第106話 体育倉庫にて

俺たちは、マットの上に体操座りで座った。体育用具としては珍しく、新品の匂いがする。安心して座れるな。



「スマホとか持ってたりする……?」


「カバンの中だ……」



ほんとに外部との連絡がシャットアウトされてるんだが。どうしよう。



「誰も来なかったら、明日までこのままかも」


「えええ……」



結花の作った夜ご飯が食べれない……?


落ち込みかけている俺に、結花がぐっと近づいてくる。



「しょうがないから……この状況、楽しも?」



結花は耳元でそっと囁いて、俺が顔を上げると、意味ありげに微笑んでみせる。



「まあ、こんなとこに閉じ込められるなんて、なかなかできる経験じゃないよね」



俺もニヤッと笑いながら返す。


……そうは言ったものの。密室に2人きりで閉じ込められた、という状況で心臓がばくばく言ってる。


観覧車と変わらねえだろ、俺?


結花も同じ感じなのか、お互い無言でずっと自分の心臓の音しか聞こえない。



ちょっとずつだけど、結花がさらに近くに寄ってきた気がする。


結花の甘い匂いが、俺を誘うかのように香ってくる。


俺の視線に気付いたのか、結花は俺の方に期待のこもった眼差しを向ける。


じゃあ……いいかなあ。

俺は手を伸ばして、結花の綺麗な黒髪をそっと撫でる。



結花の髪はさらさらで、流れるようだ。

俺が髪を撫で続けていると、結花は気持ちよさそうにゆっくりまぶたを閉じる。


俺は、結花の髪を撫で続ける手を止めると、結花はちょっとだけ残念そうな表情をする。

……正直、俺が髪を撫でるだけじゃ満足しきれなくなってきたんだ。


俺の悶々とした思いに気が付いたのかは分からないけど、結花はマットの上にごろんと転がる。

より悶々とした思いは強くなったんだが。



「ここ、なんだか暑いね。それに、ずっと座ってたらちょっと疲れてきちゃった」


「うん、窓壊れてて開かないし……」



そう言ってると、結花はいきなり着ているブレザーのボタンを外し始める。


ブレザーの下に着ている白のシャツがあらわになる。



白シャツと赤色のネクタイの組み合わせは最強だな、と謎の真理を得た。なにが、とは言わないが強調されるし。


汗ばむような暑さのこの部屋にいるせいで、シャツが水分を吸って、下着が少しだけ透けている。


見たらいけないものを見てしまってる感……。と同時に、めちゃくちゃキスとかイチャイチャしたくなってきた。


狙ってやっているわけではないからこそ、さらにイチャイチャしたくなるんだよ。


ただ、この誰もやって来ない密室という状況でイチャイチャし出すと、歯止めが効かなくなりそうだ。



悩みながら、結花の方に目をやる。


結花の、熱っぽいような、紅潮した顔を見ると、俺の中のなにかがぷつんと切れる音がした。我ながら思った通りになってる。


俺はマットの上の結花に覆い被さる。



「……いいよ?」



そう言いつつも、結花はちょっと恥ずかしがって目を逸らす。



ゆっくりと顔を近づけると、唇どうしが触れあう。んっ、と小さな声が結花から漏れる。

今までで一番、心臓の音がうるさいキスだった。



「学校でこんなことするなんて、ゆうくんは悪い子だね?」



さっきはちょっと恥ずかしがってたのに、今は煽るような発言をしてくる。



「……」



俺は再び結花の唇を奪う。


俺が何も返さずにキスをしてくると思っていなかったのか、結花は驚いたような表情をしたあと、ふにゃふにゃと力が抜けていく。



「うん、そうだよ?」



学校でイチャイチャするという背徳感でおかしくなりそうだ。



「悪い子のゆうくんも、好きかも」


「そういうところ、ずるいし……すごく可愛い」


「……!?」



結花は顔を真っ赤にして、両手で顔を隠そうとする。でも、俺はその手を掴む。



「結花の顔、見たいな」


「……もう」



結花の顔はまだ真っ赤だ。

たまには俺にも攻めさせてください……!



