8月17日
8月17日、和夫と優太と智也は朝から勉強をしていた。和夫が自殺しようとして2日、すっかり気を取り戻したようで、また一緒に勉強をしている。
ほぼ全部済ませたものの、自由研究があんまり進んでいない。何を研究すれば褒められるだろう。なかなか思いつかない。
「自由研究進まないなー」
和夫は天井を見上げた。だが、見えるのは屋根裏だけだ。結局何の進展もない。
「ほんとほんと」
優太も天井を見上げている。優太も和夫同様、思いつかないようだ。
「そうだ!」
「どうした?」
突然、智也が何かを思いついた。和夫と優太は反応した。自由研究のネタを考えたんだろうか? もし考えたら、一緒に研究しよう。
「森琴駅の近くに土に埋もれかかっているレールを見つけたんだけど、何だろう」
智也は駅に降り立った時、面白い物を見つけた。今は1面1線しかない駅だが、よく見ると向かい側のホームとレールの他に、それに隣接してより細いレールの跡が残っている。よくわからないが、レールが細いので国鉄ではないと思われる。一体、それは何の跡だろう。とても気になる。
「面白そうだな。それをヒントに自由研究考えてみようぜ」
「うん」
3人はその後を見に行く事にした。シゲは病院に行っている。翔太は地区水泳に行っていて不在だ。家には誰もいない。これは何の跡か、調べてみようかな?
3人は森琴駅にやって来た。森琴駅はとても静まり返っている。もう数時間、気動車は来ない。賑わっていた頃には、どれだけの列車が発着したんだろう。どれだけの人が乗り降りしたんだろう。
駅舎は無人だ。自由にホームに入る事ができる。待合室には誰もいない。とても寂しい。壁にかけられた振り子時計の音だけが聞こえる。
3人はホームにやって来た。ホームは整備があまり行き届いていないのか、寂れている。ホームの先は雑草が生えていて、床が見えない。もう一部しか使っていないようだ。
「あそこだ!」
智也は指をさした。和夫と智也もそこを見た。もう使われていないホームの先に、国鉄よりも細いレールがある。明らかに吉岡線ではない。
「レールの跡が残ってる」
「何だろう」
和夫や智也も気になった。これは調べてみるやりがいがありそうだ。自由研究のネタを考えるきっかけになりそうだ。
「行ってみよう」
「うん」
3人はそこに行く事にした。駅員はいない。気動車は見えない。あのレールの跡をたどってみよう。その先に何があるんだろう。
そのレールは雑木林に消えていく。3人はそのレールに沿って歩いていく。辺りはセミの音が聞こえる。レールが敷かれる前からある雑木林のようだ。
「一体どこに続くんだろう」
3人は考えた。何の目的でこんな狭い線路を敷いたんだろう。どれぐらいの需要があったんだろう。
数十分ぐらい歩くと、少し開けた場所がある。そこには農道が通っている。だが、何年も整備されていないようで、草が所々から生えている。最後にここに車が通ったのは何年前だろう。この辺りでレールは何本も分かれている。ここは駅だろうか?
「何だろうここは」
和夫は首をかしげた。ここの事は誰からも聞いた事がない。
優太は辺りを見渡した。所々に板の跡がある。家の残骸だろうか? だとすると、ここには集落があったんだろうか?
「集落の跡かな?」
その声に、2人も反応した。ここが集落だとすれば、この集落の歴史を自由研究のネタにしてもいいんじゃないかな?
「そうかもしれない」
板の跡があるとすれば、ここに家があったという証拠だ。でも、何という名前の集落があったんだろう。調べたいな。ますます自由研究のネタが膨らんできた。
「それにしても、このレールは何だろう」
和夫は首をかしげた。このレールは何の目的でしかれていたんだろうか?ここの集落の人々が使っていた鉄道だろうか?
