第119話 入試前日

本当にいつの間にか、2次試験前日がやってきた。ついこの前正月だったような。



 1次試験は俺も結花もたぶん9割前後取れたと思う。ただ、受験するところは2次試験の配点が大きいので、明日明後日の結果がとても重要になってくる。


 ……正直、落ち着かない。



 そんなときにも、結花は俺の隣でペンを動かし続けている。


 試験前日ではあるけれど、今日も俺の家に来てくれた。しかも夕食を作ると言って。



 前日だし、自分の家で勉強したほうがいいんじゃない?って確認したんだけど、いつも通りの方が力を発揮できる気がする、って言ってた。



 俺も、間違えてチェックをつけておいた英単語ぐらい見直すか。




 「そろそろ夜ご飯食べる?」


 「待ってました」



 結花は、ツナ缶を開けてキャベツとパプリカをさっと炒めて、野菜炒めを作っている。


 俺はにんじん、大根、豆腐を入れた簡単な味噌汁を完成させた。素晴らしい連携プレーで、ものの15分ぐらいで夕食が出来上がる。



 これも2年間の半同棲生活の賜物だな。



 「……この時間が、最近で一番幸せ」


 「俺もそう思う」



 受験勉強に忙殺されて、一緒に過ごしているはずなのに1時間も言葉を交わさなかったりする。


 そんな中で、向かい合って座ってお互いの笑顔を見ながら食べる夕食の美味しさは、星3つのレストランで出されるディナーさえも超えられないと思う。



 「ごちそうさまでした。……もうちょっと頑張ろう、ゆうくん」


 「そうだね」



 あとは模試の間違えた問題まとめでも眺めるか……。



 「これぐらいにしておこうかな、早く寝るのも大事だし」



 結花はそう言ってペンを置き、参考書を閉じる。時刻はまだ9時を回っていない。



 「うん。暗いし、送っていくよ」と言いかけた瞬間。



 「……泊まっていっていい?」


 「えっ」



 俺としては大丈夫、というかむしろそっちのほうがリラックスして明日を迎えられそうな気がする。



 「ごめん、迷惑だった?」



 結花は俺のリアクションを見て、不安そうに聞いてくる。



 「いやいやいや! 俺としては、結花がいてくれた方が頑張れそうな気がするけど……お母さんは帰ってこないの?」


 「なんとか仕事早く切り上げようか?って言ってくれて迷ったけど、今日はゆうくんと一緒に頑張りたいと思って」


 「そっか。そう言われると嬉しいな。……じゃあ、お風呂入って寝ようか」 


 「うん! お布団の準備して待ってるね」



 結花はそう言って俺をお風呂場へ送り出す。……一緒に入りたいとか思ってないからね! 受験前日だぞ。


 早くこの週末が終わってくれ、と思いながら湯船に浸かる。



 「結花、布団ありがとう」


 「どういたしまして、おやすみ」


 「おやすみ、結花」



 俺はなるべく急いで風呂から上がり、結花にバトンタッチする。


 おやすみも言ったことだし、もう寝よう。



 ◆◇◆◇◆




 私は、お風呂から上がって髪を素早く乾かすと、ゆうくんが寝ているベッドに向かう。



 ゆうくんは、まるで緊張などしていないかのようにいつも通りの寝顔で、気持ちよさそうに寝ている。



 「あと2日、頑張ろうね」



 私は布団に入り、ゆうくんの方を向いて小さな声で言う。



 入試が終わってからの、ゆうくんとの日々を考えると、あと2日ぐらい辛抱できる。そう思って、私も目を閉じた。




 「ん……眠れない」



 こんなこと、今までなかったのに。嫌なことがあった日でさえも、横になって目を閉じればすぐに眠れていたけど、今日はなかなか寝付けない。



 お茶とか頂こうかな、と思って立ち上がると、周りが暗くて見えず、ゆうくんの筆箱を落としてしまった。



 バラバラと転がった筆記用具を拾い集める。ゆうくんは起きてない、良かった。



 「なんだろ、これ」



 筆箱に入っていたらしい小さな紙を拾った。



 『結花となら、きっと乗り越えられる』



 よく目を凝らすと、そう書いてあるのが読めた。



 「ありがとう、ゆうくん」



 私が見ることは想像してなかっただろうけど、そのメモはとても勇気をくれた。


 変な寝相で寝ているゆうくんの、片方の手をぎゅっと握って目を閉じた。




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