第116話 高校最後の文化祭②
文化祭2日目。昨日は一日中働いたので、今日は当番から解放された。
流石に高校最後の文化祭の最終日をたこ焼き作りで終えたくはない。楽しかったが。
「結花、行きたいところとかある?」
「んー、お腹空いたからなにか食べたいな」
「おっけー」
ただ、文化祭の出店で満足感ある昼食を、というのは難しい。焼きそばとかカレーとかぐらいか。
小腹を満たすためのものならポテトとかチュロスであったり、色々あるけど。
「あ、一条せんぱいと一ノ瀬先輩! いいところに」
「……なんだその格好」
「私たちのクラスはメイド喫茶やってるんですよー。お二人も来てくれませんか?」
姫宮が客寄せパンダってわけか。まあ一般的に見て可愛い方にはなるんだろうし、メイド服で強調されている胸の膨らみも男子高校生ぐらいなら悩殺できそうではある。
結花よりは小さいけど。
「どうする、ゆうくん?」
結花が俺に尋ねてきたのと同時に、俺のお腹が絶妙なタイミングで鳴る。
「メイド喫茶定番のオムライスがありますから、行きましょう?」
俺たちはメイド喫茶に連れて行かれた。悪質客引き反対。
俺たちが椅子に腰掛けると、姫宮は注文を聞くために近くまでやってきた。
が、なぜか何も言わずにじとーっと俺のことを見つめてくる。
……あれ、注文聞いてくるんじゃないの?
「……まだ感想を聞いてません」
俺が、メイド服の感想を言ってなかったことにご立腹だったようだ。
「まあ、に……似合ってるんじゃないか? お客さんもたくさん来てるわけだし」
「せんぱいの感想はなんですか?」
姫宮はぐっと近づいてきて言う。これメイドと主人の距離じゃないと思うよ?
ええ……似合ってるって言ってるじゃん。そろそろ戦争が始まりそうだからさ? ちょっと遠慮してくれよ。
「私も着てみたいかな……なんてね」
結花の後ろにめらめらと立ち昇る闘志が見える。
「ちょうど一着余ってるので、着てみます?」
「いいのなら」
お昼を食べる、という本来の目的を忘れて、俺は結花が着替えるのを姫宮と一緒に待っている。
「姫宮も好きだねー、結花と争うの」
「それはそうです! 一ノ瀬先輩に勝たないと一条せんぱいは手に入りませんから」
「……姫宮のそういうまっすぐなところ、ほんとにすごいよな」
良い意味での諦めの悪さがあるというか。
「……自分の立ち位置が分かってても、諦めたくないときってあるじゃないですか。それに、一ノ瀬先輩とこんなふうに争うのも、なんだか楽しいなって」
「そんなもんなのか?」
「はい、あ! 一ノ瀬先輩がやってきましたよ?」
「めっちゃ可愛いです!」
「そ、そう? ありがとう」
結花は既に、メイド喫茶をやってる2年女子に囲まれている。
「どう、ゆうくん?」
「なっ……反則です。私でも大きい方のはずなのに」
結花は豊満な胸を張って聞いてくる。姫宮は、自分の胸と結花の胸の大きさを比べてなにか言っている。
「一番似合ってる。……これじゃ足りないな、結花は何着ても一番だよ」
「ゆうくんのその言葉が聞きたかったんだ」
結花は俺の感想を聞いて、満足して制服に着替え直しに行った。
「……もう一条せんぱいにはオムライスあげません」
「いやまあ……もともと分かってたじゃん。俺がなんて言うかは」
「にしても言い方が悪いです」
謎に不貞腐れてしまった姫宮と、オムライスを美味しそうに食べる結花を眺めた。
「またお越し下さいませ、ご主人様」
さっきまで不貞腐れていたのに、営業スマイルを崩さないあたり尊敬。
結局オムライスは頂けました。ありがとうございます。
メイド喫茶でドタバタしていたら、もう文化祭が終わる時間が近づいてきていた。
祭りが終わり、グラウンドからは出店のテントを片付けたり、机や椅子を運んだりしている音が聞こえてくる。
「なんだか、あっという間だったね」
「うん。ほんとに」
沈みゆく太陽をふたりで眺めながら、しみじみとした気持ちになる。