「森林鉄道かな?」
智也は森林鉄道の話を聞いた事がある。木材輸送を目的に作られた鉄道で、車で行く事もできない山奥の集落の足として旅客輸送もやっていたらしい。レールの幅は狭く、国鉄のレールよりも狭かったという。
「かもしれない」
そう考えると、そうかもしれない。森林鉄道に興味はないけど、言われてみれば森林鉄道かもしれない。あの駅と接続して、ここで採れた木材を全国に運んでいたんだろう。
和夫は考えた。シゲの家の集落もこんな風になるんだろうか? 家々がなくなり、ただの荒野になって、人々がいた事も忘れ去られてしまう。
「この村もいつかこうなるのかな?」
「そうかもな。でも、こうならないでほしいな」
3人とも寂しそうだ。シゲとの思い出も、スエも、みんな死んで、人々の記憶からも消えてしまうかもしれない。そして、ここに人の営みがあった事も忘れ去られてしまう。
「おじいちゃんの故郷がいつまでもあってほしい。ここに人の営みがあったことを忘れないでほしいな」
その時、農道を車が通った。3人は驚いた。鈴木の車だ。今日は休みでドライブをしているようだ。まさかここで会うとは。
「ここで何してるんだ?」
ドアミラーを開けて、鈴木が顔を出した。鈴木はサングラスをかけている。
「レールの先に何があるんだろうと思って」
和夫は下を向いた。おとといの鈴木の表情を思い出す。とても怖かった。また怒られるんじゃないか?
「ここは危ないぞ! 家に帰りなさい」
「はい」
やはり怒られた。だが、おとといほどではない。3人は落ち込んでしまった。また悪い事をしてしまった。これからまた怒られるだろう。
3人は鈴木の車に乗った。和夫は助手席に、優太と智也は後部座席に座った。車内は冷房が効いている。今日も暑い日々が続いている。3人はほっとした。
「どこ行ってんだよ!」
「ごめんなさい」
和夫は下を向いた。だが、下を向いてはならない。今月が終わって2学期を迎える頃には下を向いていてはいけない。
「あのレールって?」
優太はあのレールがどうしても気になった。あのレールは何の目的で敷かれ、何が走っていたんだろうか?
「今はもう廃線になった森林鉄道の跡さ。君たちが降り立った森琴駅から延びていたんだ」
「やっぱりそうだったんだ」
智也の予想は当たっていた。昔は森琴駅から森林鉄道が延びていた。あのレールはその廃線跡だ。この集落の事、もっと調べたいな。
「あの路線は木材輸送でも賑わったんだよ」
鈴木は賑やかだった頃の国鉄の路線を思い出した。木材輸送で賑わい、多くの人が乗り降りした。だが、木材輸送はトラックに変わり、モータリゼーションの進展や過疎化の影響で乗客は減少した。その結果、廃線の危機にさらされている。
「やはりここにも集落があったんだ」
「あそこには犬塚(いぬづか)っていう集落があったんだ。林業の盛んな集落で、森林鉄道の本社や車両基地があったんだ。だけど、森林輸送は鉄道からトラックに変わり、森林鉄道は廃止されてしまった。そして、吉岡線の木材輸送も廃止になった。木材輸送の廃止も赤字に拍車をかけたんだって。林業で賑わった犬塚はもう誰もいなくなり、ただの雑木林になったんだ」
ここの集落の名前は犬塚というのか。もっとその集落の事を調べたいな。それを自由研究のネタにしたいな。
「そうなんだ」
「最盛期には100人ぐらいが住んでいたんだが」
鈴木はその集落に行ったことがない。だが、その話は父から聞いた。父の友人がこの集落の出身で、林業を営んでいたそうだ。
「そんなに人がいたんだね」
「信じられない」
こんな山奥に人々が住んでいたとは。信じられない。やはり交通の便が悪いからみんな出て行くんだろうか?
「みんな都会に行っちゃうんだよ」
鈴木は寂しそうな表情だ。若い人はみんな都会へ行ってしまう。シゲの集落も消え、いつかこの村も消えていくんだろうか?
