8月19日
8月19日、今日も3人は鈴木と車で出かけていた。今日も県道を走っている。だが、目的地は昨日とは違う。県道を進んだ先にある道の駅だ。
「ふーん、それを自由研究のネタにしようかなって? いいよ」
おとといと昨日、森林鉄道の廃線跡、犬塚集落の跡、毛木野ダムを訪れた。そして彼らは、この村の歴史を自由研究のネタにしたいと思った。昨日の夜、鈴木にその事を電話で伝えて、行く事にした。
「ありがとうございます。ダムに沈んだ集落や犬塚の事が気になって、自由研究のネタにならないかなって」
鈴木は道の駅に車を走らせていた。10時頃、車はそんなに走っていない。東京と比べ物にならないほど閑散としている。だが、昔は東京ぐらい賑やかだったんだろうか?
と、少し高い所を走る気動車が通り過ぎた。気動車は単行で、誰も乗っていない。昔はもっと長い編成だったんだろうな。もうあの時には戻れない。そしてその線路はもうすぐ消えようとしている。
10分走って、車は道の駅に着いた。まだ昼時ではないものの、車が来ている。道の駅で休憩していると思われる。
4人は車を降りた。道の駅の前には屋台の売店があって、朝から多くの人が賑わっている。この辺りの川で取れた魚や、近くで作っているウインナーを使ったフランクフルトの他に、たこ焼きも売っている。
だが、4人は目もくれずに道の駅の中に入った。村の資料館はその隣にある。資料館は茅葺き屋根をモチーフにした外観で、鉄筋コンクリート造りだ。
4人は資料館の前にやって来た。資料館の中は茶色が基調で、まるでシゲの家のようだ。資料館は500円で入る。資料館の中には何人かの人がいる。彼らはその資料を見て、何を考えているんだろう。
入館料は鈴木が4人分払って入った。中には昔の村の写真がある。どれもこれも賑やかな様子だ。とても今の村とは比べ物にならない。
「こんな集落だったのか」
和夫は開いた口がふさがらない。まるで東京のように賑やかだ。
その隣には小学校の運動会の写真がある。多くの人が集まっている。こんなに多くの人が住んでいたのか。きっと楽しかっただろうな。
「賑やかだね」
優太や智也はその写真をじっと見ていた。僕らの両親も田舎からやってきたそうだ。東京は豊かだ。だから東京に行ってしまったんだろうか? そして、不便な田舎は衰退して、消えていくんだろうか?
と、和夫は別の写真を食い入るように見ていた。小さな機関車が引く混合列車だ。後ろの貨車や客車も小さい。おととい歩いたレールを走っていた森林鉄道だ。そのほとんどの写真は、切った木を山のように積んだ貨車を何両もつないだ貨物列車だ。貨車の1番後ろには人がいる。ハンドブレーキをかける人だろう。
「これが森林鉄道の写真?」
「うん」
鈴木はうなずいた。いつの間にか鈴木もその様子を見ている。その隣には、花飾りで装飾された混合列車がある。森林鉄道の最終日だ。翌日、木材輸送はトラックに、旅客はバスに変わった。それから間もなくして、犬塚は誰もいなくなった。
その隣には、もっと古い写真がある。大正時代だろうか? 貨物列車を牽いているのは蒸気機関車だ。だが、国鉄の復活運転などで見る蒸気機関車と違い、とても小さい。
「蒸気機関車も走ってたんだ」
「ああ」
そのまた隣には、森琴駅がある。ホームは2面2線で、その先には森林鉄道の貨物ホームがある。そこで木材の積み替えをしていたと思われる。そして、ホームと隣接して低いホームがある。森林鉄道の旅客ホームだ。
「こんなに駅が賑やかだったなんて、信じられない」
和夫は信じられなかった。これがあの駅なのか。こんなに広い構内だったとは。
その下には、雑木林の中の集落がある。最初、ここはどこだろうと思った。だが、下に書かれた説明を見て、驚いた。ここが犬塚だ。今はただの荒野になったあそこが、こんなに賑わっていたとは。
「これが犬塚?」
「うん」
和夫はしばらくその写真を見ていた。とても信じられない。不便な所だから、誰もいなくなったんだな。シゲの住んでいる集落もこうなるんだろうか?
