7月27日
7月27日、今日は快晴だ。台風は昨日のうちに過ぎ去り、まるで嘘のように晴れ渡っている。だが、所々には昨日の台風の爪痕が残っている。
「おじいちゃん、ちょっと出かけてくるから」
2階で勉強をしていた和夫はその声に反応し、窓から顔をのぞかせた。下にはシゲがいる。シゲは軽トラックに乗っている。
「そう。いってらっしゃい」
「適当に遊んでて」
「うん」
シゲは家を出て行った。和夫はその様子をじっと見ている。どこへ行くんだろう。和夫は首をかしげている。
午前、和夫は土砂崩れの現場に行こうと思った。あのニュースがとても気になる。今頃、どうなっているんだろう。
和夫は現場に着いた。そこには地元の人が来ている。被害の様子を見に来たようだ。鈴木のおじさんも来ている。
「本当に崩れてる」
和夫は土砂崩れの様子をじっと見ていた。もし車が走っていて、落ちたら、命がないだろうな。避難していてよかった。都会であっても、電柱などが倒れて、ケガをすることがある。これでは学校が休みになり、自宅待機になるわけだ。
「こんなことが起きるんだね」
隣にやって来たのは鈴木だ。今日は農作業が休みで、現場に来ている。
「東京では浸水が起きるんだよね」
「うん」
去年の台風では、東京の一部で浸水が起きたそうだ。和夫の住んでいる地域はそんなことはないものの、台風の恐ろしさを改めて知った。
「復旧するまでいくらかかるんだろう」
「わからない」
2人は復旧作業をじっと見ている。朝からトラックなどが行き交い、騒然としている。いつもの村の様子ではない。
「鉄道は大丈夫だったの?」
「台風の時は運休してたけど、被害はなかったみたい。今朝はいつも通りに走ってるよ」
その時、汽笛が鳴った。2両編成のディーゼルカーがやって来た。いつもは少ないが、今日の乗客はやや多い。道路の不通の影響と思われる。
「そうか・・・」
鈴木は下を向いた。何か悩み事でもあるようだ。
「どうしたの?」
それを見て、和夫は肩を叩いた。先日、山に登った時と明らかに違う。何か隠し事があるんだろうか?
「国鉄が乗客の少ない路線を廃止にしているって、知ってるか?」
「ううん」
昭和58年から、国鉄再建法が施行され、採算の取れない国鉄の赤字ローカル線が廃止になっているという。特に多いのは北海道と福岡で、炭鉱が衰退するか、過疎化で廃線になる場合が多い。だが、全国的に見ると、廃止になった地方私鉄も含めて、モータリゼーションの影響が多い。
「今は大丈夫だけど、その基準が引き上げられたら、この路線も危ないだろうな」
「そうなんだ」
鈴木のおじさんはディーゼルカーをじっと見ていた。いつまでこのディーゼルカーは走り続けるんだろう。これから生まれてくる子供にも、ディーゼルカーが走る所を見せたい。そのためには、もっと人が乗らなければ。乗れば廃止は免れる。そのためには、自分たちで何か始めないと。
ディーゼルカーが見えなくなると、鈴木のおじさんは川を見ていた。昨日は久々に川の恐ろしさを知った。もし、外に出ていたら、どうなっていたことやら。防災訓練の大切さを改めに知らされた。それと共に、どうしてダムがつくられるのか、みんなどうして都会に行ってしまうのか、考えさせられる。
和夫もしばらく流れる川を見ていた。川は美しい。だが、時として牙をむく。川でおぼれて死んだ人のニュースを見ると、川が牙をむいたと感じる。この辺りは流れが激しいから東京の何倍も危険なんだろうな。
和夫は隣のスエの家にやって来た。スエは家の縁側でお茶を飲んでいた。
「スエさーん」
誰かの声を聞き、スエはこっちを向いた。和夫がいる。どうしたんだろう。スエは首をかしげた。
「はーい」
「お邪魔します」
和夫は縁側に座った。スエは和夫を見た。何があったんだろう。
「和ちゃん、どうしたの?」
「おじいちゃんが出かけていて、退屈なので」
それを聞くと、スエは下を向いた。何かを知っているようだ。
「そっか」
その様子を見て、和夫は不安になった。何か隠しているんじゃないのか?
「どうしたんですか?」
「何でもないのよ」
スエは笑顔を見せた。だが、嘘っぽい。本当は何かを隠しているようだ。和夫は少し気になった。だが、何も言えない。
「ふーん、おじいちゃん、朝から出かけちゃったのか」
「うん」
和夫は下を向いた。どうして出かけたんだろう。朝はいつもいるはずなのに。何かおかしい。
「年だからかな?」
和夫は高齢で体が弱っているからから病院によく行っているんだろうと思っていた。
「きっとそうだろうね」
その時、縁側に誰かがやって来た。昨日会った塚田だ。今日はスエの家に遊びに来ているようだ。
「あれっ、塚田の兄ちゃん!」
和夫は驚いた。塚田が来ているとは。全く知らなかった。
「和ちゃん、来てたんだ」
塚田も驚いた。
「ああ」
「塚田の兄ちゃん、高校野球ではどこを守ってたの?」
「エースだった。でも、常連校のエースに比べたら全然だよ」
塚田はため息をついた。練習試合で一流の高校と戦ったことがある。一流高校に比べたらレベルが全然違う。球速も、カーブの種類も。何もかも別レベルだ。
昼下がり、和夫は家に戻って勉強をしていた。家は静かだ。この家には和夫しかいない。いつもだったら楽しい夏休みだったのに、自分のせいでこうなった。反省してもどうにもならない。
だが、いい事もある。いつも以上に勉強に集中できる。騒然とした都会とは違う。これが田舎のいい所だろうか?
