第118話 年越しと初詣
大晦日は前々から、年越しまでずっと勉強をしよう、と結花と決めていた。
大晦日勉強マラソン、開催決定。
……勉強マラソンとか、予備校とかでしか聞かなさそうなワードだな。
実家に戻ってきてから数日経ったけれど、ずっと俺の親は料理をしたり、部屋の掃除をしてくれたりと俺たちのサポートをしてくれる。本当にありがたい。
けど……俺が結花に出会う前、なぜ料理とか掃除とか家事全般が出来なかったのか分かった気がする。
俺が甘えてたのが悪いんだけど。
「……今何時だろ」
あくびが出そうになるのをなんとかこらえながら、俺は呟く。もう随分勉強した気がする。ペンを握る右手が痛い。
「もう10時だよ」
「え、俺たち14時間ぐらい勉強してるってことか」
「そうなるね」
正直、隣で結花が勉強してくれてなかったらキャリーオーバーで壊れてしまっただろう、と思う。
勉強のべの字が聞こえるだけで拒否反応出てたな。
「ちょっと、休憩する?」
そう言いながら、結花は自らの太ももの上に俺を誘う。
「結花がいいなら……」
と言いつつ、俺はもう結花の膝枕を堪能している。体が勝手に……。
「お疲れ様、ゆうくん」
俺はゆっくりとまぶたが閉じられていくのに抗うことなく、そのまま眠りについた。
「……勉強しないと」
夢の中に赤本が出てきて、俺の意識はゆっくりと現実世界へと引き戻された。夢に赤本が出てくるとか、どんだけ追い込まれてるんだよ。
俺はそのまま起き上がろうとする。
ぽふっ。……ぽふっ?
頭頂部にやわらかなものが当たる。なにこれ? 枕?
俺は寝ぼけたまま、そのやわらかなものをどけてきちんと座り直そうとする。
「……私でも、恥ずかしいんだよ?」
「え、何の話……!?」
俺の意識は結花の声によって、完全に現実世界へと降り立った。
「す、すみません……!」
さっきまでの両手の感覚がなにによるものなのか分かった瞬間、俺は反射的に土下座をしていた。
「事故なんです……許してください」
「……どうしようかな」
まじで事故なんです……。ただ、両手の感覚は忘れることができない。って、何考えてんだ。
「……せきにん、はもう取ってもらう約束だし」
結花はぼそっと呟く。俺のやらかしによっての発言なんだけど、愛おしすぎてつい抱きしめそうになった。
そんな心の内を悟られないように、俺はどういう処分を下されるのか気になる、という表情を繕う。
「……卒業旅行、行ってくれるならいいよ」
「もともと、誘おうと思ってたよ」
俺がそう返すと、結花は頬をぷくーっと膨らませる。え、返し方にミスはなかったと思うけど。
「……その言い方は反則。嬉しいけど」
「はい」
たしかに、俺のやらかしに対しての処分だからなあ。卒業旅行はご褒美すぎる。
「ゆうくんに何してもらうかは、おいおい決めておきます。花奈に決めてもらおうかなー?」
「それだけはやめてください」
俺は早口でそう言いながら、もう一度頭を床にくっつける。あの人が事故の内容を聞いたら……たぶん俺の胃に穴が開く(物理)
「そこまで言うなら……?」
橘さんの本性をいまだ知らない結花は、不思議そうに言う。
「じゃあ、卒業旅行で行くとこ決めたら、また勉強再開しよ?」
「も、もうちょっとだけ休憩したい……」
「仕方ないなあ」
つかの間の甘々な休憩だったけど、充電するのには十分な、濃い時間だった。
「あ、あと1分で年越しだね」
「もうそんな時間?」
結花は突然ペンを置いて言う。集中しすぎていつの間にか時間経ってた。
にしても、結花の体内時計正確すぎ。
時計の針がカチカチと鳴って進むのを見守る。あと……さん、に、いち。
「明けましておめでとう、結花」
「うん。おめでとう、ゆうくん」
結花はそう言うと、嬉しそうにぐっと両手を握りしめる。ん?