誰かがドアを開けに来るかも、ということはもうすっかり頭から抜けていた。




俺たちは一旦イチャイチャを止めて、マットの上に座り直す。




「もっと、暑くなっちゃったね」



結花はまだ息が少し荒いみたいだ。



「たしかに、結構汗かいたかも」



そう言って、マットの上にちょこんと座る結花に目を移す。

……さっきよりも透けてる気がする。


それに、頬を赤く染めて、俺の方を見てくるのは反則すぎる。

これで手を出さないでいられる彼氏はいないはず。



「一条先輩、いるんですか?」



びくっ、と俺たちはドアの方を見る。


姫宮が体育倉庫の前までやって来たみたいだ。

俺たちは弾かれたように立ち上がる。



「ああ、開けてもらえると助かる」


「今開けてますから、大丈夫ですよ?」



雑な扱いを受けてきたのか、なかなか鍵は開かずにガチャガチャ音が鳴っている。


その間に結花は、ブレザーを羽織って服装を整えている。学校だしイチャイチャの証拠隠滅はしないとな。


ガチャリ、と音がして、俺たちは1時間ぶりぐらいに日の光を浴びた。薄暗い倉庫の中にいたせいで、光が入ってくると目がチカチカして痛い。



「ありがとう、姫宮」


「えへへー、もっと褒めてもらってもいいですよ? 頭を撫でてもらったりしても」



もっと褒めろ、って感じで姫宮は俺を見上げながら、でれでれと表情を緩ませて言う。


助けてもらったのは嬉しいけど、もうちょっとあそこにいたかった……ってこれは贅沢だな。



「せんぱい、なんか糸付いてますよー?」



姫宮は何気なく俺の制服から赤色の糸をつまんで取る。


あ、やべ。 結花もやばい、と思ったのか、目が泳いでいる。



「これって……?」



たぶん分かってるのに、姫宮は聞いてくる。……三段ぐらい普段よりトーンを落として。


将来鑑識になった方がいいと思う。絶対向いてるよ!


もしかしたら、さっき姫宮がくっついてきた時に付いたかも、と希望を持ってはみたけど、そういや学年ごとにネクタイの色違うわ。詰み。



「説明、してもらえますか?」



色んな感情が通りすぎた後に、姫宮はにっこり微笑んで言う。




「はい……」



俺たちは、教室まで姫宮に連行されてきた。



「で、先輩たちは倉庫でなにしてたんですか?」



机に肘をのせて、まるで取り調べのように聞いてくる。にこーっと微笑んでるのが逆に怖い。



「いや……まあ、閉じ込められたわけだし、ちょっといろいろありまして」


「正直に言って、せんぱい?」



姫宮からすんっと微笑みが消える。ひっ、と変な声が出かけた。普段の様子からは想像できないくらい威圧感がある。



……こういう時に、一番言ってはいけないことランキング第1位。

それは、「なんでもするから許してください!」だ。(俺調べ)  マジでなんでもさせられる可能性あり。



俺は前、結花に「月、綺麗だね?」と言われた時並みに頭をフル回転させる。


あの時は結花の可愛さにドキドキしたな。今もドキドキしてるけど、真逆のドキドキだよ。



「……結花が可愛すぎてイチャついてました」


「ひゃっ!?」



結花は茹でられたのか、ってぐらい顔が赤い。



「私が先輩たちを探してる間に、ってことですか?」



姫宮は再びにこーっと微笑んで質問してくる。



「……そうです」



罪を告白するときの犯人の気持ちが少し分かった気がした。



「1つお願いを聞いてくれれば、私は先輩のことを許してあげます」


「なんですか」



俺は食い気味に質問する。探してくれてたのに、流石に悪いことしたな。



「私ともっと親友らしいことしてください。例えば、一緒に遊びに行くとか。別に一ノ瀬先輩のチェックが入っててもいいので」



……あれ、意外と命拾いした? 結花もぽかーんと姫宮のことを見ている。



「2人ともそれでいいのか、って顔してますね。別にいいんですよ? 1日せんぱいのことを独り占めさせてくれたって」


「……私でもせんぱいと閉じ込められたらイチャイチャしたいと思いますし、今回は許してあげます」



姫宮は付け加えて言う。


案外姫宮はこういうとこ優しさがあるんだな、とか思う。



「あー、いませんぱい、私のこと優しいなーって思いましたよね? そんな私のこと、好きになってもいいんですよ?」




姫宮はニヤニヤしながら俺の方に寄ってくる。

……やっぱダル絡みしてくる後輩だったわ。



まあお詫びに今日のところは高級アイスを奢ろう、とは思った。




















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る