8月6日
8月6日、この日の和夫は朝から1階にいる。今日は広島の平和記念日で、8時15分になると広島の人々は黙とうをする。和夫は広島に住んでいないが、その時は必ず黙とうをするようにしている。関係などないが、これほど多くの犠牲者が出た事に対して黙とうをすべきだと思っている。
和夫はシゲと2人でテレビを見ていた。テレビでは広島からの生中継が映っている。この時間帯は連続テレビ小説がやるそうだが、この日は平和記念式典のため、時間をずらして放送される。
広島の平和記念式典には、多くの広島市民が集まっている。その中には、有名人もいる。
「今日は平和記念日か」
「うん」
2人は真剣にテレビを見ていた。この日は平和について考え、原爆で亡くなった人々の冥福を祈る。いつもとは違う、特別な日だ。
8時15分になった。広島に原子爆弾が投下された日だ。黙とうの掛け声とともに、人々は目を閉じ、黙とうする。
「みんな黙とうしてるね」
「ああ」
2人も黙とうした。和夫はそんなに考えずに黙とうしている。だが、シゲは様々な事を考えながら黙とうしている。
1分後、黙とうが終わった。人々は目を開け、黙って慰霊碑を見つめている。その先には原爆ドームがある。原爆ドームは元々、産業奨励館だったが、原爆投下によってこのような姿になり、今では原爆ドームとして原爆の悲惨さを後世に伝えている。
「その話、学校の平和学習で知ったんだ」
和夫は学校の平和学習で広島の原爆投下について学んだ事がある。その様子を診て、思わず目を覆いたくなかった。まるで地獄のようだ。だが、これが現実で起こった。とても信じられない。今の自分では、とてもこんな所で生き延びられない。今の平和な世界がどんなに幸せなものか、考えなければならない。
「本当の事、言おうか?」
シゲは真剣な表情だ。何か重要な事を知っているようだ。
「うん。何?」
「その時、広島の実家にいた友人がいるんだ」
実はシゲには広島出身の友人がいた。友人は長い夏休みを利用して広島に帰っていた。広島の原爆投下の知らせをラジオで聞いて、シゲは呆然となった。友人は大丈夫だろうか? シゲは不安になった。
「そうなの?」
和夫は驚いた。友人が原爆の被害を受けたという人が友達にいるなんて。和夫は信じられなかった。
「うん。でも、原爆で亡くなっちゃった」
シゲは悲しそうな表情だ。なかなか電話してもつながらなくて、1か月ぐらい経った後に飛び込んできたのは、原爆投下で死んだ知らせだ。
「そ、そうなんだ」
和夫は真剣にその話を聞いていた。まさかこんな所で平和学習のような話を聞くとは。予想外の出来事だ。だが、平和学習だけではわからない事かもしれない。
「皮膚が焼けただれて、水を求めてさまよったんだけど、水にありつけずに死んじゃったんだ」
シゲは関係者から友人の状況を知った。開いた口がふさがらなかった。友人がこんな事になるとは。友人にはもう会えない。そう考えると、シゲは泣けてきた。
「そうなんだ。こんなに悲惨な事だったんだね」
シゲは台所に向かった。平和祈念式典を見ていて、食器洗いがまだだ。
「さて、来月に向けて宿題をしつつ、登校日に向けて準備をを続けなきゃ」
和夫は立ち上がり、2階に向かった。夏休みの宿題はもちろんの事、明日のお昼前に東京に出発する予定だ。そのための支度もしておかねば。
「頑張ってるな」
「明日のお昼に東京に出発するから、支度をしないといけないの」
和夫は急いで2階に上がっていった。シゲはその様子をじっと見ていた。そうか、9日に登校日があるから戻るんだな。
「それはそれは」
「だから今日はゲームの攻略法を教えている暇なんてないのさ」
和夫は2階で勉強と明日の支度をし始めた。久しぶりに東京に戻るだけで、わくわくしてきた。
9時頃から、翔太らがやって来た。翔太はいつものようにドラゴンクエストを始めた。だが、ここのところ全く進んでいない。ドラゴンがなかなか倒せないようだ。レベルが足りないってことはわかっている。あとは、防具だろうか?