「よし、今年も一番に言えた」
……くっ、可愛すぎだろ。
去年のお正月に決まった、あけおめを一番最初に俺に言うという目標、忘れてなかったんだ。
しばらく可愛さの余韻に浸ってから、また俺はペンを握った。
俺たちは、大晦日からの年越し勉強マラソンを元日の朝7時前まで続けた。
たまには質より量もいいかな、とシャーペンの芯入れをひっくり返しても何も出てこないことに気付いて思う。新品と交換しなきゃだ。
「初詣、行こっか」
「いいね」
そろそろ新鮮な空気が吸いたくなってきたな、ってところで、結花が声をかけてくれる。窓から見える東の空は、じわじわと橙色に染められはじめていた。
「ん……はっ」
結花は年越し勉強マラソンの疲れが出てきたのか、うとうとしながら歩いている。
俺はそんな結花の肩を抱いて、ゆっくりと歩を進める。
「着いたよ、結花」
「ん……ほんとだ」
鳥居の目の前にたどり着いて、俺が声をかけると、結花はぱっと目を開ける。
鳥居の前で立ち止まって丁寧にお辞儀をして、結花はしっかりとした足取りで歩き始める。
……やっぱり、綺麗だな。
俺は結花に見惚れて、時が止まったかのように鳥居をくぐった先に立つ。
「……どうしたの?」
「ああ、いや、なんでもないよ」
そう返しておいて、伝えても良かったんじゃないかって今さら思った。
「……綺麗だなって思って」
ちょうど朝日が上ってきて、辺りを神々しい光が照らす。
「ん?」
「え、聞こえなかった?」
「んー、もう一回言ってくれたら嬉しいかな?」
「それ絶対聞こえてたやつ……」
「ふふっ」
結花が柔らかく微笑むのに見惚れて、時が止まったかのようなところからもう一度やり直すとこだった。
「結花が綺麗だなって思って」
「えへ、ありがとう」
照れずに言えたのは自分で自分に合格点をあげたいと思います。
そして、俺たちは本殿の前まで進んできた。
神様、今年も頑張るので見守っててください、と思いながら俺は両手を合わせる。
大学受かって本格的に結花と同棲始められますように……。
俺たちは鳥居をくぐって、振り返ってまたお辞儀をする。
一歩踏み出したと同時に、俺のお腹が鳴る。まあ勉強マラソンで体力使ったからなあ、体がエネルギーを欲している。
「今日の朝、なにが食べたい? 私が作るよ?」
「いやいや、結花の勉強時間奪うのは申し訳ないし」
「そんなの気にしなくていいのに。で、なにがいい?」
「んー……結花の作る料理ならなんでも食べたい」
作る側が困るコメントランキング第一位。なんで分かってて言っちゃうんだよ。
「わかった、そう言ってくれて嬉しい」
でも、結花には好評だったみたいだ。
「おかあさんたちも待ってるし、戻ろっか」
「うん」
俺たちは家に帰ってきて、台所に立つ。親はまだ起きてなかったらしい、今日の場合はそっちの方が助かった。
「結花、俺も手伝うよ」
「ありがとう、ゆうくん」
「なに作る予定なの?」
俺がなんにも提案しなかったせいで、たぶん悩んでるだろうな。
「ちらし寿司を作ろうかな、と」
悩んでなかった。
「じゃあ、ゆうくんは酢飯作ってもらってもいい?」
「任された」
俺はすぐさま炊きたての米に酢、砂糖、塩を追加し、切るように混ぜていく。……炊きたて?
結花が初詣に行く前に炊いてたのか、眠そうだったのに。やっぱり家事の面でも天才だ。
結花はあっという間に錦糸卵を完成させて、サーモンを刻んでいる。それらを盛り付けたら出来上がりか。
「完成、かな」
「「「おおー!」」」
酢飯に錦糸卵、サーモン、大葉、いくらが盛られている。色鮮やかで食欲がそそられる。
「明けましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします!」
「「うん、よろしくー!」」
いつの間にか親が起きてきていた。
「ありがとね、結花ちゃん」
「いえ、優希くんと一緒に作ったので、時間はかかってないですし……楽しかったです」
「ほんと、良い子すぎる……!」
「ありがとうございます」
そう言って母さんは結花を抱きしめる。結花も一瞬びっくりしてたけど、嬉しそうな微笑みを見せてくれている。うちの親がすみません。
「じゃあ、食べよう?」
俺は3人に声をかける。美味しそうなちらし寿司を見ていると我慢できねえ。
「うん、いただこう」
今年の冬も実家に戻ってきて良かった、と心の底から思った。
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