辺りにはセミの鳴き声しか聞こえない。都会のざわめきが全く聞こえない。
休憩することにした和夫は、1階に降りてきた。当然ここにも誰もいない。部屋の明かりは消えている。いつもだったらシゲがいるのに。朝から出かけている。
と、和夫はシゲの机の引き出しが出ているのが気になった。普通閉めているはずなのに。どうして開いているんだろう。
和夫は気になって引き出しの中身を見た。すると、白い紙袋がある。どうやら医者からもらった薬のようだ。何の薬なのか、全くわからない。
その時、電話がかかってきた。シゲからだろうか? だとしたら、あの薬の事を聞こう。どんな病気なのか、気になる。
和夫は受話器を取った。
「もしもし」
和夫は肩を落とした。優太だ。
「あれっ、優太くん?」
意外だった。シゲからだと思った。だが、優太だ。どうしたんだろう。何か大切な知らせがあったんだろうか?
「うん。和ちゃん、元気にしてる?」
「うん、優太くんもこっちに来たらいいのに」
和夫は優太をここに誘った。ここは静かだから勉強がずっとはかどる。だからこっちに来たらいいのに。
「えっ、どうしたの? 急に」
優太は驚いた。どうして誘っているんだろう。楽しんだろうか?
「楽しそうだから」
「ふーん」
優太は想像した。田舎は本当にいいんだろうか? 不便で、賑わいがない。本当にいい所だろうか?
優太は行ってみたいと思わなかった。どこがいいのか想像できない。田舎より都会がいいに決まってる。
夕方、和夫は家に戻って勉強していた。屋根裏の勉強部屋で数学の宿題をしていた。すでに終わっているものの、2学期が始まった直後にある実力テストのために頑張っている。昼食はスエの家で済ませた。スエの作る料理はおいしく、シゲとはまた違った優しさがある。
6時ぐらいになって、シゲが帰ってきた。シゲは少し元気がなさそうだ。だが、和夫の姿を見ると笑顔を見せた。
「ただいま」
「おかえり。おじいちゃん、どこ行ってたの?」
だが、シゲは何も言わない。何かを隠しているようだ。和夫は気になったが、きっと知られたくないことだろうと思っていた。
「いや、何でもな いよ」
シゲは笑顔を見せた。だが、冷や汗をかいていた。明らかにおかしい。
「ふーん」
「おじいちゃん、この薬、何?」
和夫は引き出しで見つけた薬を出した。それを見て、シゲは顔が変わった。この薬に関係があるんだろうか?
「何でもないよ」
シゲは薬を手に取り、引き出しにしまった。もう見られたくない。
「体悪いの?」
和夫は心配そうだ。シゲは何か悪い病気じゃないかな? あと何年生きられるんだろうか?
「大丈夫だよ、心配しないで?」
シゲは少し笑顔を見せた。だが、ぎこちない。何かを隠しているようなしぐさだ。和夫はその様子を不信そうに見ていた。
その夜、和夫は電話をかけた。あの薬の事だ。シゲには聞かれたくない。シゲは今トイレに行っている。そのすきを見計らって電話しようと思っていた。
「もしもし、お母さん?」
和夫は不安そうな声だ。不安そうな声を聞いて、和子は表情を変えた。どうしたんだろう。
「うん、そうだけど、どうしたの?」
和子は心配した。またいじめの事を気にしているんだろうか? 早く立ち直ってほしい。そして、2学期に元気な姿を見せてほしい。
「おじいちゃん、体の具合悪いの?」
「えっ、どうしたの?」
和子は驚いた。まるで何かを知っているかのような表情だ。どうして知っているんだろう。誰も知らないはずなのに。
「薬が見つかったんだ」
「そう」
それを聞いて、和子は表情を変えた。どうして見つかったんだろう。あれだけ隠してと言ったのに。誰にも見せないでといったのに。
「どんな病気か知ってるの?」
和子は真剣な表情だ。シゲの病気の事を知っているのか聞きたかった。
「ううん」
和夫は正直に答えた。どんな病気なのか聞いていない。でも知りたい。
「そっか」
和子はほっとした。ひょっとして、本当の事を知ってしまったんじゃないかと思った。病気の事を知ってほしくなかった。そんなこと知ったら夏休みが楽しくなくなると思った。
「おやすみ」
「おやすみー」
和子は受話器を置いた。和子はしばらく動けなかった。本当の事を話していいんだろうか? 現実と向き合わせるべきか? 電話機を見つめながら、和子は考えていた。
和夫も電話機をじっと見つめていた。薬の事を言ってよかったんだろうか? 自分は見てはいけないものを見てしまったんだろうか? 和夫も電話機を見つめながら、考えていた。
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