「……そうだ。屋上、行かない?」
「うん、いいよ」
結花に連れられるまま、屋上の扉を一緒に押し開ける。オレンジ色の空が覗く開いた扉の隙間から、爽やかな風が吹き込んでくる。
さっき窓から眺めていたよりも、グラウンドでうごめく人影はとても小さく見える。
屋上に上がったんだから当たり前だけど、なんとなく高校生としての青春が遠ざかっていくような気持ちになる。
「もう、高校生もあとちょっとで終わりかー。変わっていくものばっかりなのかな」
俺は屋上からグラウンドをぼんやり眺めて、ついそうこぼす。
「そうだね、ほんとに早かったなあ。……でも、変わらないものもあるよね」
結花は続ける。
「ここが、大事な思い出の場所だってこととか」
俺はグラウンドを眺めるのをやめて、結花の方を振り返る。
ちょうどあの時みたいに、鮮やかな夕日が屋上を照らしている。神々しささえ感じるような光の中で、結花は優しく微笑んでいる。
「もちろん、今でも鮮明に覚えてるよ」
「うん。私も」
「俺も……変わらないものはあるな」
「ん?」
これから俺が言おうとしていることも、たぶん2年前とほぼ変わらない。変わっていくものが増えても、変わらないものは残り続ける。
「結花と一緒に過ごせてる。それだけ変わらなければ、俺は十分かな」
ちょっと前まで、時間が過ぎていくことを悲しんでいたのはどこへやら、晴れ晴れとした心地だ。
「……私は変わったかな?」
「……え」
このあとなんと言うかは、だいたい想像できるようにはなったけど。最近俺の反応を見て楽しまれてるのは俺も薄々感じている。
「あのときよりも、ゆうくんと一緒にいたいって気持ちは大きくなったと思う」
「やっぱりそういう感じね」
俺はほっとして、にやっと笑って見せる。……ただ、伝えたいことはあまり伝えられてない気がする。まあ、もともと変わっていくのを嘆いてたのは俺だしなあ。
思い出のこの場所で、伝えたいことを言おう、と決意する。
「結花。大事なことを伝えさせてほしい」
「うん」
これだと、本当にまるで2年前のようだ。あの日言った言葉が一言一句さえもよみがえってくる。
「色々変わっていくものはあるけれど、ずっと俺の隣にいてくれませんか? ……どれだけ年が変わっても」
「……ありがとう、ゆうくん」
俺はプロポーズをするように、膝をつき、片手を差し出して結花に言う。言ってることはほぼプロポーズだ。
結花は涙を流しながら俺の手を取る。
「これからも、今までと同じように大事にしてね?」
「うん、約束する」
「……ゆうくん。もう18歳だし、婚姻届出してもいいんだよ?」
結花は目元を拭きながら、微笑んで言う。
「そうだね。……けど、立派な式挙げたいから、それまで待ってもらえる?」
「うん。楽しみにしてる」
結花は頷くと、そのまま俺をぎゅっと抱きしめる。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか」
日もだいぶ傾いてきたので、俺たちは屋上を後にしようと扉を押す。
「結花、最近デレデレし過ぎじゃない〜?」
「うんうん、優希もいっちょ前なこと言ってたよね」
……見られてたのか。ニヤニヤしながらイジってくるなよ。
「友人代表スピーチは任せてね?」
「……うん。頼むわ」
何を言うか分からないのが怖いけどな!
俺たちは4人で喋りながらゆっくりと階段を降りた。
「そういや、どうして屋上に来てたんだ?」
帰る前に、たまたま翔琉と2人になったので聞いてみた。
「俺も優希みたいにばしっとキメたくてな。……でも、今日の優希には勝てないからまたの機会に伝えるわ」
「おう」
ばっちりキメれたなら良かった。
どんな式がいいか、今から考えなきゃ。……あ、その前に大学入試があるんだったわ。
ただ、どんな困難も結花となら乗り越えられる気がする。
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