7月28日

 7月28日。今日も快晴だ。台風が来る前と変わりない天気だ。台風が来なかったんじゃないかと思うぐらいだ。だが、道路の被害を見ると、台風が来たんだと実感する。


 和夫はシゲに起こされた。いつもは自分から起きて下に降りるのに。こんな早朝から何だろう。目をこすりながら、和夫は起きた。


「今日もおじいちゃん、出かけてくるから」

「そう」


 シゲがこんなに朝早くに出かける。何事だろう。昨日の薬の事も考えて、何か重大な病気じゃないかな? 和夫はますます不安になった。


「今日も適当に遊んでてね」

「うん」


 和夫はうなずいた。だが、元気がなかった。シゲの事を心配していた。一体、何だろう。


「行ってくるからね」

「行ってらっしゃい」


 シゲは出かけていった。和夫はその様子を心配そうに見ていた。シゲの身に、何があったんだろう。どんな病気なんだろう。和夫は不安になった。




 今日も和夫は1人で家にいた。誰も来ない。寂しい。だが、勉強に集中できる。でも、詰まった時に誰も相談してくれない。とても不安だ。


 和夫は窓から外を見た。向こうではスエが農作業をしている。いつもののどかな風景だ。和夫はじっと見ていた。何年、この家は残るんだろう。シゲは先が長くないはずだ。そして、スエはいつまで生きているんだろう。そう思うと、和夫は下を向いてしまう。


「和夫兄ちゃん、帰ってきてるんだ」


 誰かの声に気付き、振り向いた。そこには純一がいる。この村唯一の小学校のたった1人の4年生だ。


「うん」


 和夫は笑顔を見せた。誰かが来てくれた。それだけでも嬉しい。


「宿題、教えてよ」

「いいよ」


 純一は笑顔でシゲの家に入った。夏休み明けに実力テストがある。そのために和夫に教えてもらわないと。


「お邪魔しまーす」


 純一は家に入った。1階には誰もいない。とても静かだ。電気は全て消えている。シゲは出かけている。


 純一は2階にやって来た。そこには和夫がいる。和夫も勉強中だ。中学生の和夫はもっと難しい事を勉強している。自分もこんな事を学ぶんだな。覚悟しないと。


 純一は和夫と勉強を始めた。純一は和夫の頭の良さに驚いていた。これが中学生なのか。もっと勉強したら、こんなになれるんだろうか? ただただ感心していた。


「すごいなー、こんなの解けるなんて」

「ありがとう」


 和夫は笑顔を見せた。あんまり頭がいいと言われたことがないので、とても嬉しかった。


「和夫兄ちゃん、どうして今年は夏休み中ここにいるの?」

「うーん、たまにはいいかなと思って」


 和夫は戸惑っていた。いじめが原因で夏休みをずっとここで過ごす事になったなんて言えない。


「部活はやらないの?」

「気晴らしに遊んで来いと言われたんだ」


 またしても和夫は戸惑ってしまった。どう言えばいいんだろう。こんな理由でいいんだろうか?


「ふーん」

「たまにはこんなのもいいよね」

「う、うん」


 和夫はほっとした。何とか嘘で流す事ができた。とりあえず、一安心だ。


「和夫兄ちゃん、なんで戸惑ってるの?」

「い、いや。何でもないよ」

「そっか」


 純一は怪しそうに見ていた。実は純一も理由を知っていた。だが、その事を言わないようにと両親に言われていた。




 午後、気晴らしに和夫は村のメインストリートを歩いていた。今日もセミがうるさく鳴いている。人通りは少ない。多くの人が家の中にいるんだろうか?


 和夫は暇そうに歩いていた。誰かと話そうと気晴らしに歩いているのに、誰もいない。どうしよう。帰ろうかな?


