8月5日

 8月5日、今日も晴れだ。とても暑い日々が続いている。いつになったら雨が降るんだろう。


 和夫は空を見上げていた。もう何日もこんな日が続いている。東京はどんな日々なんだろう。和夫は東京が恋しくなってきた。だが、あと3日で東京に帰れる。楽しみな半分、成長した自分を見せなければというプレッシャーも感じる。


「おじいちゃん、今日も出かけてくるからね」


 その声に気付き、和夫は下を向いた。シゲがいる。今日もどこかに出かけるようだ。和夫はその様子をじっと見た。一体どこに行くんだろう。


「うん。早く帰ってきてね」

「ああ」


 シゲは軽トラックに乗り込んだ。だが、シゲの様子が少しおかしい。どこかふらついているようだ。和夫は少し不安になった。やはり病気だろうか?


「じゃあ、行ってくるよ」

「いってらっしゃい」


 シゲの乗った軽トラックは家を離れた。和夫はじっとその様子を見ていた。一体どうして出かけるんだろう。やはり病気だろうか?


 和夫は朝から勉強を始めた。31日までにしなければいけない宿題を早くしなければ。




 10時ぐらいになって、翔太と慶太と康之がやって来た。翔太は今日もドラゴンクエストを始めた。今日もなかなか進んでいないようで、ドラゴンを倒せないようだ。レベルが足りないのか、装備が弱いのかわからない。


 しばらくすると、ドラゴンクエストのBGMが流れてきた。だが、和夫はそれに目もくれず、黙々と勉強していた。いつもだったら部活をしていたのに。今年の夏はできない。


「お邪魔しまーす」


 突然、誰かがやって来た。塚田だ。それに反応して、和夫は1階にやって来た。


「塚田の兄ちゃん」


 和夫は驚いた。まさか、塚田がやって来るとは。どうして来たんだろう。


「あっ、和ちゃん、どうしたの?」

「何やってるのかなって思ってやって来た」


 塚田は暇で、何か面白い事がないかなと思ってやって来た。特に意味はない。話しに来ただけのようだ。


 和夫は冷凍庫からアイスを取り出した。和夫はちゃぶ台に座り、アイスを食べ始めた。塚田もつられるように座った。


「おじいちゃん、朝から出かけちゃったんだ」

「そうなんだ」


 塚田はシゲが出かける事が多いのを知らなかった。塚田は首をかしげた。塚田も不思議に思った。何か重大な事があるんじゃないのか?


「昨日もそうなんだ」 

「へぇ、何だろうな」


 塚田は思い浮かべた。シゲは何か重大な病気になっているんじゃないか? もう先が長くないんじゃないか?


「塚田の兄ちゃんも知らないの?」

「うん」


 塚田は不安になった。今年の夏は和夫がずっといるのであまり出かけないだろうと思ったら、こんなに出かけているとは。一体何だろう。


「和ちゃん、夏の甲子園、毎年見てるの?」


 和夫は気になっていた。塚田は高校球児だ。毎年夏の甲子園を見ているんだろうか? そして、出てみたいと思ったことがあるんだろうか?


「うん。なんか、筋書きのないドラマのようで、感動できる」


 塚田は毎年見ている。そして、ドラマチックな試合を見るたびに感動して、時には涙を流している。


「言われてみれば、そうだね。負けて泣いて、砂を持ち帰る所とか、ドラマだよな」


 和夫も毎年見ている。両親が見ていたので、物心つくころから自然に見るようになった。ドラマではないのに、まるでドラマのように感動できる魅力がある。そして、時には泣けてくる。


「確かに! 僕もそう思ってる!」

「塚田の兄ちゃん出たかったの?」


 和夫は気になっていた。塚田は本気で甲子園に行きたかったんだろうか? 甲子園で試合をしたかったんだろうか?


「いや、それほどの実力なんてないよ」


 塚田はそれだけの実力はないと思っていた。強豪校に比べたら、実力が全然違う。ナインの強さもさることながら、控えも強い。自分の高校ではまるで歯が立たない。今年の夏に戦ったが、5回コールド負けだった。


「塚田の兄ちゃんもそれぐらいしてきたんでしょ?」

「うん。してきたけど、これに出れる高校は名声もあるし、何しろ練習がハードなんだ」


 塚田は名門高校野球部の練習を見たことがある。とても厳しくて、自分にはとてもついて行けないと思った。それでも、彼らはその練習についていく。彼らは甲子園を目指すために、プロになるためにやって来た高校生も少なくない。


「ふーん」

「うちの高校ではとてもかなわないよ」


 和夫は真剣にその話を聞いていた。自分はテニス部をしているが、全国クラスの強豪って、どんな練習をしているんだろう。果たして自分はついていけるんだろうか?


