第122話 合格発表と……
運命の日、とも言うべきだろうか。卒業式を終えて数日後。
俺たちは合格発表を確認しに向かう。
合格発表の掲示板の前は、俺たちと同じような心境の人たちでごった返していた。
もう少し近づきたいな、と思いつつ目を凝らして俺と結花の番号を探す。
「ゆうくん、あったよ!」
「うん。俺も見つけた」
「やった!」
当たり前だけど、結花はこれ以上ないくらい興奮して飛び跳ねる。そして、俺に飛びついてくる。
同じ高校から受けてたやつがびっくりしてこちらを恐る恐る見ている。結花は気付いてないけど。
たしかに、クラス同じになったことがない人からしたら結花は完全無欠の天才美少女のイメージしかないだろう。
彼の視線がゆっくりと俺に移動する。
……いま、空耳じゃなければ「あいつ、同じ学校のやつか……見たことあるわ。非リアの敵」って聞こえた。
やばい、ボス戦始まっちまう。逃げよ。
「ほんとにありがとう、ゆうくん」
結花は俺の様子がおかしいのに気付くことなく、抱きついたまま離れようとしない。嬉しいよ、嬉しいんだけど今は……。
邪念はないんです(嘘)命は助けてください(ガチ)
心の中でそう念じていると、結花が突然顔を真っ赤にして俺から一歩分離れる。
「……来てくれてたんだ、お母さん」
「うん。結花、それに一条くん。おめでとう」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
結花のお母さんは、慈愛に満ちた表情で結花を優しく抱擁する。
「何もしてあげられなかった、というよりしてもらうことのほうが多かったね、ごめん」
「ううん、そんなことないよ」
ふたりの様子を眺めていると、ようやく俺も受かったんだと実感がふつふつと湧いてきた。
あ、俺も合格だった、って送ったのの返信、母さんと父さんから来てたわ。
「もし不合格だったらどんなリアクションしたらいいか分からなくて行かなかったけど、優希のことだから受かると思ってた」
そのメッセージを確認して、俺は若干苦笑いしてしまった。
「ありがとう、お母さん。これからも……私のこと、応援してくれると嬉しい」
「もちろん」
紆余曲折あったと思うけれど、このふたりが分かり合えたのを3年間で見てこれた。ふたりが喜んでいるのを見ると、俺も嬉しい。
仕事に向かう母に、手を振る結花の姿が印象的だった。
「ゆうくん、早速だけど……大学に通うための家探しに行こう?」
「え、もう?」
「うん、早く行かないと取られちゃうから」
これから大学入学とは思えないほど詳しい結花に手を引かれて、内覧へと向かう。
候補の物件は、1LDKで大学まで10分ほどという俺が考えている条件に合致していたこの上なく素晴らしい物件だった。1人だとここには住まないが。
台所も作業しやすそうじゃん。全居室フローリングだし、掃除機もかけやすそう。
「お風呂もふたりで入れそうだね」
「えっ……たしかに」
お風呂場を確認しにいった結花が、戻ってきて俺に耳打ちする。いやたしかに不動産屋の人に聞かれたくはないけどね? 俺のHPに配慮して?
「ここにしよっか、ゆうくん」
「凄くいいけど……家賃ってどのぐらいなの?」
「どうしますか?」と尋ねられた俺たちは、ほぼ決定に近いけど作戦会議を行う。
なんか俺テレビショッピングに出てる人みたいなこと言ってる。
「13万って。でも、ふたりで払ったら一人暮らしとあんまり変わらないんじゃないかな」
「たしかに。じゃあここにしよう」
「うん!」
諸々の手続きを済ませて、契約は完了した。引っ越しの準備しないとだな。
……大学入学と共に始まる同棲生活が楽しみすぎる。
新居を決めてからわりとすぐ、引っ越しの日がやってきた。
荷造りを終えて、俺は3年間お世話になったアパートを眺める。
「今日でここの家とはお別れか」
「……そうだね」
ここで過ごした日々を思い出して、しみじみとした気持ちになる。
最初に結花に家来てもらった日のこと、家事代行頼んでなくても来てくれるようになって、おうちデートをしたり、皆でパーティーした日のこと。挙げればきりがない。
それらの思い出が一気に脳内を駆け巡る。
「……でも、新しい家でまた思い出作ればいいかな」
「うん。ゆうくんの言う通りだね」
隣に立っている結花は俺の方を見上げると、朗らかに笑って頷く。暖かい春の風が、結花の黒髪をふわりと揺らしていた。
「優希が3年間も1人暮らし出来るとは……!」
「結花に色々助けてもらったからね」
わざわざ実家から来てくれた親に少しだけある家具を運んでもらった。冷蔵庫と電子レンジと、あとベッドぐらい。
思ったよりかはあったな。
「ここが俺たちの新居……?」
「改めて見ると、本当に綺麗だよね」
建ってからそこまで経ってないらしい。家賃13万が安く思えてきた。しかも、ついに結花と一緒に住めるわけだし。
同棲生活のためにバイト頑張るか。
「ふぅ、こんなもんかな」
結花と相談して新しく買ったソファとか洗濯機、俺んちから運んできた冷蔵庫とかをある程度並べ終えた。
親は、「ふたりの時間を邪魔するわけには行かないから」って言ってすぐ帰った。
そう言われると、気を遣わせてしまったことをちょっと申し訳なく思う。今度実家帰るから許して。
「さっそく、お昼ごはん作ってみる?」
「おお、いいね。あ、まずは買い物に行かないと」
「そうだね、どんな品揃えなのか気になる」
俺は結花に連れ添って近くのスーパーに向かう。スマホの案内によると徒歩8分ぐらいらしい。
「なかなかいいね」
「うん、前行ってたスーパーよりほんの少しだけど安いかな」
俺たちは買い物カートをゆっくり押しながら、野菜コーナーを見て回る。パスタでも食べようか、ってことになって、トマトやパスタをカゴに入れた。
俺は買い物袋を肩から提げて、結花のスピードに合わせて歩く。
家まですぐそこってところで、結花は小走りをして俺の前に出る。ん、どうしたんだろ。
「えへへ。おかえり、ゆうくん」
「うん、ただいま」
結花は玄関に立つと、満面の笑顔で俺を待ち受ける。なんだ、俺におかえりって言いたかっただけか……可愛らしすぎて心臓痛い。
俺たちは今までの家で料理するときと同じように、隣り合って調理する。
「記念すべきこの家での初料理、完成だね」
「うん、美味しそう」
俺たちは真新しい椅子に腰を下ろして、両手を合わせる。
「ん、美味しい」
「これからもふたりで作りたいなあ、早く帰ってこないと」
バイトは週末頑張ろっと。
美味しすぎてパスタを啜るのが止まらない。いつの間にか皿の上は綺麗になっている。
「これからもよろしくお願いします、結花」
「どうしたの、急に改まって」
「いやあ……今日から一緒に暮らすわけだから」
「そうだね、前よりもずっと長く一緒にいられるから嬉しい」
ついに俺たちの生活は半同棲から同棲にパワーアップした。
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