 そう思っていた時、ある集団が目の前からやって来た。その集団は、様々な旗を掲げている。その中には鈴木もいる。


「鈴木さん、これ、何なの?」


 鈴木も旗を掲げていた。彼らは大声で何かを叫びながら道を歩いている。


「ああ。電車に乗ろうって呼び掛けてるんだ」


 鈴木の表情は真剣だ。いつもの鈴木の表情ではない。それだけではない。周りの人も真剣な表情だ。


「どうして?」

「どうしてって、あんまり人が乗らなかったら、その路線があってもなくてもよくなるじゃん。だったら、もう電車が来なくなっちゃうこともあるんだよ」


 和夫は昨日の事を思い出した。廃止になってほしくないと思っているのは、鈴木だけじゃないんだ。


「そうなんだ」


 和夫は下を向いた。みんなの気持ちがよくわかる。廃止になってほしくない。その気持ちは自分も同じだ。


「今、国鉄が乗る人が少ない路線を廃止しようと考えてるんだ。ここも例外じゃなくて、なくなるかもしれないんだよ」

「昨日聞いたんだが、そんなにひどい事なんだね」


 こんな法律ができているなんて。和夫は驚いた。東京の国鉄ではこんなこと起こらないのに、ここでは起こる。やはり、過疎化やモータリゼーションが原因だろうか? これは止める事ができないんだろうか?


 つまらなくなって、和夫は家に戻ろうと思った。歩いていても何も楽しくない。家でじっとしている方が楽しい。


 和夫は家に戻ってきた。家には誰もいない。まだシゲは帰って来てないようだ。家の中は暗くて静かだ。すぐに和夫は2階に向かった。また勉強だ。勉強が進むのはいい事だが、とてもつまらない。




 その夜、和夫はスエの作る晩ごはんを食べていた。結局夜になってもシゲは帰らない。何があったんだろう。薬があるって事は、病気だろうか? そう思うと、和夫は落ち込んでしまう。


「どうしたの?」


 心配そうな表情を見て、スエは心配した。いじめの事の他に、何か悩み事があるのでは?


「何でもないよ」


 和夫は笑顔を見せた。だが、本当は悩み事がある。


「そう」


 スエは不審そうな表情を見せた。絶対に何かある。隠している事があるなら、言ってほしい。


「ごちそうさま」


 和夫は晩ごはんを食べ終えると、2階に向かった。悩んでいる所をスエに見られたくない。


 和夫は2階から星空を見ていた。今頃シゲは何をしているんだろう。あの薬があるってことは、病院にいるんだろうか? 何か重大な病気なんだろうか? ひょっとして、自分のせいで病気になったんじゃないかな?


 しばらくして、和夫は1階に降りてきた。もうスエは帰っている。1階は静かだ。誰もいない。また今日の午後のようだ。


 和夫は和子に電話しようと思った。そして、シゲがどんな病気なのか知りたかった。


 和夫は受話器を取り、和子に電話をかけた。


「もしもし」

「お母さん?」


 和子だ。いつもと同じ声だ。それを聞くだけで和夫はほっとする。だが、今はほっとしている時じゃない。あの事を話さなくては。


「どうしたの?」


 いつもと違って元気がないようだ。和子は心配した。


「おじいちゃん大丈夫なのかなって」


 そう聞いた時、和子は驚いた。まさか、知ってしまったのでは?


「大丈夫よ。心配しないの。いつもと違う夏休み、思いっきり楽しみなさいよ」


 和子は知らないような態度を見せた。だが、本当は違う。大きな病気を患っている。だが、和夫に言ってはならない。シゲの病気の事を知らずに、夏休みを思う存分楽しんでほしい。


「う、うん」


 和夫は戸惑っていた。こんな状況で本当に楽しんでいいのか? シゲが病気かもしれないのに。


「何か不安なことあったの?」

「いや、どんな病気なのかなって思って」


 和子はまた不安になった。病気の事を話していいんだろうか? 話したら夏休みを楽しめないんじゃないか?


「何でもないわよ。気にしないの」


 和子はまたもや知らないような態度を見せた。だが、ますます焦っている。


「不安にさせちゃってごめんね」

「いいのよ」


 和夫は受話器を置いた。結局、どんな病気なのか知ることができなかった。一体、シゲはどんな病気にかかっているんだろうか? ひょっとして、自分のせいで病気になったんじゃないか? 受話器の前で、和夫はしばらく立ち止まった。

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