8月14日
8月14日、シゲは朝から出かけている。和夫と智也は午前中は宿題をしていた。だいぶ進んでいて、あとは自由研究だけになった。だが、自由研究は何にしよう。
昼下がり、2人は甲子園を見ていた。もう2回戦で、全ての高校が登場した。甲子園球場には多くの観客がいて、1塁側と3塁側には高校の応援が集まっている。その中には、対戦する高校の生徒やチアガールやいて、野球部に声援を送っている。
「甲子園見てんのか?」
誰かの声に気付き、2人は後ろを振り向いた。塚田だ。高校の野球部だった塚田は、子どもの頃からよく甲子園を見ていて、野球が好きになったのもそのせいだ。
「うん」
2人は驚いた。まさか塚田が来るとは。塚田は家に入ると、2人同様甲子園の中継を見始めた。
「甲子園は毎年見るの?」
「うん。面白いもん」
2人は楽しそうだ。2人とも野球部ではないものの、夏休みになるとなぜか見てしまう。そして高校球児同様、感動している。
「どこが?」
「筋書きのない高校球児の人間ドラマのような所が」
塚田は感心した。確かに、高校野球に筋書きはない。何が起こるかわからない。だが、その中に様々な人々の想いや願いが詰まっている。そして、負けて涙ながらに土を持ち帰るのは何度見ても感動する。
「ふーん、言われてみればそうだね」
和夫は外を見た。シゲがいない事を気にしている。朝、出かけて以来、まだ帰ってこない。
「おじいちゃん、今日も出かけちゃった」
「そうなんだ」
塚田は考えた。一体どうして出かける事が多いんだろう。ひょっとして、病院に行っているのでは?
「最近そうなんだ。それに、引き出しから薬が見つかったんだよ」
「えっ!?」
塚田は驚いた。一体その薬は何だろう。やはり、シゲは病気を患っていて、出かける場所は病院じゃないかな? そして、先は長くないのでは?
「体悪いのかな?」
「きっとそうだろう」
和夫は落ち込んだ。ひょっとして、自分がいじめを起こしてしまって、体を崩してしまったんだろうか? そう考えると、また落ち込んでしまう。
「もうすぐ死ぬことじゃなかったらいいけど」
「何言ってんだよ」
智也は塚田の肩を叩いた。そんな事を考えないで、楽しい夏休みを過ごそうよ。
「いやいや、がんかと思っただけで」
塚田はうっすらと涙を流した。がんと聞いて何かを思い出したようだ。
「そっか・・・」
2人はがんという病気の事を聞いた事がある。でも、どんな病気だろう。2人は首をかしげた。
「どうしたの?」
突然、塚田がうずくまり、泣き出した。和夫は塚田の肩を叩いた。
「去年、おじいちゃんをがんで亡くしたんだよ。余命1年と宣告されて、最初は落ち込んだよ。でも、悔いの無いように生きようと色んな事をして、人生を全うしたんだ」
おととし、塚田の祖父はがん宣告を受け、余命1年と宣告された。それからの事、祖父は色んな所を旅して、悔いのないように人生を終えようとした。そして、宣告を受けて10か月後に亡くなった。塚田が涙を流していたのは、祖父の葬儀を思い出したからだ。
「ふーん。おじいちゃんがそうじゃなかったらいいけど」
そう考えると、和夫は落ち込んでしまった。もし、がんで死んだら、きっと自分のせいだ。自分がシゲを殺してしまった事になる。そうなったら、どうしよう。
「おいおい、何言ってんだよ」
智也は和夫の肩を叩いた。そんなわけないだろ。
「そ、そうだね。おじいちゃんがそんな病気になるわけないよね」
和夫は苦笑いをした。そんな事ないよね。きっとシゲはがんになるはずがないよね。あんなに元気だもん。
午後3時頃、気温が暑くなってきた。セミがより一層うるさく鳴いている。扇風機を回しても涼しくならない。
和夫は冷凍庫を見た。だが、アイスがない。橋を渡った所にある売店で買ってこなければ。
「アイスないなー」
「アイス買いに行こうぜ」
和夫と智也は売店でアイスを買いに行く事にした。アイスがなかったら、シゲが帰りに買ってくるはずだが、待っていられない。
「うん」
2人は塚田を家に残し、売店に向かった。集落は閑散としている。スエの家族は出かけていて、家は静かだ。
外は暑い。日差しがとても強い。少し歩くだけでも汗がよく出る。でも、もう少しの我慢だ。売店に付けば、アイスにありつける。
2人は橋に差し掛かった。橋の下の川岸では老人が釣りをしている。和夫は立ち止まり、老人をじっと見つめた。彼はあと何年、生きていられることができるんだろう。あと何年、釣りを楽しむことができるんだろう。
家を出ておよそ10分、2人は売店にやって来た。店には様々なアイスが並んでいる。どれを食べようか考えたが、ソフトクリームにした。この近くで食べようと思っているからだ。溶けたアイスをこぼして迷惑をかけたくない。
バニラ味のソフトクリームを買い、2人はその近くで食べていた。人通りは少ない。昔はどれぐらいの人通りがあったんだろう。そして、どれぐらいの人が住んでいたんだろう。
その横では、その近くにいる老婆が話をしている。老婆は何か深刻そうな表情だ。
「シゲさん、あと半年しか生きられないんだってね」
「そうなんだ」
和夫と智也はその話を近くで聞いていた。半年しか生きられないって、がんだろうか? 和夫は不安になった。
「両親にしか言ってないらしいよ」
「ふーん」
和夫は驚いた。まさか、両親は知っていたとは。なのに、和夫には秘密にしていた。いじめでがんになったと思い、ショックを受けないように言わなかったんだろうか? ひょっとして、この夏に過ごす事になった理由は、シゲと過ごす最後の夏休みにするためだろうか?
