第105話 体育祭準備
ゴールデンウィークが明けてすぐの月曜日。朝から憂鬱だったなあ。
……今朝は結花のパジャマ姿見られなかったし。
「ゆうくん、今年の体育祭は一緒に運営やらない?」
結花は俺が帰る準備をしている間、教室の後ろの黒板を眺めながら言う。
「あ、もうそんな時期か」
俺は重たいリュックを背負って、結花の隣に並び、掲示物を一緒に読む。
「最終学年だし、やってみようかな」
正直俺は今まで体育祭に乗り気ではなかったけれど、運営やってみるのもありかなと思う。
ブロックリーダーとかみたいに闘志MAX、って感じみたいでもないみたいだし。それなら俺の居場所もありそうだ。
結花と一緒に仕事できるならいいか、一緒に仕事とか、前のバイト振りだなあ。なぜか知り合いがいるとこしか引き当てなかった時の。
「それなら、明日一緒に講堂に行こう?」
「わかった」
運営の希望者は明日の昼休みに講堂に集合らしい。なにするんだろう。
「運営の希望者はこれで全員か、良く集まってくれた」
他の学年の体育教師らしい、ガタイの良い先生が講堂を見渡して言う。
集まった生徒全員に説明が書かれたプリントが配られた。
そして口頭での説明。プリントあるからいいでしょ……と思う。
「……説明は以上だ、さっそく明日の作業からよろしく頼む」
作業は楽しそうだからいっか、と思いながら今日のところは解散する。
「じゃあ、教室戻ろっか」
そう言って歩き出したとき、後ろからバタバタと走ってくる足音と聞き慣れた声がする。
「せんぱいも運営やるんですね!」
「まあ、最後だしやってみるかなって」
結花は振り返って姫宮の姿を視界に捉えた瞬間、するりと俺に腕を絡ませてくる。そして、ぐいぐいと俺を自分の方に引っ張る。
柔らかいものが、俺の腕にばすばす当たってる。
結花は、「あっち行かないでね?」って感じの目をして俺の顔を見上げてきたあと、姫宮に冷たい視線を向ける。
……心配しなくても大丈夫だって!
「あ、一ノ瀬先輩もやるんですね」
さっきから隣にいるの気づいてただろ、とツッコミを入れたくなる。
「ゆうくんと一緒にやりたいな、って思ってね」
結花は思ってたことをそのまま口に出す。
もう火花がバチバチと散っているような。
「うん、俺誘われた側だしね」
「それってアピールですか、先輩方」
姫宮にジト目で言われる。うん、アピールだけど問題アリ?
「まあ、楽しみましょうね!」
姫宮は楽しそうに満面の笑顔で言って、手を振りながらどこかへ走っていった。
たしかに、楽しくはなりそうだ。……荒れそうではあるけれども。
「……最後の体育祭、楽しいイベントにしようね?」
「うん!」
俺は力強く頷く。最後の、って言葉で、もう3年生なのかという寂しさを少し感じた。
「今から楽しみだね!」
そうにっこり笑う結花を見て、その寂しさは一瞬で吹き飛んだ。
……正直、体育祭そのものよりも明日からの準備の方が何倍も楽しそうだな、とか思ったのは内緒で。
集まりの翌日、俺たちは再び講堂にやってきていた。
俺と結花は隣合って座って、姫宮は後ろから俺をつついてちょっかいかけてくる。
「……今から係決めていきまーす」
やっべ、何も話聞いてなかった。結花と一緒で、あとめんどくさくなければ、どの係でもいいよ。
「じゃあ、一ノ瀬さんと一条くん……それに、近くにいるから姫宮さんも用具係に任命します!」
……なんか楽しそうだな。
運営のトップみたいな女子にその場のノリで仕事を決められた。そんな適当でいいのか……?
「行くよ、ゆうくん?」
「そうですよ、せんぱい! 仕事なんですから!」
なんかノリノリな人が2名いるんですけど……!?
俺は目を輝かせた2人に連れられて、体育倉庫へと向かう。
「……用具係ってなにするの?」
俺の隣を歩く結花に聞いてみる。すると、先に姫宮が口を開いた。
「私も聞いてなかったです! まあ一条先輩と仕事できるならいいかなと」
自信満々に言うもんじゃねえぞ……?
「コーンとかの数が揃ってるか確認して、グラウンドの隅っこの方に出しておくらしいよ」
ちゃんと話を聞いていたらしい結花は俺たちに教えてくれる。
「お、ありがと」
「そういうわけですよ、ほらほら、急ぎましょう?」
……姫宮、置いていこうかな。結花の方に目をやると、結花も頷いていた。
「ここだね」
「うん」
今まで入ったことなかったな。コーンとか、あらゆる体育用具が山積みにされている。
「じゃあ、さっそく運んでいきましょう!」
姫宮がそう言って、俺たちはコーンを抱えて歩き出す。だからなんで姫宮が仕切ってんだよ。
「ここかあ」
俺たちは、用具を指定された場所まで持っていく。
そこで、他の運営の係の人たちが揃ってるか確認してくれる。
その作業の繰り返しだ。
なんか台車が壊れてて、一気に運べないんだが……。
「4回目……」
そろそろ疲れてきた。
「でも、なんだか青春っぽくて良いよね?」
結花は汗を拭いながら、爽やかな笑顔を見せる。青春っぽいと言えばそうかも。
急にやる気出てきた。
「あと一回行ったらいいね」
「そうだね」
姫宮がきちんと数を運営に伝えてくれて、俺たちは運ぶだけで良くなった。
……しかも姫宮置いていけたし。
「あそこだね、結構奥にあるなあ。俺、取ってくるよ」
俺は走り高跳びのマットの上に登って棚に手を伸ばす。
結花も登ってきてて、俺がバランスを崩さないように背中を支えてくれる。
「……もう用具足りてるよな、閉めよ。早くかえりてーし」
ドア越しに運営の誰かの声が聞こえてきた。
……はい?
俺たちがあわててマットから降りようとしている間に、無情にも鍵がガチャンと閉まる音がした。
しかも、足音はどんどん遠ざかっていく。
早く帰りたいよな、気持ちは分かる。俺も早く帰って結花と夜ご飯食べたい。
……そんな悠長なこと言ってる場合じゃねえよ?
「これって……?」
「私たち、閉じ込められちゃったみたいだね」
俺たちは苦笑いしながら言う。
どうしよう……と思うのと同時に、漫画とかでありそうな展開に正直どきどきする感じもあった。
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