だが、和夫はそんなの気にせず明日の支度をしていた。登校日に提出する宿題、必要な着替え、歯磨きセットをボストンバッグに入れる。
1つ1つ見るたびに東京に久々に戻れる嬉しさと、シゲとしばらく別れる寂しさが交錯する。帰ってくるまでにシゲは倒れていないだろうか? 死んでいないだろうか? とても心配だ。そして何より、あの薬は何だろう。知りたいな。
11時ぐらいになって、和夫は休憩のために2階に降りてきた。翔太たちは相変わらずドラゴンクエストをしている。だが、相変わらずドラゴンを倒せなくてイライラしているようだ。
「明日は東京に一旦帰っちゃうんだよね」
慶太は寂しそうな表情だ。せっかく仲良くなったのに、またいなくなっちゃう。寂しいな。また会いたいな。
「うん。でも10日には帰って来るよ」
和夫は笑顔を見せた。戻ったら、また遊ぼう。そして、残りの夏休みを楽しく過ごそう。
「10日に帰ったら遊ぼうよ」
「うん」
慶太は笑顔を見せた。必ずまた会えると約束して。
「約束だよ!」
「ああ」
和夫と慶太は指切りげんまんをした。
「明日、一旦帰っちゃうんだな」
振り向くと、そこには康之がいる。康之も東京に戻る事を気にしていた。
「うん」
「10日にはまた戻ってくるから」
和夫は康之の頭を撫でた。10日に必ず会おうな。そして、残りの夏休みを楽しもうな。
「そうか。明日、東京に戻るんだな。待ってるぞ」
そこに、シゲがやって来た。明日、いったん東京に戻る事を知っている。
「うん。おじいちゃん、元気にしていてね」
「うん」
和夫は笑みを浮かべた。10日に帰ってくる時には、元気でいてほしい。夏休みを思う存分楽しもう。
その夜、明日の準備を終えた和夫は、下でテレビ番組を見ていた。シゲも一緒だ。明日からしばらく離れ離れだ。だけども、すぐ会えるだろう。だが、その時まで生きているだろうか? 少し和夫は不安を感じている。その間にシゲが死なないだろうか? あの薬からして、シゲは病気を患っていると思われる。先は長くないと思われるが、いつまでこの世にいられるだろう。
突然、電話が鳴った。和夫は立ち上がり、受話器を取った。明日の昼頃に再会する和子からの電話だ。寝台急行の公衆電話からかけているのだろう。客車列車のジョイント音が聞こえる。
「もしもし」
和子が電話に出た。和子は嬉しそうな表情だ。和子は久しぶり々に和夫に会えるのを楽しみにしているようだ。
「明日の11時頃に来るからね」
「うん。待っててね。成長した和ちゃんを見たいな」
和子は笑顔で答えた。和夫の成長した姿、早く見たいな。
「うん。期待しててね」
和夫は笑顔を見せた。まだ終わっていないが、夏休みで成長した姿を見せたい。
「それじゃあ、おやすみー」
「おやすみー」
和夫は電話を切った。和夫は嬉しそうだ。久しぶりに東京に帰れる。久しぶりに両親に会える。久しぶりに友達に会える。とても楽しみだな。
和夫はリビングに戻ってきた。リビングではシゲがテレビを見ている。
「明日、帰っちゃうんだな」
シゲはすでに知っている。明日の昼頃、登校日のために和夫は一旦東京に戻る。しばしのお別れだ。だが、夏休みはまだ終わりではない。また10日に戻ってくる。夏休みは今月まで続く。30日までここにいる。まだたくさん思い出を作れる。
「うん。でも、10日にまた会おうね」
「ああ」
和夫は2階に向かった。明日はいよいよ東京に戻る日だ。成長した姿を見せて、2学期に弾みをつけたいな。
和夫は空を見上げた。この美しい夜空とはしばしの別れだ。でも、もうすぐ久しぶりに東京の空を見る事ができる。嬉しいのか、寂しいのか、よくわからない。
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