8月4日

 8月4日、この日も晴れているが、午後からは雨の予報が出ている。先日の台風で崩れた道はまだまだ復旧が進んでいない。


 和夫は青い空を見ていた。今頃、東京の友達は何をしているんだろう。楽しくファミコンをしているんだろうか? 遊びたいのに、遊べない。だが、これが自分に与えられた罰だ。受けるしかない。その先にいい未来が待っているだろうから。


「おじいちゃん、今日はちょっと出かけてくるから」

「うん」


 和夫は下を向くと、そこにはシゲがいる。どうやらどこかに行くみたいだ。もう何回目だろう。一体どこに行くんだろう。今日も聞く事ができない。


「近所の子供たちと遊んできてね」

「うん」


 シゲは軽トラックに乗り込んた。和夫はその様子を見ている。その軽トラックの行き先がどこなのか気になる。


「じゃあ、行ってくるからねー」

「いってらっしゃい」


 軽トラックは家を出て、どこかに行ってしまった。和夫は軽トラックをじっと見ていた。その軽トラックは、いったいどこに行くんだろう。ひょっとして、病院ではないかな? あの薬をもらうため、病院に行くんじゃないのか?


 和夫は考えていた。シゲはどんな病気にかかっているんだろう。あの薬は何のための薬だろうか? 和夫の疑問は募るばかりだ。でも、なかなか言う事ができない。


「和夫兄ちゃん、遊ぼ!」


 誰かの声に気付き、和夫は下を向いた。あの子供たちがやって来た。当然ドラゴンクエストだろう。


「おじいちゃんが出かけちゃったから、午後はゲームをして遊ぼっかなって」

「ふーん」


 子どもたちは笑顔を見せた。午後からクリアした和夫が攻略法をいろいろと言ってくれるはずだ。和夫がいてくれれば、けっこうストーリーが進みそうだ。子どもたちは期待していた。


 朝、和夫は勉強をしていた。登校日までに提出の宿題は終え、夏休み明けに提出の宿題をしていた。その下では子供たちがドラゴンクエストをしていて、そのBGMが聞こえてくる。楽しそうだ。自分もやりたい。でも、今は宿題だ。午後から思う存分楽しもう。




 昼下がり、朝から宿題をしていた和夫は下に降りてきた。翔太は相変わらずドラゴンクエストをしている。だが、なかなか進まない。経験値をためていくだけの作業だ。


 和夫は子供たちの後ろに立ち、コーラを飲みながら子供たちの様子を見ていた。


「おじいちゃん、どうしちゃったのかな?」


 和夫はシゲの事が気がかりだ。まだ考えていた。あの薬は一体何だろう。病気にかかっているんだろうか? よくどこかに出かけるのは病院に行くからだろうか?


「どうしたの? 何かあったの?」


 ゲームをする様子を見ていた慶太が振り向いた。和夫の言った事に興味を持っているようだ。


「おじいちゃんが最近、どこかに出かけるんだ。帰ってくるのは夕方になってから」

「何だろう」


 慶太は首をかしげた。薬の事なんて知らない。一体何の病気だろうか? 想像がつかない。


「わからないよ。ただ、引き出しからおじいちゃんの薬が見つかったんだ」

「だとすると、おじいちゃん、病気なのかな?」


 慶太は確信した。シゲは病気にかかっていると。自分の祖母も病気にかかっていて、1日3回、たくさんの薬の服用している。


「僕もそう思ってる」


 和夫も感じていた。シゲは何か重大な病気なんじゃないか? そして、もう助からないんじゃないか?


「でも、何だろうな」

「わからないよ」


 和夫も首をかしげた。医学なんて全くわからない。一体どんな病気だろう。想像がつかない。


「よーし、今日こそはドラゴンを倒してやる!」


 翔太は、そんな話そっちのけでドラゴンクエストをしている。あまりにもゲームに集中しているようだ。


「和ちゃん、いじめを起こしたって、本当なん?」


 慶太は気になっていた。この夏、登校日以外ずっとシゲの家にいるのは、いじめを起こしてしまったからだと。慶太は最初、信じられなかった。だが、近所の人からそのうわさを聞き、本当かどうか確かめたかった。


「うん。言いたくなかった」


 和夫は落ち込んだ。だが、前に比べるとそんなに落ち込んでいない。ここで暮らすうちに少しずつ立ち直ってきた。


「その気持ち、わかるよ」


 慶太は和夫の手を握った。いじめをした事にめけずに、また2学期から頑張ってほしい。


「でも、みんな知ってたんだ」

「えっ!?」


 和夫は驚いた。あんまり知らないと思っていたが、まさかみんな知っていたとは。


「だから夏休み中はずっといるんだって?」

「うん」


 和夫は笑顔で答えた。してしまった事はしょうがない。2学期から挽回できるように頑張ろう。


「悪い事しちゃったけど、全部忘れて、夏休みを楽しもうよ!」

「うん」


 和夫は冷蔵庫からアイスクリームを取り出した。何日か前にスーパーでアイスクリームのパーティーパックを買ってきた。あと何個か残っている。いろんな味があるけど、和夫はイチゴ味を取った。


