7月26日
7月26日、この日は朝から雨が降っていた。雨音が大きい。風が強い。今の所強風域だが、もう暴風域に入っているんじゃないかと思うぐらいだ。
シゲは朝からニュースをじっと見ている。ニュースは台風情報ばかりやっている。いつ避難情報が出るんだろう。シゲは注意していた。
「おはよう」
眠たい目をこすりながら、和夫が2階から降りてきた。テレビの音で目が覚めた。こんなに早くからテレビを見ているなんて。まさか、台風情報を見ているんだろうか。
「どうしたの、おじいちゃん」
「台風情報を見ているんだよ」
和夫も見始めた。テレビでは、暴風域に入った地域の様子が映っている。人がほとんど歩いていない。木が暴風で揺れている。毎年見る台風のニュース映像だ。これを見ながら11時まで暴風警報が解除されないことを祈っている。その時間までに解除されなければ、休校だ。その時には、飛び上がるほど嬉しくなる。
「もう朝食作ってるから、食べてね」
和夫がちゃぶ台を見ると、すでに朝食が作ってある。シゲはニュースを見るために早く起きて朝食を食べたようだ。
和夫は朝食を食べ始めた。みそ汁は冷えている。いつもは温かいのに。そしていつも向かいで食べているシゲはいない。
朝食を食べ終えた頃、電話がかかってきた。シゲは電話に出た。シゲは焦っているようだ。
「もしもし。はい。わかりました。今すぐ準備します」
「おじいちゃん、何?」
和夫はシゲの電話が気になった。ひょっとして、避難命令だろうか。
「朝でいきなりだけど、避難命令が出た。公民館に避難するぞ」
やはり避難命令だった。予想はしていたが、こんな朝早くから出るとは。予想外だ。
「うん」
和夫は避難の準備を始めた。避難所でも宿題をしなければ。和夫は持ってきたリュックに必要なものを大急ぎで入れた。
「準備できたかー?」
1階のシゲが声をかけた。シゲはすでに準備を済ませていた。
「うん」
和夫は1階に降りてきた。和夫はリュックをしょっている。だが、楽しくないようだ。これから公民館でに避難する。楽しい所ではない。
和夫とシゲは軽トラックで公民館に向かった。外は大雨で、起きた時より風が強くなっている。軽トラックはワイパーを激しく動かしている。
公民館の手前で橋に差し掛かった。深い谷に架けられた橋から川を見ると、いつもより流量が多くなっている。流れが激しい。水が濁っている。東京で見たことはないけど、台風の時の川って、こんなのかな?
家を出て約20分、車は公民館に着いた。公民館には多くの車が停めてある。避難している人の車と思われる。
和夫とシゲは公民館に入った。公民館の中には、避難してきた人が多くいる。多くの人が、家を心配している。崩れないか、土砂崩れで埋まらないか、地滑りで谷底に落ちないか。
「和ちゃん」
突然、誰かが声をかけた。塚田だ。塚田もここに避難していた。
「塚田の兄ちゃん」
和夫は笑顔を見せた。会えただけで嬉しかった。
「やっぱりここに避難してるのか」
塚田も家が心配していた。大切な野球道具を置いたままだ。いつまでも思い出にしようと思っていたのに。
「うん」
塚田は窓から外の様子を見ていた。外は暴風雨だ。朝より強くなっている。中心に近づいてきたと思われる。
「和ちゃんじゃないか」
和夫は後ろを振り返った。鈴木だ。鈴木も避難していた。
「鈴木さんも来てるんだ」
「うん。仕事だけど、避難命令が出たから休みになったんだよ」
本来だったら今日は農作業だった。だが、川に面していて、土砂崩れの恐れがあるために休んでいる。
「そうなんだ」
俊介もそんな感じだ。台風が来ると休みになり、その時はみんなでテレビを見たりゲームをしている。
「職場や実家が流されないか心配だな」
鈴木は田畑心配になっていた。農作物に大きな損失だし、生活が貧しくなってしまう。
「あー退屈だなー」
和夫は木目の床のホールに寝転がった。とても暇だった。ホールにも多くの人がいる。彼らも家が心配しているようだ。
「うーん、ファミコン持ってきたんだけど、誰かがテレビを使ってるから」
和夫は家から持ってきたファミコンを出した。だが、テレビはあっても避難している人々が台風情報を見ている。こんな状況で、こんなんで遊んでいる余裕なんてない。
和夫はファミコンをする気になれなかった。どうしてだろう。東京にいる時は、台風が来てもやっていた。だが、ここは台風が来たら東京の何倍も大変だ。そんな中で遊んでいる暇なんてない。
「すごい暴風雨だね」
寝転がっていた和夫に、鈴木が声をかける。鈴木は家族と一緒にこのホールにいる。
「うん」
