8月11日

 8月11日、今日からまたここで迎える。今日も暑い日が続いている。セミの鳴き声がよく聞こえる。何もかもが懐かしい。


 昼下がり、和夫は朝から2階で勉強をしていた。今の所、いくつかの教科は終わった。だが、自由研究はしていない。31日までだけど、移動の関係で29日までに終わらせないと。


 しばらく勉強をして、和夫は休憩する事にした。今日も集落はのどかな風景だ。シゲやスエが農作業をしている。川のせせらぎが聞こえる。都会とはまた違った魅力がある。和夫はすっかり好きになっていた。


「お邪魔します。和夫くんいますか?」


 その声に、和夫は驚いた。智也だ。まさか、ここに来たとは。和夫はあっけにとられた。


 和夫は1階に降りてきた。確かに智也だ。一体どうしてここに来たんだろうか? 旅行か? それとも気晴らしか?


「智也」

「やぁ」


 智也は笑顔で答えた。すっかり立ち直っているように見えるので、来なくてもいいように見えるが。どうしたんだろう。


「どうしたの?」

「夜行列車に乗って1人で来ちゃった。僕もこっちで夏休みを過ごそうかなって」


 昨日の夜、智也は夜行列車に乗って、そのあと2本の列車を乗り継いでここにやって来た。もちろん家族や先生の許可を取って。


「なんで?」

「いや、楽しそうかなと思って。こういう、あわただしくてうるさい都会よりもこっちの方が落ち着くかなと思って」


 おとといの登校日、和夫の立ち直った姿を見て、智也は考えていた。自分も秋平に行ったら、変われるんだろうか? もっと成長できるんだろうか? ならば、自分も行ってみようかな? そう思い、智也は母からもらった交通費で秋平に来たそうだ。


「そっか」


 和夫は納得した。確かにここに来ると立ち直れる。夏休みの前半だけでもこんなに立ち直れた。30日までいると完全に立ち直れると思ってきた。きっと智也も変われるだろう。


 智也は家に入った。智也は家の中を見渡した。写真でしか見た事のない風景だ。こんな家で過ごしているとは。


「夏休み中、ずっとここにいるんだね」

「うん」


 2人は2階に向かった。智也は恐る恐る階段を上った。こんなに急な階段があるとは。今の家では屋根裏部屋しかこんなのはない。


「これがおじいちゃんの家か」

「うん」


 智也は2階から集落を見た。とてもいい眺めだ。東京ではこんな風景見られない。なるほど。ここなら気分をリフレッシュできるはずだ。


「何年前からあるんだろう」

「わからない」


 和夫は笑顔を見せた。すっかりこの家が気に入った。だけど、30日に帰らなければならない。寂しいけど、東京に帰らなければならない。東京には富と豊かさがある。


「空気がきれいだね」

「きれいでしょ。東京とは比べ物にならないでしょ」


 智也は深く深呼吸した。田舎ってこんなに空気がきれいなのか。東京と比べ物にならない。


「うん」


 和夫は嬉しそうな表情だ。自分だけでなく、智也もここが気に入ったようだ。


「家族には行ってくるって報告したの?」

「ああ」


 和夫は心配していた。まだ中学生なのにこんな遠くまで1人旅させて、大丈夫だろうか? 両親は心配しないだろうか?


