第121話 卒業

卒業式は、思ってたよりもずっと早く終わったような気がする。それに、結花が隣にいるので、少し強がって名残惜しそうな雰囲気も出さないようにしてた。


 高校生の別れとか、そんなに大きいものではないってのもあるけど。翔琉たちとはいつでも連絡しあえるし。


 結花と離れるわけでもないし。

 ……ただ、結花の制服姿は見れなくなるのか。残念。


 や、やっぱ今のナシで。



 最後のホームルームを終えて教室の外に出ると、別れを惜しむ声があちこちから聞こえてくる。



 「せんぱい、卒業おめでとうございます!」



……姫宮か。まあやって来るとは思ったけど。



「せんぱいに伝えたいことがあるので、ちょっと来てください」



ちょうど結花が橘さんたちと話している隙を狙われた。



「昔の卒業記念の木の下に埋めて肥料にするか!」とかいう恨みのこもった声を卒業式当日に聞くとは思わなかったよ、周りの男子くん。


 無事に卒業の日を迎えられて良かった……。無傷なのが不思議なくらいだ。



俺は姫宮に引っ張られて講堂の裏に連れていかれる。



「せんぱい、お願いがあります」


「最後だし、ちゃんと聞くよ。……叶えられるかは別だけど」


「せんぱいらしいですね、でも『最後』にはしません」



そう言うと、姫宮は深呼吸をする。



 「卒業してからも、いままで通り私とも過ごしてくれますか? ……いや、いままで通りじゃ足りないです」


 「……それぐらいのお願いなら、叶えるよ。友達として、だろ」



 「あ、ゆうくん。こんなとこにいた」



 結花は俺の手を握る。……バトル勃発の予感。まあ、この2人がバトっててもひたすら結花が可愛いだけなので問題はなし。



 けど、姫宮は俺たちに、笑顔を見せる。結花も予想外だったらしく、姫宮になにも声をかけない。



 「……でも、諦めたわけじゃないですから。もし、一条せんぱいと一ノ瀬先輩の関係に綻びが生まれたら、すぐに私が割り込んであげますから!」


 「そんなことはないと思うけど、気をつけておくよ」


 「後輩ちゃんに隙は見せないよ? まあ……卒業式だし、言いたいことがあるなら今のうちに。……ゆうくんが戻ってくるのが遅かったらまた来るから」



 そう言って結花はクールに去っていく。俺も結花も、ちょっとこの後輩に甘すぎるかもしれない。


 

 「自分で言っておいてですけど……せんぱいの言う通りになると思います」



 さっきまでの態度は強がりだったみたいだ。



 「……あとひとつだけお願いがあります。

これで、満足しますから」



 姫宮はぼろぼろと涙をこぼしながら言う。言葉も途切れ途切れで、なんとか絞り出している、って感じだ。



 ……うっ。いつもの様子からこんな姿は想像できないだけに、どう対応して良いか分からなくなる。



 「……お願いは?」


 「……しばらくの間、このままでいさせてください」



 姫宮は俺の胸に顔をうずめる。


 それだけ、姫宮も俺のことを本気で好きでいてくれたのか、と思う。



 「ごめんなさい、らしくなかったですよね」


 「それはそうだけど……別に気にしなくていいだろ」



 しばらくして、姫宮は俺に抱きつくのをやめてから微笑んで言う。無理して笑っているようには見えないので、安心した。



 「ですよね! ……私、やっぱりさっきのじゃ満足できません」


 「は?」



 姫宮はいつも俺に絡んでくる時のように、ニヤニヤして言う。


 こいつ……!



 「さっきまでのは演技だったのか……?」


 「それは違います! せ、せんぱい……そんなに怒らなくても」


 「しみじみした時間返せ」


 「……に、逃げろ〜!」


 「ちょっと待てやぁぁ!!」



 こいつとはこんな関係が一番合っているのだろう、と姫宮を追いかけながら思った。



 

 「ゆうくん、遅いよ?」



 結花の声が聞こえて、俺たちふたりは足を止める。



 「ごめん。……とりあえず、姫宮捕まえてくれると助かる」


 「う、うん。分かった」


 「そ、それはずるいです」



 俺と結花に挟み打ちにされて、姫宮はなすすべもなく捕まる。


 