和夫はうつぶせになり、宿題を始めた。早く宿題を終わらせて、夏休みを満喫したい。避難している子供の中には、学校の宿題をしている少年少女もいる。こんな状況ではゲームをする気にもなれないんだろう。
「早く解除されないかなー」
「家が心配だよ」
避難している人々の声が聞こえた。聞いていると、和夫も家が不安になった。台風で崩れないか心配だ。けっこう古い民家だ。
突然、男が急いで入ってきた。彼は作業員を着ている。彼が汗をかいていて、息を切らしている。
「大変だ、土砂崩れで道路が半分崩れ落ちた!」
その声を聞いて、一部の避難者は反応し、驚いた。
「えっ、土砂崩れ?」
「ああ。あそこの道路が半分崩れ落ちたんだ」
男は外を指さした。彼は焦っていた。
「そんな・・・」
「今、ニュースでやってるよ!」
テレビを見ていた人々はチャンネルを変えた。すると、崩壊した道路の映像が流れていた。
「本当だ。崩れてる」
テレビを見ている人々は呆然となった。これからしばらくここは交互通行になる。復旧するのはいつだろう。不安になってくる。
「和夫兄ちゃん!」
突然、1人の少年が声をかけた。公民館に近くに住んでいる翔太だ。地元の小学校唯一の6年生だ。夏休みに来る時はよくゲームをして遊んでいる。また遊びたいな。
「翔太くん!」
和夫は驚いた。まさか、ここで会うとは。
「元気にしてた?」
「うん」
「もう帰ってきてるんだ。でも、どうして?」
翔太は首をかしげた。いつもだったら盆休みにしか来ない和夫がどうしてもう来てるんだろう。
「夏休みをずっとここで過ごしたいと思ったからさ」
和夫は本当のことが言えなかった。いじめがきっかけで気分を晴らすために来ていると言ったら変な目で見られるかもしれない。
「ふーん」
だが、翔太は本当のことを知っていた。いじめを起こして、気分を晴らすためにここに来ていると。
夕方、ようやく警報が全て解除された。台風は昼下がりに通り過ぎ、雨は上がり、晴れてきた。避難していた人々は少しずつ帰り始めている。
「やっと警報が解除されたか」
シゲは外を見ていた。実家はどうなったんだろう。崩れていないだろうか? 土砂崩れは起きていないだろうか?
「帰ろう」
「うん」
和夫とシゲは軽トラックに乗り、実家に向かった。アスファルトはまだ濡れている。道路を走っている車はそんなに多くない。
「避難したことある?」
「ううん」
和夫は避難したことがなかった。東京がこんな大きな災害に見舞われたことはない。台風が来ても、自宅待機ぐらいだ。
「こんな感じなんだよ」
シゲは真剣な表情だ。山里はこんなに大変なんだぞ。
走って10分ぐらい、2人は実家に戻ってきた。幸いにも実家は無事だった。実家を見て、シゲはほっとした。
「やっと帰宅できた」
2人は軽トラックを降りて、家の前にやって来た。2人は家を見つめた。
「家は大丈夫だったね」
和夫もほっとした。実家がなくなったら、おじいちゃんはどこで住めばいいんだろう。和夫は心配になった。
「古いから心配だったよ」
2人は実家に入り、安心した。実家は荒れていない。元のままだ。避難していた間、崩れてしまうんじゃないかと思った。東京のしっかりとした家ではなく、藁ぶき屋根の家では、大丈夫だろうかと不安になっていた。
その夜、和夫は1階でテレビを見ていた。2人は真剣な表情でテレビを見ている。テレビではニュースが流れている。今日の台風のことがよく流れている。この辺りの事も流れている。
その時、電話が鳴った。和子からだ。
「もしもし」
「あ、和ちゃん、大丈夫だった?」
「うん。公民館に避難してた」
「そう。よかった。大丈夫かなと思って」
和子はほっとした。和夫が無事だった。シゲも無事のようだ。
「大丈夫だったよ。でも、近くの道路が崩れ落ちたんだ」
「それ、ニュースで見た。大変だったでしょう」
和子もそのニュースを見ていた。もし、和夫が被害に遭っていたらどうしよう。和子は不安になっていた。だが、和夫の声を聞いて安心した。
「突然、男の人が入ってきて、崩れたのを伝えに来たんだ」
「被害者が出なくてよかったね」
「うん」
和子は電話を切った。そして、和夫はニュースを引き続き見始めた。被害の様子や土砂崩れの様子が映っている。和子はほっとした。和夫に何かあったらどうしよう。
和夫は2階に向かった。もう2階でゆっくりしよう。今日は大変だった。台風が来たなんてこんなことになるなんて。東京都は全然違う。
和夫は2階から空を見上げた。台風一過の夜、星空がよく見える。朝の台風が嘘のようだ。和夫はため息をついた。優太くんの両親は天国で元気にしているんだろうか?
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