


 鈴木の声だ。以前から存廃が協議されていた吉岡線が、昨日、正式に廃止されることが決まったそうだ。今年の9月30日が最終運行で、10月1日からは並行するバスが代替の交通手段になるそうだ。


「ああ。国鉄再建法で利用客の少ない路線は廃止になり、バスに転換されるんだ。あの路線は利用客が少ないし、この路線は並行して道路が整備されているからね」


 鈴木と話をしているのは、隣町の会社に勤務している中村で、吉岡線で通勤しているという。そんな生活も、来月までだ。再来月からはマイカーで通勤する予定だ。高いけど、バスを使うより車を買った方が金銭面でいいからだ。


「そうなんだ」

「俺たちも反対運動をしたし、利用客を増やそうと頑張ったんだけど、残念だね」


 2人とも頭を下げた。あれだけ反対運動を行ったのに、その甲斐なく廃止されてしまう。これほど残念な事はない。


「仕方ないんだよ。盛者必衰なのさ。あの路線も、そしてこの集落も」


 そう考えると、秋平や犬塚の事を思い出す。犬塚だけでなく、秋平の集落も衰退していき、そしてこの村も合併で村じゃなくなっていくんだろうか? そして、ただの集落になり、誰もいなくなるんだろうか? いや、そうであってほしくない。


「何もかも消えちゃうの?」


 その話が気になって、和夫は座敷にやって来た。鈴木と中村は驚いた。まさか、和夫が聞き耳していたとは。


「聞いてたのか?」

「うん」


 鈴木は下を向いた。まさか、廃止の話を聞かれたとは。


「きっとそうさ。でも、心の中では残るのさ」


 和夫は、資料館で見た森林鉄道の写真を思い出した。吉岡線もあんな風に写真に残るだけになるんだろうか?


「寂しいね」

「時代の流れだよ」


 時代は鉄道から車へ変わっていく。人々は田舎から都会へ移り住んでいく。その中で過疎地域を走るローカル線は廃止されていくんだろうか?


「そんな・・・」

「おじいちゃん同様、思い出になってしまうんだね」


 和夫はシゲの事を考えた。シゲはもうすぐ思い出になってしまう。それと並行して、吉岡線も思い出になってしまう。


「そうだな。運命は受け入れないと」

「でも俺は最後まで廃止反対を訴えるよ!」


 だが、鈴木は諦めていないような姿勢だ。鉄道は高齢者の基調な足だ。なくしてはならない。


「もう無駄だって」


 中村は止めようとする。だが、鈴木は諦めていないようだ。


「俺は諦めないぞ!」


 鈴木は2階の自分の部屋に向かおうとした。廃止の話を聞きたくないようだ。


「鈴木!」


 中村は呼び止めた。だが、鈴木は2階の自分の部屋に入ってしまった。和夫はその様子を心配そうに見ている。




 昼下がり、和夫はシゲの家に戻ってきた。シゲはスエと話をしていて家にいない。家にいるのは優太と智也、そしてドラゴンクエストをしている翔太だ。


 1階では翔太がドラゴンクエストをしている。翔太はとても真剣そうな表情だ。30日で和夫が帰ってしまうので、あと4日でクリアしなければならない。


「どうだい?」


 翔太は後ろを振り向いた。そこには和夫がいる。


「あと少しで竜王の城だよ」


 画面を見ると、竜王の城だ。辺りが暗い、どうやら玉座の裏の隠し通路から地下通路に入ったようだ。ここからはしばらく暗い場所が続く。それを向けた先に竜王がいる。


「そうか。頑張って!」

「うん!」


 翔太は元気に答えた。和夫の期待に応えないと。


「夏休みまでに全部クリアしろよ!」

「任せてよ!」


 翔太は笑顔を見せた。絶対に29日までにクリアしてやる!


「竜王は強いぞ!」


 和夫は竜王と戦って、勝った事がある。激しい炎が強烈で、ホイミだけでは間に合わなかった。ベホイミじゃないとダメだ。与えられるダメージも少ない。持久戦必至だ。




 その夜、翔太の帰ったリビングの縁側で、和夫と優太は星空を見ていた。この光景を、ここでの思い出をいつまでも忘れないでいよう。そして、36年後、再びここを訪れよう。


 そこに、軽トラックがやって来た。シゲだ。車から下りてきたシゲは、花火セットを持っている。


「今日は4人で花火しようか?」

「うん」


 2人は驚いた。それを聞いて、リビングでテレビを見ていた智也もやって来た。花火となると、みんな飛びついてしまう。


 4人は庭で花火を始めた。花火はやっぱりいいもんだ。なぜか心が癒される。どうしてだろう。答えが見つからない。


「この村はみんな思い出になってしまうんだね」

「寂しいね」


 和夫は鈴木と中村の会話を思い出した。この集落も、犬塚も、そして吉岡線も何もかも思い出になってしまうんだ。


「ここに村があった事、いつまでも忘れないでほしいね」


 優太と智也も思いは同じだ。自分が死んで、この村から人がいなくなっても、ここにこんな集落があった事を何らかの形で残してほしいな。


「ああ」

「おじいちゃんの事も」


 シゲは来年いないだろう。だけど、星空から見ていると思い、いい子になって生きていこう。


「またいつか行こう。タイムカプセルを掘り起こすために」


 3人ともその約束を忘れていないようだ。36年後の9月1日、この秋平を訪れ、シゲの家の庭からタイムカプセルを掘り起こそう。


「その時までタイムカプセルが残ってたらいいね」

「うん」


 だが、不安もある。何らかの災害でタイムカプセルがなくなってしまったら、どうしよう。だが、なかったらそれでいい。自分がいい子になるために考えたものだ。なくても、自分が成長していればそれでいい。


「線香花火きれいだね」

「うん」


 和夫は線香花火を見ている。とても美しい。だが、とても小さく、すぐに消えてしまう。まるで人の命のように見える。


 そう考えると、和夫は下を向いてしまった。自分はこんな人の命をいじめによって握りつぶそうとしていた。自分は何て愚かなんだろう。だけど、この夏で自分を改める事ができた。これからはいい子になろう。それがシゲへの最後のプレゼントだ。


「どうしたの?」

「人の魂みたいだなと思って」


 それを見て、シゲは驚いた。こんなにもいい子になってくれるとは。この夏でこんなにも変わるとは。


「和ちゃん・・・」


 シゲは、線香花火を見ている和夫を見て、夏の終わり、そして和夫との別れの事を考えた。


「おじいちゃんの命も、こんなように終わるのかな?」


 シゲは線香花火をじっと見つめた。線香花火が、まるで自分の命のように見える。がんによってはかなく消えていくんだろうか?


「和ちゃん、別れるのが辛いんだな」

「うん」


 和夫は下を向いた。やはり、シゲと別れるのが辛いようだ。


「いい子になるから! 頑張るから! 安心して天国に行って!」

「わかった」


 シゲは和夫の肩を叩いた。この夏ですっかり立ち直ってくれた。本当にありがとう。これで心置きなく天国に行ける。


「この夏、絶対に忘れないよ」

「僕も忘れないから!」


 話の輪に優太も入ってきた。両親が無理心中するほど大変だったけど、これからは天国の両親のためにもいい子になろう。そうすれば、天国の両親もきっと喜んでくれるだろう。


「あんなことしてしまったけど、それで自分は自分を見つめ直すことができた。本当にいい夏休みだった」

「僕もだよ」


 花火が終わり、4人は空を見上げた。この夏で僕らは大きくなれた。この夏を絶対に忘れない。そして、36年後に再びここを訪れよう。

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