「そっか」

「それでもプロになれるのはごく一部で、一流になれるのはその更にごく一部なんだよ」


 塚田は知っている。プロになれる人はそんなに多くないし、その中でレギュラーになれるのはほんの一部だと。知り合いに元プロ野球選手がいる。だが、その人は1軍で活躍できないまま、数年で引退したという。今では普通の技術者だという。


「とても厳しい世界だね」

「プロ野球は一見華やかに見えるんだけど、とても厳しい所なんだよ」


 塚田はシーズンオフに、戦力外になった人々の話を聞いたことがある。華やかに見えるプロ野球の世界はこんなにも厳しい世界なんだ。


「そうなんだ」


 和夫はプロ野球の中継をよく見たことがある。満員の観客の中で声援を浴びて、華やかに見える。その裏で、こんな事も起きているなんて。テニスでもこんな事はきっとあるはずだ。プロになるにはもっと頑張らねば。でも、本当にプロになれるんだろうか? なれたとしても、世界的に有名になる事ができるんだろうか?


 和夫はアイスを口にした。だが、話を聞く前と聞いた後では、味が違うように感じた。同じアイスなのに。どうしてだろう。




 夕方、子供たちはドラゴンクエストをし終えて、家に帰った。また静かな時間だ。


 和夫は2階から外を眺めていた。夕焼けはまだ遠い。7時近くにならないと見れない。まだまだ日の入りは早いようだ。


 和夫は東京での日々を思い浮かべていた。いじめなんてしていなければ、夏休みのほとんどを東京で暮らしていたのに。いつものように友達と夏休みを楽しむことができたのに。自分のせいでこうなった。しっかり反省して、来月から頑張らないと。


 和夫は和子に電話しようと思い、下に降りてきた。シゲはまだ帰ってきていない。1階には誰もいない。とても静かだ。


 和夫は受話器を取り、和子に電話をかけた。


「もしもし」

「あら、和ちゃんじゃない? 元気にしてる?」


 和子だ。夕飯を作っているのか、何かを煮込む音がする。そう言えば、和子の手料理を最近食べていない。恋しいな。早く帰って食べたいな。


「うん。元気にしてるよ」

「今日、和ちゃんの好きなアニメ見てたの。でも、1人で見てると、なんだか寂しいわ」


 和夫がいない寂しさを、和子はここ最近感じていた。いつもと比べて夜の2階が寂しく感じる。和夫がいないだけでこんなに寂しく感じるんだろうか?


「夏休みにいなくて、ごめんね」


 夏休みはほとんど東京に来ることができない。和夫は申し訳ないと感じていた。でも、それは自分への罰だ。しっかりと償って、来月からまた頑張ろう。


「いいよ。もう反省したでしょ?」

「うん」


 和夫は笑顔を見せた。また来月、頑張ろう。そして、成長した姿を先生や友達に見せるんだ。


「しっかりと気持ちをリセットさせて、来月から頑張ろうね」

「うん」

「じゃあね、おやすみー」

「おやすみー」


 和子は受話器を置いた。それを確認して、和夫も受話器を置いた。


 その直後、シゲが帰ってきた。足取りはしっかりしている。だが、和夫は気になった。朝の様子は何だったんだろう。


「ただいまー」


 シゲは笑顔だ。だが、何か悩み事があるような表情だ。和夫は気になった。やはり何か隠しているんだろうか?


「遅かったね」


 和夫は気になっていた。何か重大な病気なんじゃないかな? 今朝の様子といい、あの薬といい、何か怪しい。だが、何も言う事ができない。


「ごめんね。今日はなかなか帰ることができなかったんだ」

「いいよ」


 和夫は笑顔を見せた。だが、心の中では不安でいっぱいだ。シゲは病気を患っているんじゃないか? だとすると、シゲと過ごす夏休みは今年が最後だろうか?


「晩ごはん今から作るね」

「ありがとう。遅くなってごめんね」


 シゲは何事もなかったかのように晩ごはんを作り始めた。和夫はその様子をじっと見ていた。あと何回、シゲの料理を食べることができるんだろう。料理を作る姿を見ていると、なぜか和夫は泣きそうになった。

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