「今まで黙っててごめんね」

「いいよ」


 和夫は食器棚から出したスプーンでアイスクリームを食べ始めた。こんな暑い日のアイスクリームは最高にうまい。


「それでも僕が好き?」

「好き! だって友達じゃん!」


 和夫はもう許してくれないと思っていた。だが、許してくれた。慶太はあまり気にしていなかった。反省していているのなら。


「ありがとう。でも・・・」

「いい子になればいいじゃん!」


 翔太の隣にいた康之が和夫の元にやって来た。康之も和夫を励まそうとしている。


 だが、和夫は気になっていた。優太の両親が自殺した事だ。自分のせいで人が死んでしまった事がとてもショックだった。


「それで一緒にいじめた友達の両親が死んじゃったんだよ」


 和夫は下を向いた。自分はとんでもない事をしてしまった。取り返しのつかない事をしてしまった。


「その両親の分も頑張ろうよ!」


 康之も和夫の腕を握った。康之の気持ちも同じだ。何とかして立ち直ってほしい。いじめの事を気にせず、2学期また頑張ってほしい。


「う、うん。でも、友達の両親は帰ってこないんだよ」


 和夫は泣きそうになった。いくら立ち直ったとはいえ、これを思い出すと落ち込んでしまう。取り返しのつかない事だ。一生この苦しみを背負って生きていかなければならないだろう。


「もう過ぎたことだ。前を見て歩こうよ」

「そ、そうだけど」


 和夫は下を向きながらアイスクリームを口にした。とてもおいしいが、こんな事を考えていると、そんなにおいしくないと思える。


「これからの人生、頑張れよ」

「うん」


 和夫は泣いてしまった。優太の両親の事ではない。慶太や康之の優しさだ。


「和夫兄ちゃん、僕、頑張るから、和夫兄ちゃんも頑張って!」

「うん」


 和夫はアイスクリームを食べ終えて、容器をごみに捨てた。和夫はリビングに向かった。リビングでは翔太がドラゴンクエストをしている。まだ進展はなさそうだ。かなり手こずっているようだ。




 夕方、翔太らは帰り、和夫は2階にいた。結局翔太は進展がなく、ただ経験値を増やしてレベルを上げるだけの作業だった。早く進めて完全クリアしたい。だが、そのために必要なものがなかなか見つからない。翔太はイライラしていた。このまま夏休みで終わらせないと、和夫が東京に戻ってしまう。和夫が帰ると、ドラゴンクエストが遊べなくなる。早く完全クリアしないと。


「ただいまー」


 突然、声が聞こえた。シゲだ。シゲが帰ってきた。今までどこに行っていたんだろう。和夫は1階に向かった。


 和夫は1階から降りてきた。和夫を見て、シゲはほっとした。


「おかえり」


 シゲは何事もなかったかのように晩ごはんを作り始めた。シゲはとても元気だ。本当に具合が悪いんだろうか? そう思わせる様子だ。


「おじいちゃん」


 和夫は知りたかった。シゲがどうしてあんなに薬を飲んでいるのか? もし病気なら、どんな病気を患っているのか?


「どうした?」

「あのー・・・」


 だが、言おうとすると、戸惑ってしまう。本当に聞いていいんだろうか? 聞いてはいけない事なのでは?


「ん?」


 シゲは首をかしげた。一体どうしてんだろうか? 悩み事がまだあるんじゃないだろうか? あったなら、素直に言ってほしい。


「な、何でもないよ」

「そう・・・」


 シゲは台所を向いた。シゲは不審に思っていた。自分の病気が知られたんじゃないのか? 病気の事を考えずに、楽しい夏休みを過ごしてほしいのに。




 その夜、和夫は東京の和子に電話をしようと1階に降りてきた。毎日和子の声を聞かないと気が済まない。シゲは隣の家で話をしていて、いない。電話であの事を話すなら、絶好のチャンスだ。


「もしもし」


 和夫は元気がなかった。いじめの事が原因ではない。シゲの薬の事だ。何か重大な病気じゃないのか? 何の病気なのか聞きたかった。


「和ちゃん、どうしたの? 元気ないわよ」


 和子は気になった。まだいじめの事で落ち込んでいるんだろうか? もうすぐ登校日なのに、こんな事で落ち込んでいたら、みんなが心配するのに。


「おじいちゃん、またどっか行っちゃったんだ。何だろう」


 和子は驚いた。まさか、シゲの病気を知ってしまったんじゃないかな? あれだけ秘密にしておいてほしいと言っておいたのに。


「何だろうね」


 和子は何も知らないかのような態度を取った。本当は知っているのに。


「あっ、そうそう。もうすぐ登校日だね」

「うん」


 和夫は少し元気になった。久しぶりに東京の仲間に会える。どんな事を話そう。


「久しぶりに和ちゃんの姿が見られるの、楽しみだわ」


 和子も楽しみにしていた。久しぶりに和夫の顔が見れる。同じ屋根の下で眠れる。とても楽しみにしていた。


「そうだね。久しぶりに東京に来るの、楽しみだし、お父さんや友達、先生に会えるのも楽しみだよ」

「楽しみ!」


 和夫はワクワクしていた。久しぶりに住み慣れた東京に戻れる。東京の景色を久しぶりに見たい。東京の仲間と夏休みの前半はどう過ごしたか言い合いたい。


「それじゃあ、おやすみー」

「おやすみー」


 和夫は受話器を切った。和夫は少し元気になった。一時的ではあるが、もうすぐ東京に戻れる。久しぶりに東京の夜景を見る事ができる。そう思うと、和夫は少し元気が出てきた。そして、シゲの薬の事も忘れることができた。とても気になるのに。

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