8月16日
8月16日の昼下がり、気を取り戻した和夫は2階で静かに空を見つめていた。今日も快晴で、朝から暑い。何にもない、いつもの夏休みだ。昨日とは全く違う、平凡な日だ。
昨日、自殺しようとした事をみんな言うと思った。だが、それ以上言われることはなかった。何も気にせず、頑張れというメッセージだろうか?
今朝からシゲは病院に行っている。恐らくがんが関連しているんだろう。1階では朝から翔太らがゲームをしていて、ゲームの音が聞こえる。
智也は下で子供たちとゲームをしていて、楽しそうな表情だ。いじめた自分がどうしてこんなに落ち込まなければならないんだろう。智也がいじめに落ち込んでいて、今度は自分が落ち込むのは、自分への罰だろう。受け止めよう。
「お邪魔します」
突然、優太の声がした。また優太が来たんだろうか? その声を聞いて、和夫は1階に下りてきた。
1階に下りてきて、優太は驚いた。やはり優太だ。半袖に短パンで、麦わら帽子をかぶっている。
「優太くん」
それに気づいて、智也もやって来た。まさか、優太も来るなんて。どうして来たんだろう。まさか、和夫が自殺しようとしていた事を知って、来たんだろうか?
「また来たのか?」
「うん」
優太は真剣な表情だ。まるで何かを知っているかのようだ。まさか、和夫が自殺しようとしていた事を知って、励ますために駆けつけたんだろうか?
「どうして?」
「楽しそうだと思ったから」
優太は少し戸惑っている。明らかにうそをついているようだ。
「ふーん」
和夫は疑わしそうな眼をしている。自分が自殺しようとしていたのを知って、来たんだろう。
「智也くんも来てるんだね」
「ああ」
智也は笑みを浮かべた。ここはとてもいい所だ。きっと優太も気にいるよ。だから、夏休みをここで一緒に過ごそう。
「楽しいもんね」
優太も少し笑みを浮かべた。昨日はあんなことをしてしまったけど、ここで過ごす日々はとても楽しい。
「うん」
それを聞いて、智也もうなずいた。
「夜行列車に乗って1人で来たんだよ」
優太は昨日、和夫が自殺しようとしたニュースを聞いて、1人でここまで来たようだ。上野から夜行列車に乗って、いくつかの列車を乗り継いで、ここまでやって来た。
「そうなんだ」
思えば智也も夜行列車でやって来た。ここでの生活は、彼らを引き付ける力があるんだろうか?
「まぁ、ゆっくりしていきなよ」
「うん」
優太は靴を脱ぎ、部屋に入った。部屋では翔太らがドラゴンクエストをしている。とても楽しそうだ。自分もゲームソフトを持ってくればよかったな。
3人はアイスクリームを食べながら、翔太がドラゴンクエストをプレイしているのを見ている。彼らはようやくドラゴンを倒し、姫を城へ送っている途中のようだ。
「早速だけど、自殺しようとしたなんて、本当なのか?」
「うん」
和夫は下を向いた。話したくないのに。話さなければならないのか。楽しい夏休みを過ごしたいと思っているのに。
「そんなことしたらいかんよ」
「ごめんね」
和夫は謝った。優太はそれを許した。だって、友達だから。
「それを聞いて、俺、東京から駆けつけたんだよ」
和夫の思っている事は正しかった。優太がやって来たのは、和夫が自殺しようとした事を知ったからで、楽しいから来たんじゃない。優太のためにも、もっと頑張って、もっと生きよう。
夕方、もうすぐシゲが帰ってくる頃だ。翔太らは帰り、1階は静まり返っている。優太と智也は2階で勉強をしている。和夫は1階でじっとしている。辺りにはセミの音しか聞こえない。とても静かな日々だ。都会とはったく違う。これが地球の本来の姿だろうか?