「和ちゃんが知ったらショックを受けて泣くかもしれないと思うから言わないんだって」
2人の老婆は向こうへ行った。老婆は下を向いている。よっぽどショックだったんだろう。
「帰ろう」
「うん」
ソフトクリームを食べながら、2人は帰る事にした。その間、和夫は下を向いたままだ。自分のせいで、シゲはがんを患い、余命半年になってしまった。自分がいじめをしなければ、シゲはがんにならずに、もっと生きていたかもしれないのに。自分は何てバカな奴なんだろう。生きていていいんだろうか? 死んで償った方がいいんだろうか?
売店から帰ってきた和夫は、甲子園の中継を見ずに、2階でじっとしていた。シゲが余命半年だと知って、よほどショックを受けているんだろう。
そこに、智也がやって来た。智也は心配していた。順調に立ち直っていたのに、今日の立ち話で一気に落ち込んでしまった。この調子で、2学期を迎える事ができるんだろうか?
「あと半年しか生きられないって、がんじゃないのか?」
あの話を聞いて、智也も何かを感じていた。余命宣告をされるなんて、がんじゃないだろうか?
「そんな気がしてきた」
和夫もその気がしていた。あんなに元気なシゲががんになるなんて、ありえない。何かの間違いだ! 夢だと言ってくれ!
「きっと僕がいじめたショックでがんになったんだろう」
和夫はうずくまり、涙を流した。自分のせいでがんになったんだと思った。自分はシゲの首を絞めるようなことをしてしまった。なんて自分は無責任なんだろう。
「そんなわけないよ! 泣くなって!」
智也は和夫の肩を叩いた。シゲの分も一生懸命生きよう。そして、天国でもシゲが安心して見ていられるようにこれからの人生を頑張ろう。
「俺がいじめなければ、もっとおじいちゃんと遊べたのに!」
「そんなことないよ!」
その時、軽トラックの音が聞こえた。シゲが帰ってきた。和夫と智也は顔を上げた。
「ただいまー」
シゲは顔を上げた。だが、和夫が下りてこない。いつもなら下りてくるはずなのに。
しばらくして、和夫が下りてきた。だが、気分が上がらない。何があったんだろう。シゲは首をかしげた。
「おかえり・・・」
「どうしたんだ、和ちゃん」
声も元気がなさそうだ。明らかに昨日の和夫と違う。心配して、シゲは声をかけた。
「い、いや、何でもないよ・・・」
だが、和夫は何も言おうとしない。シゲを少し見ると、和夫はすぐに2階に上がっていった。よく見ると、泣いている。シゲは不思議そうにその様子を見ていた。
「泣くなよ和ちゃん。何があったの?」
心配そうな表情で、シゲは和夫に声をかけた。何があったのか話してほしい。
「何でもないよ!」
突然、和夫が叫んだ。昨日とは表情が全然違う。何があったんだろう。
「そうか」
シゲはそれ以上何も言う事ができなかった。ひょっとして、自分の病気を知ってしまったんだろうか? それでショックを受けているんだろうか? 楽しい夏休みを過ごしてほしいのに、どうしたんだろう。
その夜、和夫は1階に降りてきた。晩ごはんをほとんど食べる事ができなかった。あまりにも余命半年のショックが響いている。シゲも智也も心配しているという。
和夫は母に電話をかける事にした。今日、ついに知ってしまった。その事を言っていいんだろうか?
和夫は受話器を取り、母に電話をかけた。和夫は震えている。
「もしもし」
「あっ、和ちゃん」
母の声だ。いつものように元気な声だ。シゲの事を知っているにもかかわらず、どうしてこんな表情でいるんだろう。
母は驚いた。元気がない。あれほど気を取り戻したのに、何があったんだろう。
「どうしたの?」
「な、何でもないよ」
和夫の口が震えている。今日、自分は知ってしまった。シゲが余命半年だという事を。それを本当に言っていいんだろうか?
「泣いているみたいだよ」
母は心配した。このままで2学期を迎えてもいいんだろうか? 3者面談で話し合って、シゲの家で暮らして気を取り戻そうと決意したのに。ここに来てどうしてこんなに落ち込んでしまったんだろうか?
「本当に何でもないってば」
和夫は口調が荒々しくなってしまった。また元の不良になってしまったんだろうか?
「ご、ごめん」
母は何も言えなかった。結局、またいつもの和夫に戻ってしまったんだろうか? 母はしゃがみ込んでしまった。
「おやすみ母さん」
「おやすみー」
和夫は電話を切った。和夫もしゃがみ込んでしまった。僕はどうしてあんなことをしてしまったんだろう。
2階でも和夫は悩んでいた。きっとシゲは僕のいじめのせいでがんになったに違いない。僕は生きていていいんだろうか? 人を殺すきっかけを作ってしまった僕は、死ぬべきじゃないか。
和夫は決意した。明日の早朝、橋から飛び降りて自殺しよう。そして、後から天国にやって来るシゲと一緒に過ごすんだ。その方が、シゲにとっても幸せなんじゃないかな?
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