 「今からの卒業パーティー、呼ぼうかなーって思ったけど……やっぱやめとこうかな」


 「ごめんなさい。反省してます」


 「絶対反省してないやつ」



 「まあ、ゆうくん。みんなも来るから、帰ろう?」



 長引きそうな気がしたのか、結花は姫宮を捕まえていた手を緩めて言う。



 「え、一ノ瀬先輩……優しい」



 別に積極的に呼ぼうとしてるわけではないと思うぞ?って言葉が出かけたけれど、急がないといけないので結花に走って追いついた。




 「先輩方、ご卒業おめでとうございます!」



 結局来るんですよね、分かってました。


 この場にいるただひとりの後輩、っていうわけでクラッカーをぶっ放す。ついでにくす玉も引っ張っている。



 「ありがとう、姫宮」


 「……せんぱい。こちらこそ、2年間ありがとうございました」


 「じゃあ、姫宮の仕事はここで終わりだから帰ってもらってもいいぞ?」


 「流石にひどいです!」



 どの口が言ってるんだか。



 「あ、皆さんでピザとかポテトとか分けてもらっていいですよ」


 「「おおー」」



 しごでき後輩であるのは変わりないようだ。皆でテーブルを囲んで、炭酸ドリンクを飲みながら色々食べる。



 「結花たちは卒業旅行とか行くの?」


 「うん、行くよ」



 天野さんが隣り合って座っている俺たちに聞いてくる。姫宮がいるこの場で言っちゃいますか。



 「え、せんぱいどこに行くんですか? 教えてください!」


 「姫宮には教えねえ」


 「えー、教えてくださいよー」



 俺たちのやりとりを聞いている皆は、ニヤニヤ笑っている。皆、じゃなくて天野×翔琉ペアだけか。約2名はあんまり笑ってない。


 この後輩、いつも通りすぎないか。……さっきの演技上手すぎて恐ろしい。将来女優とかになれそうなレベル。



 「じゃあね〜。ふたりとも、受験お疲れ様」


 「春休み遊ぼうね、結花」


 「うん!」


 「俺らも遊ぼうな、優希」


 「おっけー」



 目一杯楽しんだあと、翔琉たち3人は先に帰っていった。


 姫宮は、「片付け手伝いますよ!」って言ってまだ俺の家に残っている。客観的に見たら後輩力No.1だと思う。織田信長から見た豊臣秀吉級。



 テーブルを綺麗に拭き上げたり、床を掃除し終えて、姫宮は帰る支度を済ませて玄関に立つ。



 「結花。暗いし、姫宮送っていかない?」


 「ゆうくんの頼みならいいよ」



 そんなこと言って、たぶん結花も送っていこうと思ってたんだろうけど。上着羽織ってるし。



 「ありがとうございます、せんぱい」


 「まあ、仕方なくな」



 「後輩ちゃんは最近お菓子作ったりしてるの?」


 「はい! 一ノ瀬先輩に教えてもらってから、ほんとに作るのが楽しくて」


 「ふふっ、そっか。それなら良かった」


 

 結花は優しく微笑んで姫宮の話を聞いている。道中バチバチするかな、と思ったけど、その心配はいらなかったみたいだ。



 「今度2人に食べてもらいたいです!」


 「ゆうくんに食べてもらうなら、自信作持ってきてね」


 「もちろんです!」



 姫宮は自信ありげにニヤッと笑う。後輩の面倒見も良い、という結花の新たな一面を見ることができて、俺は姫宮に感謝するべきだな、と思った。



 「わざわざありがとうございました」


 「うん。姫宮とは、またなんだかんだ会うだろうから、その時な」


 「ゆうくんにちょっかいは出さないでね?」



 結花は微笑みながら、俺の腕に自分の腕を絡ませて、見せつけるように俺を引き寄せる。表情とやってることが合っていないような。



 「……待ってください、せんぱい」


 「……どうした」



 この感じ、数時間前も見たような。今度は騙されねえぞ。



 「卒業式のあとのお願いは、私の本心ですから」


 「……まあ、信じとくよ」



 「演技だったんじゃないのか?」って言いかけたが、姫宮の表情がいつになく真剣だったので、その言葉は飲み込んだ。



 「せんぱいとの思い出は、楽しいものにしたくて」



 姫宮の声は震えている。これでまた演技だったら一生後輩不信になりそう。



 「ごめんなさい、一ノ瀬先輩。先輩がいるのに諦めきれなくて」


 「……うん」



 「……先輩たちはずっと仲良く、イチャイチャして過ごしてください」


 「……急にどうした」



 いきなり姫宮は顔を上げて、俺たちに2人に言う。



 「そうじゃないと、ほんとに私が奪いに行きますから。……初恋は、諦めきれないんです」



 普段だったら、見せつけられるのが好きなのか?ってツッコミを入れただろうけど、そんな気分ではない。



 「先輩たちの行く末、見守ってますから。私、一条せんぱいはもちろんですけど、一ノ瀬先輩のことも好きですから、ふたりの幸せは願ってます」


 「ありがとう、後輩ちゃん。私がいるのに、後輩ちゃんがゆうくんを巡ってバトル仕掛けてきたりしたけど、そんな日々も楽しかった」


 「あ、結婚式は……呼んでほしいですけど、呼んでほしくないです」


 「どっちだよ」



 思い出は楽しいものに、か。


 姫宮が泣き笑いしながら言った言葉に、俺は笑いながらそう返した。






  


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