突然、電話がかかってきた。病院のシゲだろうか? それとも東京の両親だろうか? 和夫は受話器を取った。
「もしもし」
「あ、和ちゃん?」
和子だ。昨日の事をどう思っているんだろうか? 昨日は何も言わなかったようだが。
「そうだけど」
「優太くんも来たんだって?」
和子は優太の祖母から聞いていた。まさか知っているとは。和夫は驚いた。
「うん」
「心配して来てくれたんだよ」
「ごめんね」
和夫は申し訳ない気持ちでいっぱいだ。自分はなんてバカな事をしてしまったんだろう。
「いいのよ。生きてくれていればそれでいいのよ」
和子はこれ以上その事は言わないようにしておこうと思っていた。嫌な事を考えずに、明るくまっすぐに生きてほしい。
「これからは一生懸命生きるよ」
電話が切れた。和夫は少し元気になった。あんなことしてしまったけど、これからは一生懸命生きよう。シゲが生きられなかった分も生きよう。
電話が切れたちょうどその時、シゲが帰ってきた。右手にはレジ袋がある。何を買ってきたんだろう。
「和ちゃん、今日はおうちで花火しようか?」
シゲは病院帰りにスーパーマーケットに行って花火セットを買ってきたようだ。昨日、自殺しようとした和夫を立ち直らせようとしているんだろうか?
「えっ、花火するの?」
和夫は後ろを振り向いた。優太と智也が下りてきた。花火と聞いて反応したようだ。
「うん」
シゲはうなずいた。とても嬉しそうだ。2人よりか、4人の方が断然楽しい。
「あらあら。優太くんも来たのか。一緒に楽しんでってよ。もう少し花火を買ってくるから」
「ありがとう」
シゲはすぐに家を出て行った。スーパーマーケットに行って、花火セットを買いに向かったようだ。
3人は嬉しそうな表情だ。今夜は花火だ。和夫を元気づけるための花火だと思うけど、3人とも楽しみにしているようだ。
その夜、4人は家の庭で花火を楽しむ事にした。もう辺りは暗くなっている。人通りは全くない。とても静かだ。東京とはまるで別の世界のようだ。
「きれいだね」
3人は花火の美しさに見とれていた。毎年夏になると、家で花火を楽しんでいるが、全く飽きない。何度やっても楽しいものだ。
「花火大会楽しかったけど、家族や友達と花火をするのもいいもんだよね」
「うん」
和夫と智也は先日の花火大会を思い出した。花火がとても美しいし、縁日も楽しかった。家での花火はそれに及ばないものの、親密な所があって楽しい。
和夫は線香花火を楽しんでいた。他のに比べて小さいけど、それはそれでとてもきれいだ。
「線香花火きれい」
いつの間にか優太と智也も見ている。
「いいでしょ」
だが、程なくして線香花火は落ちて、消えた。それはまるで、はかなく消える命のようで、寂しい。シゲはその様子をじっと見ている。
「おじいちゃん、どうしたの?」
和夫はその様子が気になった。何を考えているんだろう。まさか、もうすぐ消える自分の命の事を考えているんだろうか?
「いや、何でもないよ」
シゲは少し戸惑っている。何を考えているかは、3人にはわかっている。もうすぐ自分が死ぬ事を考えているんだろう。だが、言おうとしない。この夏を楽しく過ごそう。
「来年も見れるといいね」
「うん」
和夫は笑顔で語ったが、シゲは冴えない表情だ。来年もその花火を見る事ができないだろう。今年の夏は彼らと暮らす最後の夏になるだろう。来年、みんなで花火を楽しむ事はもうできないだろう。この思い出をしっかりと焼き付けておこう。
「どうしたんだよ、元気出しなよ」
「う・・・、うん」
和夫はシゲの肩を叩いた。シゲは少し涙を流しつつうなずいた。きっと別れが寂しいんだろう。自分だって寂しい。だけど、出会いがあるから別れがある。だからこそ、この夏を忘れられない夏にしよう。
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