8月20日
8月20日、東京に帰るまであと10日だ。暑い日々が続いているが、少しずつ涼しくなってきている。秋が近づいてきたからだろうか?
この日、和夫は朝からシゲの家の近くにある沈下橋にいる。毎日暑い日々が続いているので涼みにやって来た。川には今日も多くの人がキャンプをしているが、この前ほど多くない。徐々に夏休みが終わりに近づいているからだろうか?
「これが沈下橋か」
「うん」
優太や智也は珍しそうに見ている。図鑑でしか見た事のない沈下橋が目の前にある。沈下橋は通常の橋に比べて簡素な造りだ。
「珍しいでしょ。知ってる?」
和夫は笑みを浮かべた。シゲの故郷にこんな珍しいものがあるのを誇りに思っているようだ。
「うん。川が増水したら水の中に沈むんだね」
優太も智也も沈下橋がどのようなものか知っている。大雨などで川が増水すると、沈下橋は川の中に沈む。
「飛び込んでみようよ!」
突然、和夫が提案した。すると、和夫は水泳パンツ1丁になる。飛び込む準備は万端のようだ。
「うん」
すると、優太と智也もパンツ1丁になる。用意してなかったけど、飛び込もうと思ったようだ。
「もうすぐ夏が終わるけど、友情は終わらないよー!」
その声とともに、3人は川に飛び込んだ。川は少し冷たい。3人ともとても楽しそうだ。
「おじいちゃんが元気でいられますようにー!」
和夫は叫んだ。だが、それで本当にシゲの寿命は延びるんだろうか?
「おじいちゃん・・・」
智也もそれを聞いて気になった。余命半年って、がんだろうか?
「どうしたの? 何かおじいちゃんの秘密、知ってるのか?」
その事を知らない優太は2人の言葉が気になった。余命半年・・・、ひょっとしてそれって、がんじゃないだろうか?
実は優太の祖父は去年、がんで亡くなっていた。その時、余命1年と診断されたのが印象に残っていた。余命が宣告されるってのは、がんじゃないかと思っていた。
「いや、あと半年しか生きられないって事ぐらい」
「それって、がんっちゃうか?」
和夫も智也もそんな気はしていたが、まさか優太からも疑われるとは。余命半年ってのは、がんに間違いない。
「がん?」
がんという病気を知らない2人は首をかしげた。
「突然体に現れて、それが体中に広がって、体をむしばんでいく病気だよ」
優太はどんな病気なのか、祖父から知らされた。その時は、みんな涙したものの、最後の1年を大切にするために色んな楽しい事をして死に対する恐怖を紛らわそうとしたらしい。
「そんな・・・」
「余命が宣告されることが多いんだって」
優太は下を向いた。がんのことを話すと、自然にへこんでしまう。
3人は歩いて川岸にやって来た。周りには誰もいない。とても寂しい。遠くでキャンプをしている人々の声は全く聞こえない。
「そっか」
「来年も見られるかなってよく思ってるのは、こういうことかもしれないね」
和夫は11日の花火大会でシゲが言った事を思い出した。きっと来年見れないかもしれないと思ったから、そう言ったんだろう。
「だから、最後の思い出を作りたいと思って連れてきたんじゃないのかな?」
優太はその話を聞いて思った。いじめを起こして反省するのはもちろんだけど、孫との最後の思い出を作ろうと思って、ここに連れてきたんじゃないかな?
「そうだね。そういう意味もあるかもしれないね」
和夫は納得した。そういう意味合いがあるのかもしれない。でも、自分はそれで大きく成長することができた。シゲにはとても感謝している。
「とにかく、悔いの残らないように夏休みを過ごそうよ」
「うん」
川岸に戻ってきた和夫は、突然立ち止まった。何かを考えているようだ。
「どうしたの?」
智也は和夫の仕草が気になった。2人とも川岸に戻っている。
「いい子になることが、おじいちゃんへの最高のプレゼントかなと思って」
飛び降り自殺しようとした後から、その日の夜にじっと考え事をしていた。和夫はその時に思った。いじめをした事はもちろん、シゲとの最後の夏休みを思う存分楽しんでほしいと思ったからに違いない。あと10日しかない。その間に思う存分楽しもう。
「そうかもしれないね」
優太と智也もそれには納得した。きっと最後の思い出に来てほしいと思ったんじゃないかな?