「こんなに民家があったなんて」
「信じられないだろう」
鈴木のその写真を見ていた。人々は豊かさを求めて都会へ行く。そして、田舎は高齢者ばかりになり、そして消えていく。村はあと何年残っているんだろうか? あの頃に戻りたい。でも、もう戻れない。
その夜、3人は自由研究を仕上げていた。資料館で写真集を購入し、歴史が書かれた書物を図書館で借りてきた。自由研究は思った以上に進んでいる。これなら30日までにできそうだ。
休憩がてらに俊介に電話しようと思い、和夫は1階に下りてきた。シゲは1階でテレビを見ている。
和夫は受話器を取り、俊介に電話をした。
「もしもし」
「あっ、和夫か。どうした?」
俊介だ。もう会社から帰ってきたようだ。
「おじいちゃんの村って、昔はたくさん集落があったんだね」
「ああ。小学校もたくさんあったけど、統廃合で今は1つだけなんだよな」
俊介は高校までそこで過ごして、大学に進学したのを機に東京で暮らしている。村の昔の事はよく知っていて、聞かされた事がよくある。
「そうなんだ」
「みんな都会に移っちゃうんだよ」
自分も都会に行った仲間だ。同級生も後輩もほとんど都会に行った。そして、村は高齢者だらけになった。
「ふーん」
「あの村も寂しくなったな」
俊介は村の事を思い浮かべた。また帰りたいな。でも、シゲが死ぬともう帰る場所ではなくなる。今度の年末は実家に帰りたいな。
「もっと賑わっていたんだね」
「うん」
俊介はその道の駅に行った事はあっても、資料館に入った事がなかった。だが、村が賑わっていた頃の事をよく知っている。
「あの路線ももうすぐ廃止になるだろうな」
俊介はこの村を走る国鉄の路線の事を考えた。国鉄再建法が施行されて以降、赤字ローカル線が廃止になっている。あの路線も廃止対象になっていると聞いた。何とか存続してほしいが、本当に存続するんだろうか? 第3セクターでも残してほしいと思っているが、採算が採れるんだろうか?
「そうなんだ」
「今、国鉄が採算の取れないローカル線を廃止して、バスに転換しているんだ。あの路線もいずれそうなるだろうな」
和夫は鈴木が反対運動を行っているのを思い出した。俊介も鈴木も気持ちは一緒なんだな。その思いは、国鉄に届くんだろうか?
「ふーん」
「じゃあね、おやすみー」
「おやすみー」
和夫は受話器を置いた。すると、シゲがやって来た。和夫の電話が終わるのを待っていたようだ。
「和ちゃん、ホタル見に行こうか?」
和夫は驚いた。この近くでホタルが見れるのか? 何度も里帰りしているけど、それは知らなかった。
「ホタル?見られるの?」
和夫とシゲが階段を見ると、2人がやって来た。2人もその話を聞いて、行ってみようと思っているようだ。
3人とシゲはこの近くの川にやって来た。川は静まりかえっている。日中は多くの人がいたが、みんな夕方に出て行って、テントが1つもない。
「どこにホタルがいるんだろう」
4人は辺りを見渡した。和夫と優太と智也はワクワクしている。ホタルを見るのは初めてだ。図鑑でしか見た事がない。どんなのだろう。
しばらく川を見ていると、緑に光り輝く何かが見えた。ホタルだ。見つけた4人は、息を飲んだ。その美しさにしばらく見とれた。
「あれがホタル?」
「うん」
見た事のない3人は感動した。生で見るホタルはこんなに美しいのか。
「きれいだろ?」
シゲは笑みを浮かべた。3人にも喜んでもらえたようだ。
「うん!」
見渡すと、辺り1面にホタルが光を放って飛んでいる。幻想的な光景だ。それを見て和夫は、都会の夜景を思い出した。東京では何が起こっているんだろう。何も知る事ができない。和子や俊介は元気にしているだろうか? 俊介の仕事は順調だろうか? 和夫には、そのホタルの光が都会の夜景のようにも、そして人間の命の灯火のようにも思えた。
「その光って、はかないんだね。まるで、人間の命のように」
「いいこと言うじゃん!」
優太は両手で和夫をゆすった。こんないいことを言うなんて。夏休み前の和夫と明らかに違う。とても成長した。
「うん」
シゲはうなずいた。だが、下を向いた。悩んでいるようだ。
「おじいちゃん、どうしたの?」
和夫はその様子が気になった。何を考えているんだろうか? あと半年しか生きられない事を考えているんだろうか?
「来年も見れるかなと思って」
確かにそうだ。ホタルが見られるのは今年が最後になるだろう。そう思うと、寂しく思えるんだろうか? だが、それも運命。この貴重な瞬間をこの目に収めておかなければ。
「見れたらいいね」
「ああ」
シゲは寂しそうだ。来年の夏はもう彼らと会う事ができないんだな。そう思うと、涙が出そうだ。だが、それも運命だ。がんに侵されたのは、最後の思い出を作って悔いのない人生の終わりを迎えろという体からのメッセージなんだ。しっかりと受け止めよう。
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