第104話 誕生日とペアルック

結花の誕生日当日がやってきた。

俺は冷蔵庫に完成させたケーキを忍ばせて、結花がやってくるのを今か今かと待っている。



「おー、どうぞどうぞ!」



インターホン越しに結花の声が聞こえると、俺のテンションも上がってくる。



「おはよ、ゆうくん」


「うん!」



俺がわくわくする気持ちを抑えられない。結花もわくわくしてくれてると嬉しいな。



「どうぞ、座って?」


「うん!」



結花も期待に満ちた目をしているような気がする。俺フィルターでそう見えてるのかも知れないけれど。


俺は冷蔵庫を開けて、ゆっくりとケーキを取り出して結花のもとへと運ぶ。



「誕生日おめでと、結花!」


「わあ、ありがと! さっそくいただくね?」


「うん!」



自信作をゆっくりと美味しそうに味わってくれるのを見ると、苦労して作ったのが報われた気がしてくる。



「……私、幸せだね」



結花は半分ぐらい食べてから、優しく微笑んで言う。少し瞳が潤んでいるようにも見える。



「お母さんも、朝は家に居てくれて、祝ってくれたんだ。……大切な人2人に祝ってもらえて嬉しい」



そう言い終えると、スプーンについたホイップクリームをぺろっと舐めて、満面の笑顔を見せる。


……まだクライマックスじゃないんだよね、ペアルックのパジャマを渡してないから。



渡すタイミングをどうしようか迷っていると、結花が1口分のケーキを乗せたスプーンを俺に近づけてくる。



「嬉しい気持ちの、おすそ分け」


「じゃ、いただきます」



自分1人で作ったけど、そのことが信じられないくらい美味しかった。




「プレゼントもあるよ」



俺は、結花がケーキを食べ終えてからしばらくして、クローゼットに隠していたプレゼントの袋を取り出す。



「ありがとう! 開けるね?」


「うん!」



結花は、ゆっくりとパジャマを袋から取り出す。


パジャマを広げて、前と後ろの両方を確認している。満足してもらえるといいな。



「夏用のパジャマとして使ってもらえると嬉しい、です」


「ありがとう、今日からさっそく着るね?」



……それは、お泊まりコースってことですか?



「一番最初に、プレゼントしてくれたゆうくんに見せたいから」



お泊まりコースだったらしい。どちらにせよ、誘おうとしただろうけど。



……ここでペアルックだと伝えないほうがいいのでは?


俺はそう咄嗟に思って、言葉が喉まで出かかっていたけれど、言うのをやめる。



結花は袋にまだ入っていたパーカー2着を続けて取り出す。



「あっと……それは外に出かけるときでも、家着でも、使えるかなって」



猫耳パーカーに気付いたときの反応が予想できないので、俺は若干緊張しながら結花の様子を見守る。



「……!」



結花は猫耳に気付いたようだ。そして、今着ている服の上から猫耳パーカーを被る。



「……どう?」



猫耳に手をそっと添えながら、少し恥ずかしそうに結花は聞く。



「ぶはっ……めっちゃ可愛い」



危うく血を吐くところだった。やはり可愛い+可愛いの破壊力は危険なレベルだ。

しかもちょっと上目遣いという……。猫、吸ってもいいですか?



「パジャマも、着てみるの楽しみだなあ」


「俺も、結花が着るの楽しみにしてる」



俺が同じデザインのパジャマを着てたら、どんな反応をするのかも楽しみだ。


俺はお風呂に深く浸かりながら、考え事をする。




……さてと、ペアルック作戦決行しますか。


俺は先にお風呂に入って、上がったあと例のパジャマに着替えて結花を待とうというわけだ。



それだとパジャマを着ている姿を見られるかもだな。

やっぱり、結花がお風呂に入ってるのを待ってる間にぱぱっと着替えよう。




「結花、お風呂行ってきていいよー」


「ありがと、行ってきます!」



結花を笑顔で見送ったあと、俺はペアルックのパジャマを棚から引っ張り出して、高速で着替える。


あとはお風呂上がりの、パジャマに着替えた結花を待つだけだ。



……どんな反応するのかなあ。さっきからそれしか考えてないわ。



「お風呂上がりましたー」



ドアの向こうから、反響した結花の声が聞こえてくる。そして、ドアを開ける音がする。



「ゆうくん……?」



同じデザインのパジャマを着ている俺を見て、脳内にはたくさんのはてなが浮かんでいるみたいだ。



「ペアルック?」



結花は自分が着ているのと、俺が着ているのとの間で視線を往復させる。



「うん、そうだよ」


「……もっと、この服を着るのが嬉しくなったなあ。ありがとね、ゆうくん」



自分の服をじっくり眺めながら言ってくれる。これ選んで良かったな。



もう寝る時間だね、ということになって2人ともベッドの上に座る。



春になっても、まだまだ夜は寒いので俺はねずみ色のパーカーを羽織る。



「結花は? 寒くない?」



俺は、袖から触りたくなるような腕が出ている結花に聞く。



「寒くな……いや、やっぱりちょっと寒いかも」



結花はなにやら、くすくす笑って言う。



「じゃあ、はい」



俺はゆっくりと、俺のより一回りだけサイズが小さいパーカーを結花に被せる。



「これで、お揃いだね?」



結花はファスナーを締めていないパーカーにくるまり、にまーっと緩みきった表情で、俺の方を見上げながら言う。


 買い物の時に妄想してたのが現実になった。



「うん!」



想像していたよりも、ずっとペアルックパジャマを喜んでくれて、プレゼントして良かった、と強く思う。



「じゃあ、おやすみなさい」


「おやすみ、結花」



いつも以上に幸せな気持ちで眠りにつくことができた。






「やっぱり暑いな」



午前2時。結花がすぐ隣にくっついて寝てくれているので、思ったよりも冷えていない。



「結花も、上に着てたパーカー脱いでるな」



……俺も暑いし、脱ぐか。

布団の横に、そっと畳んだパーカーを置いて再び夢の世界に戻った。




「おはよう、ゆうくん」


「うん、おはよー」



目をこすりながら隣に目をやると、結花はまたパーカーを羽織っている。


結花が着ているパーカーは袖が少し長く、余っている。萌え袖、ってやつか。

……あれ、サイズ間違えたか?



「えへへ……いい匂いする」



結花は袖を鼻の方にやり、すんすんと匂っている。



「それって……?」


「あ、ゆうくんのだった」



サイズを確認して気付いたらしい。



「……ゆうくんに優しく包まれてる気がするから、着ててもいい?」


「……包んでくれる本人なら、目の前にいるぞ?」



俺は自分で言ってて恥ずかしくなり、口元がひくひくしそうになるのを頑張って抑える。



「なら……お願いします」



結花は俺の前にちょこんと座って、特等席をゲットした、と言わんばかりのご満悦な表情を見せる。


……朝から甘やかしコースでいいね?



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