「いい子になるよう、頑張ろうよ!」
「うん!」
和夫は元気に答えた。自殺したい気分は完全に忘れる事ができた。僕とおじいちゃんの残された最後の夏を大切にしよう。そして、この夏の思い出をいつまでも忘れないようにしよう。
その夜、和夫は星空を見つめていた。今日も星がきれいに輝いている。シゲの家で見る星空はきれいだ。だが、それも今年限りだろう。来年の夏は星になったシゲを見上げる日々になるだろう。星になってシゲは僕を見てくれるんだろうか? 見ていてほしいな。
和夫は両親に電話しようと思い、1階に下りてきた。1階に下りて、和夫はシゲを見つめた。シゲはいつものようにテレビを見ている。とても余命半年だと思えない。
和夫は受話器を取った。
「もしもし」
「あら、和ちゃんじゃないの。あと少しで夏休みも終わりね」
電話の声は和子だ。いつものように元気な声だ。あと10日でまた会える。そう思うと嬉しくなる。だがそれは、シゲと過ごす最後の夏休みの終わりを意味する。日が経つごとに、少し複雑に思えてきた。
「うん」
和夫は不安な表情だ。シゲと過ごす最後の夏休みがもう少しで終わるからだ。
「どうしたの? 元気なさそうな声だよ」
和子は心配になった。また自殺しようと思ってしまうんじゃないかな? 自殺しないでほしい。もっと生きてほしい。
「おじいちゃん、どんな病気なのかなって」
「本当に聞きたいの?」
和子は真剣な表情だ。両親や近所の人以外、誰にも言わないと決めていたのに。言っていいんだろうか?
「うん」
和夫も真剣な表情だ。どうしてシゲは余命半年なのか、聞きたかった。
「がん」
和夫は納得した。2人の言うとおり、やはりがんだった。だが、何も悲しまなかった。だからこそ、残された最後の夏休みを思う存分楽しもう。
「そうなんだ」
「あと半年しか生きられないのね」
両親は約半年前、シゲが倒れた事を知って、実家近くの病院にやって来た。そこで知ったのが、がんで余命半年という事だ。最初、両親は戸惑い、何をしようか考えた。そんな時、和夫がいじめを起こした事を知った。そのため、和夫を更生させるついでに、シゲと過ごす最後の夏休みを思う存分楽しんでほしいと思い、夏休み中はほぼずっとシゲの家にいるようにしたという。
「そうなのか」
「信じられないけど、そうなのよ。だから、いじめの事もそうだけど、おじいちゃんと過ごす最後の夏休みを思う存分楽しんでほしいと思って、ここで夏休みを過ごすことにしたんだ」
和夫は笑顔になった。この夏休み、今日まで色んな事を体験した。どれもこれも、シゲと過ごす最後にして最高の思い出になったんじゃないかな? そして、もっと色んな忘れられない事をしよう。
「そうなんだ」
「黙っていてごめんね」
和子は和夫に謝った。言いたくなかったけど、言ってしまった。
「ごめんなさい。以前から、そんな気がしてた。周りの立ち話で半年しか生きられないと聞いたし、友達ががんじゃないかと言ってたから」
「そうだったんだね」
立ち話で知ったとは。あれほど和夫の前で言わないようにと言ったのに。
「知っちゃってごめんね」
「いいのよ。それじゃあ、残り少ない夏休み、思う存分楽しんでね」
和子は嬉しそうな声だ。あと10日、残された夏休みを思う存分楽しんでほしいなと思っているようだ。
「うん」
「おやすみー」
「おやすみー」
和子は電話を切った。それを確認して、和夫も受話器を取った。和夫はシゲを見た。いつもと変わらない表情だ。本当に余命半年だろうか? だが、それは事実だ。受け止めなければならない。そして、残された最後の夏休みを思う存分楽しまなければならない。
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