「この村もいなくなるのかな?」
「いずれはそうなるかもな」
鈴木だけでなく、みんな寂しそうな表情になった。村が寂しくなり、やがて消えていくのはみんな寂しい。みんな都会に集中して、もっと都会は人々が増えていくんだろうか?
「寂しいな」
「でも、ここに人がいたって事はいつまでも心の中に残り、語り継がれるんだ」
犬塚の資料や写真は、道の駅にある。そこには森林鉄道の資料や写真、賑やかだった頃の国鉄の路線の写真もある。これらはこの村の歴史を後世に残すためにある。
「そうであってほしいな。話はそれたけど、遠くに行ったら危ないぞ」
「本当にごめんなさい」
3人は鈴木の車に乗って、シゲの家に戻った。もうシゲは帰ってきているだろうか? 帰ってきたら、また怒られるんだろうか? 3人は少し怯え始めている。
その夜、3人は2階で空を見上げていた。夕方に家に帰ってきた頃はシゲはまだ帰って来ず、夜になって帰ってきた。晩ごはんは作ってなかったものの、電話を受けた鈴木が外食に誘ってくれた。晩ごはんは森琴駅の近くにある道の駅だった。ここには昔の村の資料があるが、夕方で営業を終了していて、見る事ができなかった。
和夫は今日あった事を思い出した。行ってはいけない所だったけど、これは自由研究のネタになりそうだ。今度、道の駅で資料を集めて、この村の歴史をテーマに3人共同の自由研究をしよう。
和夫は俊介に電話をかけようと、1階に下りてきた。1階では病院から帰ってきたシゲがテレビを見ている。
「もしもし」
「あっ、お父さん」
俊介だ。久しぶりに俊介の声を聞いた。
「ここから森林鉄道が延びてたって、本当?」
「そうらしいな。お父さんは乗ったことないけど。でも、森琴駅に森林鉄道の機関車や貨車が停まってるのを見たことあるな」
俊介もその鉄道の事を知っている。乗った事はないが、見た事がある。
「そうなんだ」
「今から20年ぐらい前に廃線になったんだ」
俊介は昔の村の事を思い出した。あの頃はとても賑やかだったな。また行ってみたいな。
「ふーん」
「トラック輸送への転換が原因だよ」
俊介は廃線の日に見に行ったことがある。多くの住民が森林鉄道への別れを惜しんで集まってきた。森林鉄道の客車は装飾が施され、まるでお祭り騒ぎだ。だが、それも1日限りで、明日からは鉄道はなくなる。
「そうなんだ」
「でも、沿線の集落の人にとっては大切な足だったんだよ。あの辺りは廃線になる少し前まで鉄道しか交通手段がなかったから」
客車は小さいものの、集落の人々にとっては重要な足だった。この先の山奥にも集落があり、そこの人々にとっても重要な足だったようだ。
「そうなんだ」
和夫はその話に聞き入っていた。きっとこれは自由研究のネタになりそうだ。もっとその事について調べたいな。
「お母さんに代わるね」
「うん」
「もしもし」
和子だ。いつも通りの元気そうな声だ。
「和ちゃん、今日、どうだった?」
「ちょっと足を延ばして探検してみたんだ」
「そう」
和子は嬉しそうだ。おとといにあんなことがあったけど、気を取り戻したようだ。そして、夏休みを楽しんでいるようだ。
「後で怒られちゃったけど」
「いいじゃないの。楽しめば」
色んな物に興味を持つことはいい事だ。もっと色んな事を体験して、いい大人になってほしい。
「ごめんね」
和夫は謝った。鈴木に怒られてしまった事が尾を引いている。
「いいのよ。そっちは相変わらずよ。特に変わったことはないわ」
「ふーん」
元の日常が戻っているようだ。色々あったけど来月からまた頑張ろう。
「それじゃあ、おやすみー」
「おやすみー」
和夫は電話を切った。シゲは相変わらずテレビを見ている。でもそれを来年見る事はできないだろう。ここでの思い出を目に焼き付けておこう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます