第107話 体育祭本番

なんやかんやあったが、準備は滞りなく進んで体育祭当日がやってきた。……「なんやかんや」で片付けられない気がするが。



 「おー、一条くんじゃん」


 「おお、おはよー」



荷物を運んでいると、天野さんと橘さんに出会った。



 「こないだ美味しい思いしたみたいじゃん?」



 天野さんは肘で俺のことをつつきながらニヤニヤして聞いてくる。そういうとこ、ほんとに翔琉と似てると思うよ。



 「なんで知ってんの」


 「結花から、一緒に閉じ込められたって話は聞いてさー」



 「で、どこまでイチャイチャしたの? キスの先も?」 


 「ぶはっ……!」



 隣でスポーツドリンクを飲んでいた橘さんがむせ返る。



 「……はあ!?」



 息ができるようになったらしい橘さんは顔を真っ赤にする。


 天野さんって橘さんの反応も楽しんでそうだな。てか、俺まだ何も言ってないのに睨むのやめて? 



 「流石にそれはないよ。体育倉庫をその思い出の場所にはしたくないし」


 「それもそうだね」



 天野さんは俺の反応が思ったよりも普通だったらしく、ちょっとだけ残念そうだった。



 「じゃあ、競技も運営も頑張ってねー」



 そう言って手を振りながら天野さんと橘さんは去っていく。橘さんは無理やり手を動かさせられてたように見えたけど。



 「最初の競技は二人三脚かー……って俺出るやつじゃん!?」



 本部のプログラムを見て、俺は驚く。あとちょっとで始まるところだ。


 

 「遅かったなー、相棒」



 翔琉はニヤリとして、走ってやってきた俺の方を見る。競技前なのに少し汗をかいてしまった。



 「すまん、遅くなった」


 「まあまあ、大丈夫だよ。スタートには間に合うし」


 「いいとこ見せられるようにお互い頑張ろう」


 「そうだな」



 気付いたら俺たちはスタートラインに立っていた。



 「あそこに一ノ瀬さんたちいるな」


 「言われたら余計緊張するだろ」


 「まあ、たしかにな」



 翔琉に言われてから、前の方を眺めると結花たち3人は最前列で応援しようとしてくれていた。


 スタートの号砲と同時に、俺たちは息をぴったり合わせて駆け出した。


 大声援の中でも、結花の応援ははっきりと耳に届いた。




 俺たちは二人三脚を終えて、退場していく。




 「まあ、俺のペースで行けば1位になれると思ってたよ」


 「上手くついていけてただろ?」


 「おう、いいとこ見せれたな。……たぶん」




 なんでそこ自信なさげなんだよ。




 「ゆうくんたち、速かったね」


 「うんうん、やるねー」




 結花と天野さん、それに橘さんが出迎えてくれた。




 「はい、お疲れ様!」




 結花は冷たいスポーツドリンクが入ったペットボトルのキャップを開けて、手渡してくれる。


 運動したあとにぴったりな、爽やかな味わいだ。




 「去年結花と出たのが懐かしいな」


 「ほんとだね」


 


 競技の希望は揃えたはずだけど、人数の関係上無理だったらしい。




 「で、結花は結局何に出るのか聞いてないような」


 「えっと、私はね……」


 「ちょちょ、ストップ!」




 突然天野さんが制止してくる。どうしたの?


 なにやら結花の耳元でごにょごにょアドバイスしている。




 「……そうだね。楽しみにしてて、ゆうくん?」




 これは、これからの全種目を入場のときからばっちり見ておかなければならないみたいだ。



『それでは、午前中最後の種目の借り物競争の選手の入場です』



 「まだ一ノ瀬さん出てこないのか?」 



 翔琉が俺のほうを覗き込んで聞いてくる。いま頑張って探してます。


 まだ俺たちの競技が終わってから2種目しかやってないから、いなくても当然なんだけど。


 さっきまでの種目も入場の列を、目を皿にして探した。



 「あ、あそこにいた」



 俺はハチマキを巻いて、ポニーテールにした結花を発見して、翔琉にどのあたりにいるか教える。



 「あ、ほんとだ。借り物競争って、だいぶラブコメイベントだよなー?」


 「そうなのか? パン食い競走とあんまり区別が付かないんだけど」


 「それは重症だな」



 区別が付かないってのは流石に冗談だけど。でも実際にやってる様子は見たことがないな。


 ……普段から一番重症なやつに言われたくはない。



 「ルールってどんな感じなの?」



 よくわからないので、翔琉に質問してみる。



 「お題があって、それに合う人を連れていくんだよ。それで、その速さを競う」


 「そうなんだ」


 「待ってたらたぶん来てくれるよ」



 翔琉の言う通りに、応援しつつ結花の姿を目で追って待つ。


 結花はきょろきょろ応援席のあたりを探したあと、俺たちに気付いてこちらへ向かってきた。




 「ゆうくん、見つけた」 



 結花は額を汗で光らせて、爽やかに微笑む。そして、俺に白くきれいな手を伸ばす。



 「ついてきて?」


 「うん!」




 俺は結花の柔らかな手を取る。




 俺が結花に手を引かれて、走り出すのを翔琉は微笑んで眺めていた。




 俺はゴールと思しき場所まで結花に連れられてやってきた。ふわふわと、風に乗って柔らかな匂いが鼻に届く。



 「なんていうお題だったの?」


 「んー、それは……内緒かな」



 そう言って、結花は照れ隠しするように笑う。めっちゃ気になる……!



 俺たちはゴールにいる運営の人にお題と有っているかをチェックしてもらう。運営の人って天野さんじゃないか。



 「お題ってなんなの?」


 「んふふー、結花本人に教えてもらって?」



 天野さんはにまーっと笑いながら、何の解決にもならない方法を教えてくる。

 翔琉とDNA一致してるんじゃないか?



 『1位は……赤ブロック3年一ノ瀬、一条ペアでした!』



 「やったね」

 「うん!」



競技が終わって俺と結花は一緒に応援席に戻る。


 その途中、結花の体操服のポケットから、なにやらメモのような紙がはみ出ているのに気付いた。


 なにやら文字が書いてある。


 (なんて書いてあるんだろ……?)



 俺は結花に気付かれないように、距離をキープしたままメモの字を読もうと試みる。紙に折り目がついていて、なんだか読みづらい。



 「大切……?」



 まだその二文字しか解読できてない。



 「ん、どうしたの?」




 結花が優しく微笑みながら、俺の方を振り向く。


 その瞬間、ひらひらとメモ紙が落ちてきた。


 結花が前を向いてから、俺はさっとそれを拾うと、何が書いてあるか確認する。



 「大切な人orもの」




 ……これがお題だったのか。


 何度も、大切な人だって伝えてもらってるような気がするけど、いつ伝えられても嬉しい。



 「……どうしたの? なんだか嬉しそう。 1位になれたの、嬉しかった?」


 「うん、もちろん。……他の理由が主だけど」




 最後の一言は、独り言のように、自分だけ聞こえるぐらいで言った。



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