「こんな体験もいいよ。都会とは違った魅力があるから」

「そうだね」


 2人は空を見上げた。東京とはまた違う。空がこんなに近く見える。空気が澄んでいる。


 そこに、農作業を終えたシゲがやって来た。暑い中で農作業をしていたシゲは汗をかいている。この年とは思えないほど元気だ。


「和ちゃん、今日は花火大会だけど、見るかい?」


 今日は、年に1度にこの村で行われる花火大会の日だ。森琴小学校で行われる。そのため、森琴村はいつも以上に賑わうという。


「うん」


 和夫は嬉しそうな表情だ。花火大会は好きで、毎年隅田川の花火大会を見に行っている。だが、都外の花火大会を生で見た事はない。どんなのだろう。楽しみだ。


「あっ、そうなんだ。僕も一緒に見ようかな?」


 それを聞いて、智也も表情が変わった。まさか、今日は花火大会だとは。いい日に来た。ぜひ行きたいな。


「いいよ!」


 シゲと和夫は笑顔を見せた。今夜は3人で花火を見よう。今日だけの特別な夜だ。思う存分楽しもう。




 夕方6時半ぐらい、外は徐々に暗くなってきた。和夫と智也は勉強を終えて家でくつろいでいた。2人は今夜の花火大会の事を考えている。どんな感じだろう。早く行きたいな。


「和ちゃん、智也くん、行くぞー」


 シゲの声が聞こえた。今から会場に行くようだ。シゲも嬉しそうな表情だ。楽しみにしているようだ。


「うん」


 2階にいた2人は1階に降りてきた。もうすぐ花火大会だ。2人は笑顔を見せた。


 シゲと和夫は軽トラックに乗った。智也はやって来た鈴木の車に乗った。鈴木はすでに今日の仕事を終えている。鈴木も花火大会に来るようだ。


「今日は楽しみか?」

「うん」


 小学校に向かう途中、鈴木も笑顔を見せていた。鈴木も楽しみにしているようだ。


「ここ、楽しいだろう?」

「ああ、楽しいね。東京とはまた違った魅力があって」


 智也が来ていることを、鈴木は知っていた。智也は和夫らがいじめていた中学生だ。ここに来て立ち直った和夫を見て、ここに行けば立ち直れるんじゃないかと思ってやって来た。


 夜、和夫と和夫とシゲは花火大会の行われる学校にやって来た。すでに外は暗くなっている。小学校には多くの人が集まっている。だが、東京ほどではない。


「けっこう人来てるね」

「うん」


 和夫とシゲは臨時の駐車場に軽トラックを停め、降りた。会場となる運動場では民謡らしき音楽が流れている。


 運動場の周りには屋台がある。金魚すくい、射的、焼きそば、たこ焼き、お面など、様々だ。賑わっている屋台もあれば、あまり人が来ない屋台もある。昔はどれぐらいの人が来ていたんだろう。もっと来ていたんだろうか?


 程なくして、智也の乗った鈴木の車もやって来た。鈴木はシゲの軽トラックの隣に車を停めた。


「鈴木さん!」


 降りてきたら、和夫がやって来た。和夫も鈴木も花火大会を楽しみにしているようだ。


「楽しそうだね」


 2人は辺りを見渡した。人々の賑わいが聞こえる。でも、もっと昔はもっと聞こえたんだろうな。

 和夫はシゲを見た。シゲは持ってきた折り畳み椅子に座って、盆踊りを見ている。何分か前から盆踊りが始まっていて、多くの人が踊っている。周りの人は歩きながら、屋台を巡ったり、屋台で売ってた料理を食べて楽しんでいる。


「あれっ、智也は?」


 和夫は辺りを見渡した。鈴木と一緒に来た智也がいない。どこに行ったんだろう。それに気づいて、鈴木も足りを見渡した。だが、智也が見当たらない。


 しばらくいなくなっていた智也がやって来た。和夫と鈴木はそれに反応して智也の方を向いた。智也は屋台のたこ焼きを食べている。


「何食べてんの?」

「たこ焼きー」


 智也は笑顔を見せて、おいしそうに食べている。お店のよりおいしくないけど、祭りが楽しいからおいしく感じる。


「僕にも食べさせてー」

「いいよー」


 智也は別のつまようじを和夫に渡した。和夫はつまようじを取った。


「いただきまーす」


 和夫はたこ焼きをほおばった。


「おいしい!」

「東京のもおいしいけど、こっちもおいしいな」


 和夫も智也もおいしそうにたこ焼きを食べている。シゲはその様子を幸せそうに見ている。


「花火大会いいでしょ?」

「うん」


 突然、大きな音が聞こえた。打ち上げ花火だ。打ち上げ花火は小さな音が聞こえた後、大きな音を立てて打ち上がった。その度に人々は歓声を上げ、笑顔になる。シゲも笑顔になる。


「たーまやー」

「きれい」


 和夫と智也も感動していた。東京の花火ほどの派手さはないけど、花火はやはり美しい。


「東京の花火とはまた違った魅力があるでしょ?」

「うん」


 シゲは花火をじっと見つめている。何か考え事をしているようだ。


「おじいちゃん、どうしたの?」


 和夫はシゲの様子が気になった。何を考えているんだろう。


「この花火、あと何回見られるかなって」


 シゲは何か心配事を隠しているような表情だ。明らかにいつものシゲと違う。


「きっと来年も見られるよ」


 和夫はシゲの肩を叩いた。和夫は励ましているようだ。胸を張らないと。


「そうだといいけど」


 やはりシゲは落ち込んでしまった。元気がない。やはり隠し事があるような表情だ。


「お、おじいちゃん、どうしたの?」


 和夫は心配そうな表情だ。一体どうしたんだろう。


「いや、何でもないよ」


 シゲは笑顔で答えた。だが、どこかわざとらしい。和夫はその表情が気になった。やはりあの薬が原因だろうか? 一体、シゲはどんな病気なんだろう。とても気になる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る